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異端の少女と罪の家 1-1

プロローグでは世界観的な部分にはあまり触れていなかったので、少し世界観語りが強い話となっております。

 何日かぶりに全開にした窓から差す暖かな陽射しが、窓から一段低い位置にあるテーブルを暖めていた。緩やかに流れる風はうっすらと近くの市場から屋台飯の香りを運び、少女の鼻腔をくすぐる。食べた事はなくとも彼女の食事にはない野生的な香りは、それには縁がないと解っていても少女の憧れの一つとして在り続けていた。


時折通過する車のエンジン音とタイヤが砂利を掻き上げる音、微かに聞こえる市民の喧騒。授業などの限られた時間のみ遠慮なく開け放てる窓は、香りと共に外から運ばれてくる音と共に、リリアの手には届かない「普通」への羨望を膨らませるには充分すぎるほどの刺激を届けており、少女は無意識に窓の外へと視線を送っていた。


それが数秒だったのか数十秒だったのかはわからないが彼女の意識を講義から離れさせていたが……ふと聞こえた「魔力」という単語が、ある種の現実逃避的な想像へと旅立とうとしていたリリアの意識をテーブルの前へと引き戻した。


「……と、庶民にまで普及したのが魔道具ですが、普及によって調理中や夜間に昏倒、死亡する人が激減した事と、食糧の冷蔵による腐敗の防止という2面において大幅な改善がなされました」


隣に座る男性がここで言葉を区切る。リリアが話を聞いていなかったことを察したのか、振り返って右手を上げて見せると、控えていたエレフィがお茶の準備を始める。


「一旦休憩にしましょうか」

「あ、ごめんなさい。折角の講義なのに」


そういって申し訳なさそうな表情を浮かべた少女に、男性は怒るでもなく微笑んで見せた。


「そう謝る程でもございません。生徒の様子を見ながらメリハリをつけるのも、専属講師の役目ですから」


それに、普段から真面目に話を聞いて下さっているのは承知しておりますから、と立ち上がってエレフィの手伝いを始めたその男性の名はギルバート。エタンダール家に雇われた家庭教師で、齢は30手前。真面目な学者といった風貌の彼は商家の出で、人からの距離が遠くなりがちなリリアの話を親身に聞いてくれる人という意味でも、邸の外との繋がりという意味でも唯一の存在だ。


「ありがとう。今の話で調理中に人が倒れるというがあったけども、どういった原因で起きていたんですか?」

「では、質問に答えながらのティータイムと致しましょうか」


ギルバートはお茶菓子をテーブルに置くと、元の席に戻ってバッグから小さなガラス瓶を取り出して見せた。


「リリア様は、火のついた木の棒をガラス瓶に入れて蓋をするとどうなるか、ご存じですか?」

「燃え尽きる前に消えます」

「正解です」


ギルバートはそう言うと、一度教科書を閉じる所作をしてみせる。

こういった時は、興味のままに質問する時間を確保してくれているのだと教えてくれたので、リリアはすかさず質問を投げかけた。


「それで、人が倒れるのと関係は?」

「詳しくは化学になりますので、また何年後かに学んで頂く事にはなりますが、炎は空気中の酸素という気体を消費します。これが生物にとって必要なものでもあるため、酸素を得られないという事は?」

「息ができないのと同じ、ですか?」

「正解。これについては、化学にて学習して頂きましょう」


確かにこれが200年近くも前に開発された技術だと思えば革新的なものだったのだろうと、12歳のリリアにも解る。しかし、リリアは周囲を見渡し、首を傾げた。


「でも、魔道具は燃料を使わなくても動くものなのに、なんで減っているのですか?」

「良いご質問です。この何年かで急速に普及してきている電気式冷蔵庫も、コンロも、燃料や電気がないと使えません。ただし、魔道具より圧倒的に優れた点がありました」


ギルバートが少し間を開けるが、検討がつかなかったリリアは首を横に振った。


「効率です」

「効率?」

「そうです。基本的に魔力を保有できる上限について、人による違いは殆どありません。そして、大人1人で1日に使える魔力は、例えば夏に小さな冷蔵庫を1日動かせる程度。冷凍の機能を使うならば、2人で1日が精一杯でした。これが、開発されても普及した魔道具の種類が少なかった理由でもあります」

「なるほど……では、魔道具はこれからなくなるのですか?」

「完全にはなくならないと思います。しかし、時代が進むにつれ、伝統工芸の一種となっていくのでしょうね。他に聞きたい事はございますか?」

「では、また市井の様子を聞きたいです」


数日前と同じ返答をしつつも、リリアの瞳が輝く。聞きたい事は山ほどある。今日の露店ではどんな物が売られているのか。この狭い邸の外に、どんな世界が広がりどんな生活があるのか。


