異端の少女と罪の家 1-5
サブタイトルの番号が飛んでいるのは仕様です、
(2024/1/6)1-3の最後を編集してます。
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
地理的な話を出すので補足します。あくまで現実の世界をベースとしているため、物語中では実在する(した)国名・地名が登場しますが、物語の中心となる「ラダヴィア」は架空の国です。
それとなく場所は決めてますが、具体的な国境は確定させずに書いてます。
彼らは、一体何に時間をかけているのだろうか。
そんな事を考えつつも、答える者は居ないので大人しく待っている事しかできない。
秒針が時間を刻む軽い音以外聞こえない静けさ、伝統を重んじる昔ながらの木造建築に、それに併せた調度品。豪華ではないが品の良さを感じさせるこの空間は、見る人が見たら理解できるような、そういった品物が揃えられているのだろうと、素人の自分にも解る。現に今座っているソファーも、デザインは応接室によくあるような革張りのデザインだが、座り心地はギルバートの知るそれらとは比べ物にならないほど良いものだった。
そんな感じで、暇を持て余す事約一時間。ドアをノックする音が、ギルバートの鼓膜を叩いた。立ち上がって返事をすると、二人の男が部屋に入ってきた。
「大変お待たせしてしまい、申し訳ございません。私はウツナハ商事のガスター・ウツナハと申します」
握手を交わした後、そう言って名刺を差し出した男は、ブロンドの短髪を綺麗に整えた如何にも営業マンといった出立だ。顔つきは西欧寄りの出身に見える。名前からして創業一家の者だろう。しかし、横に居るもう一人の男は、この場にも建物にも似合わない人間だった。
「サキチ・オギワラと申します。見てくれの通り、元々は営業に関わる人間ではありませんでしたが、今回は訳あって参加させていただきます」
見たところ40代半ばだと思われるが、衰えを全く感じさせない鍛えられた肉体と刈り上げた黒髪の男は、服装を整えて刀を持たせれば歴戦のサムライといった風貌に仕上がりそうというのが、初見の印象だった。
サムライと表現した通り極東アジアの人間だが、その中でも身長は高い方だろう。身長180センチの私と目線はそう変わらない。握手を交わした際に見えた傷跡は、その形状から銃創に見える。退役軍人なのだろうかと予想を立てる。
「ギルバート・レバラティと申します。急な訪問にも関わらずお時間を取って頂き、ありがとうございます」
「いいや、お気になさらず。私共も貴方のお話に興味がございますので、お互い益のある場になると判断したまでの事です。家庭教師の方が我々を頼るというのは、中々ない事ですので」
今日訪問しているウツナハ商事は、北はバルト海、南はアドリア海沿岸域までの地域を中心に、資本主義圏と社会主義圏の境目付近で事業を展開している商社だ。会社の規模こそ大きい訳ではないが、噂に聞く限りでは主が望む商品を取り扱ってくれるかもしれない。そんな期待を持って訪問した訳だが、ギルバートはガスターの言葉に眼を見開く事となった。
「……待ち時間は、下調べのためでしたか」
「申し訳ございません。本来であれば、こういった対応をするべきではないと存じておりますが、我々にも会社を守る責務がございますので」
言外に「お前の雇い主は割れている」と示したガスターの後ろで、サキチの表情が険しくなるのが見えた。しかし、調べた上で話し合いの場に出てきたという事は、事によっては引き受ける気があるという事だ。となると、ここでは正直に話すのが正解だろう。
「まず情報の擦り合わせをさせて頂きます。私の雇い主はエタンダール家です。しかし、現在の私はエタンダール当主とは別の意思と共に在ります。私が精神的に主としているのはエタンダール家の御息女、リリア様です」
「当主は主として認めていない、と」
ガスターが目を細める。しかし、ギルバートはこちらを見定める視線に肩を竦めて見せた。
「表立っては、そんな事言えませんがね」
「であれば、彼女に直接お会いする事は可能でしょうか?」
「御社に場を整えて頂けるのであれば」
場が静まる。様子を見るギルバートと、腕を組み考え込むガスター、相変わらず険しい表情のまま動かないサキチ。それぞれが思考を巡らせる静寂は、数十秒後に咳払いをしたサキチによって破られた。
「ガスター。この話、一先ずは前進させても良いと思うが、どうだろうか」
「凡そ同意見です。次回の会談をもって、商談に移るか判断しましょう」
隠すこともなく言葉を交わした二人は、ギルバートに向き直る。
「そういう事ですので、次回は1ヶ月後、この部屋でお会い頂けないでしょうか。お目当ての商品をご教授頂ければ、当日はより良い会にできるかと存じますが、いかがでしょうか」
「承知致しました。リリア様がお求めのものはーー」
「図らずもエタンダール・ファミリーの内情が転がり込んで来たようだが、どうするんだい?」
事務所を後にする男の背を見送る中、同じく隣で見送りに立っていたガスターが愉しげに笑う。この街で大きな影響力を持ちつつあるマフィアの仲間割れなど、ウツナハ商事のような一商社で取り扱える情報ではない。どう転んでも危うい道を辿る事になりそうなものだが、それでも彼は余裕を崩さない。
「これもある種の縁というのだろう、活かさぬ手はない。リリアという娘次第だが」
そして、それはサキチも同様だった。後ろ暗い事こそしていないものの、ウツナハ商事は先の戦争で脛に傷を持った者が多く寄り集まってできた会社だ。戦後から冷戦に移り変わる時代にあっては、厄介事が飛び込んで来る事も珍しくはないため、彼らからしたら慣れたものだった。それらをきっかけにある者は恨みを糧に羽ばたき、ある者は守れなかった未練を他人を救うために使い……それぞれが抱えたものを消化していく中で聞こえた家名に、ついに自分の番が来たという実感がジワリと湧き上がる。
「悪いなガスター。どうやら俺の方が先に未練を断てるみたいだ」
サキチの笑みが深まる。普段は見せない凶暴な表情に対して、ガスターは「ああ、おっかねぇ」と苦笑いをするに留めた。