そして、この邸の前が何故こうもあからさまに人に避けられているのか。


……



穏やかに世界を照らしていた陽が傾き、徐々に街灯の光が増えていく街道を歩く男は、鮮やかに朱に染まる空を見上げた。


……ままならないものだ。


外の話となると普段の落ち着いた雰囲気から一転、歳相応の無邪気さを見せる少女を思い出しながらも、できる事の少ない自分にため息を吐くのは何度目だろうか。


ギルバートと、エレフィという若い使用人の前以外では決してその表情を見せる事のない少女は、自分が何かしらの理由で避けられているのに気づき、自ら人との関わりを広げようとはしていない。

それでも、外の世界への好奇心を忘れられず、ギルバートの授業を通して貪欲に知識をつけ続けた彼女が、今日の質問に至るのは不思議な事ではなかった。


ギルバートが「外に出すつもりはなくとも、万が一の時に備えて一般知識はつけさせる」というエタンダール夫妻の意向によって募集された家庭教師の仕事に応募したのは、純粋に報酬の良さからだった。世間に忌諱されている家だとしても、第二次世界大戦で生まれた家と家族を失った彼には、金が必要だった。


父がそれなりに利益を上げていた個人商店経営者だったために十分な教育を受ける事ができていた事が幸いし、無事に合格を勝ち取ったギルバートが向かった職場に居たのが、リリア・エタンダールという少女だ。


当初は努めて無表情を装い、そっけなく接して見せる彼女に腹立たしさはあったが、そんな態度もギルバートが町の様子を口に出すまでだった。ただ無知であったというだけだったとしても過去の威光を引き摺って偉ぶるでもなく、あの環境にあっても人間として常識的な範囲の言動をする彼女の態度は、仕える家の名前から勝手に悪い想像を膨らませていたギルバートの仕事を熱心にさせるには十分な薬だった。わかりづらいものの、近頃はエレフィもリリアへの態度を軟化させつつある。この調子であればリリアは多数に慕われる家主となれるのだろう。


しかし、リリアが真っ当に生きていくためには家の事、見目に対する差別、この国の身分意識の根本的な撤廃など、大きな障害が複数立ち塞がるのが問題だった。


この国……ラダヴィアは大戦以前、当時の時点でも列強に大きく遅れた君主制・封建制の亜種とも呼べる統治をしていた。

しかし、戦前の中央集権化と戦時中の混乱によって血筋の権力は形骸化し、元より国政の近代化を望んでいた国王の意向により民主化を推し進めようとした結果、永きにわたって続いた権益を失う事を良しとしない貴族と、参政権を求める民衆といった対立構造が生まれる結果となった。

その上、都市部はまだしも、未だに大戦の爪痕を数多残している地方部の復興に対してはさしたる解決策を練る事もなく、結局は教育の行き届いていた貴族が議員や市長を始めとした要職に就いているとあっては、実情の伴う民主化など夢のまた夢である。更には戦後処理のどさくさに紛れて領土の一部が東側の勢力下に置かれてしまう始末。背に腹は変えられず、軍拡のために更に復興支援費を削るとなれば、地方在住の国民には救いのない話であった。


そんなぐちゃぐちゃの国情の中、資本主義と社会主義が対立し核で脅し合う東西冷戦に挟まれたここが安定した国になるのは、一体いつになるのだろうか?


「……いや、こんな感傷的になっている暇はなかったかな」


今の自分には役割もあれば仕事もある。元は金稼ぎができればそれで良いと考えていたものだが、自分の立場だからこそできる事もある。


まずは、優秀な教え子のお願いを叶える事だ。新しい希望が生まれるかもしれないのだ、それに賭けるのもまた一興というものだろう。


どうせ既に、手ぶらの人生なのだから。

どうも、前回読んで下さった方はお久しぶりです。初めて見て頂いた方は初めまして。

プロローグを投稿してから転職、引越し等々しておりましたら、気づけば8ヶ月。危うく一年が経過してしまうところでした。まだ若いと言える(?)年齢ではありますが、年々早くなる時間経過に恐れ慄いております。


折角5年ぶりに筆をとったのに、更には初めてオリジナル書き始めたのにすぐ失踪、というのはやりたくないですね。精進します。


プロローグでも申し上げましたが、今後も数ヶ月に一回くらい投稿できればなと。

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