02
忘れたくても忘れられない、決して忘れたくはない大切な夏の日の一ページ。
覚えてる? と問いかけたことはなかったけれど、そう尋ねたらなんと答えただろう。
そんなこともあったな、と吐息交じりに静かに言葉を落とすだろうか。
覚えていないとでも思ったのか、なんてほんの少しだけ意地悪な笑みを浮かべるだろうか。どちらもあり得そうで思わず笑った。
思い出のコインはあの日すぐに冷たいウーロン茶へと代わり、小さなライブハウスはいつの間にか洒落たバーに変わってしまった。でもその代わりにたったひとつだけこの手の中に残った思い出の欠片がある。
彼も知らない引き出しの奥底に今も静かに眠る、この世にたった一つしか存在しない最初で最後のサイン入りピック。大切に、大切に、今もなおしまい込んだままにしている。
きっとその存在を知ったら「捨ててくれ」なんて言って、照れ臭さを押し隠すように不機嫌顔を作るのがわかっているから。
◆◆◆◆◆
初めて彼と出会った夏の夜から三ヶ月、季節はひとつ進み秋を迎えていた。
あれから『infinity』というバンドのことを調べたがなかなかヒットせず、代わりに大量に引っかかる全く別の情報の海に半ば途方に暮れながら必死に探して、ようやく彼らのブログにたどり着いたのは半月前のことだ。
そこで彼らが結成間もないインディーズバンドで、あの夏のライブがinfinity名義での初ライブだったことを知った。しかも結成半年でのライブ参加、随分思い切ったことをしたものである。
作詞、作曲を手がけているのはリーダーでギタリストのショウという男性。あの日コインを拾ってくれた人だ。現在十九歳。歳の割には随分と落ち着いた印象を受けるのは、やはりあの纏う独特な雰囲気ゆえだろうか。高校を卒業後、同じく軽音部だった同級生でボーカルの恭介に誘われ、ベースの拓也とドラムの悟を都内のライブハウスでスカウトしinfinityを結成したとブログには綴られている。しかし得られた情報はたったそれだけだった。その後のライブ情報はない。CDも出ていない。結成して一年未満なのだ、当然である。
「おーおー、がっつり凹んでるねー」
「別バンド追っかけの方はお帰りください、お出口はあちらです」
一コマ分の空き時間を作ってしまった九月の私とinfinityの情報の少なさを恨みがましく思いながら、がらがらに空いた食堂でやる気の出ない課題を無造作に広げたままだらりとだらける私に、佳奈が笑いながら声をかけてきた。本来ならば彼女も同じスケジュールで授業を取っている。つまり前のコマはサボりだ。重役出勤の彼女を見上げる。どこか猫を思わせるような艶やかな黒のアイラインに縁取られた目をパチリと瞬かせたあと、佳奈はにんまりと笑った。
「そんなこと言って良いの?」
彼女はそう言って肩にかけたトートバッグに手を突っ込むと、ゆっくりと焦らすように一枚の薄っぺらい紙を取り出した。
「じゃーん! 対バン決まりましたー!」
それは彼女が追いかけているバンドのライブ決定のフライヤーだった。相変わらず乱雑でどこに何が書かれているかわからないごちゃごちゃとしたそれ。こちらはライブ決定どころか新着情報すらないのに、なんて私が無意識に眉を顰めると、彼女は慌ててある一点を指差す。
「ここ、ここよく見て!」
「え、何。……イン……、うそ」
「そう! 出るの! 対バンで!」
それは慌てて付け加えたかのようにとても窮屈そうにしていたが、確かに彼らのバンド名が書き込まれていた。私ははっと顔を上げて佳奈を見る。
「速攻でチケット二枚確保しといたあたしに言うことは?」
「ミスドで好きなだけドーナツおごらせて」
「今全品100円じゃん! せっこ!」
けらけらと彼女が笑う。私から佳奈へのお礼はオールドファッションとエンゼルクリームとゴールデンチョコレートとカフェオレになった。
その夜、久々に彼らのブログが更新された。
タイトルは『ライブ出演 決定』。投稿者はリーダーのショウで、これまでのテンションと同様に事務連絡でもするかのような淡々とした文章で詳細が書き込まれていた。
◆◆◆◆◆
二回目のライブが決定したおよそ一月後、季節はまたひとつ進んで冬。街にはイルミネーションが煌き、定番のクリスマスソングがあちこちで流れるようになっていた。
十二月に入ってさらに人通りが多くなった道を今度は佳奈と並んで歩き、夏以来のライブハウスの前に立つ。相変わらず狭くて細い階段は、私をあの日見た非日常の世界へと今日もゆっくりと手招きしている。こっちだよ、こっちにおいでと耳元で囁くチェシャネコは、アイラインをしっかりと引いた佳奈の目もとにそっくりだ。
「クリスマス間近のこの時期に、彼氏の一人もいないでバンドの追っかけかぁ。切ない」
「夢中になれるものもなく、ぼーっとカップル眺めてバイト三昧よりは全然良いと思うけどね」
去年の自分を思い出してそう漏らすと、佳奈は違いないと隣で笑った。
とんとんとん、階段を降りるたびに靴が音を奏でる。思いのほか階段が急だと前回の参加で知っていたから、今日はローヒールだ。それでも狭い階段に響くその音は、異世界への扉をノックしているようにも聞こえた。
防音のためなのか重く分厚い扉を押し開ければ、あの日の空間はすぐそこに広がっている。時間が少し早かったのか、まだ客はまばらだ。しかしそれもあっという間に埋め尽くされるだろう。高揚感を宥めようとひとつ深呼吸をして、先を歩く佳奈が開けたドアをくぐったその瞬間。
とても静かで凪いだ瞳と目が合った。
「……こんばんは」
「あ、こ、こんばんは……」
瞳に違わぬ静かなテノールがほんの少しの間のあと、この時間の挨拶を口にする。まさかそこに本人がいるとは露にも思わなくて動揺の滲む声で挨拶を返せば、佳奈がおかしそうに笑った。
「チケットの取り置きは?」
「ササキ カナで二枚です」
「ありがとうございます。……確かに。チケットの控え二枚分のお渡しと……ソフトドリンクの引き換え二枚です」
「あ、二枚ともアルコールにしてください」
ぴくりとも動かない表情で冷静に対応していた彼が、佳奈の一言でほんの少し眉間に皺を寄せたのが見えた。
「……未成年にアルコール提供はできないぞ」
「二人とも成人してるんで大丈夫でーす」
佳奈が軽い口調でそう答えると、彼は視線を上げて今度は私を見る。温度がないと思ったその目に冷ややかさが混じった気がして、私は慌てて声をあげた。
「あの、一応二人ともちゃんと成人してます」
「……この間は」
「この間はまだ未成年でしたけど、あれから誕生日を迎えたので、今は二人とも二十歳です」
念のため二人揃って保険証で年齢確認をしてもらうと、彼もようやく納得したらしい。それでもどこか腑に落ちないような顔をしていたようにも見えたが気のせいだろう。大変失礼しました、と二人分のアルコール引き換え券のコインを渡してくれた。
ちらりと後ろを振り返る。私たちの後ろに並んでいる人はいない。ひとつ、深呼吸をして彼を見上げた。
「あの、この間はコインを代えていただいてありがとうございました。今日のライブ、楽しみにしてます」
「……え?」
「えっと、infinityのショウさん、ですよね? この間のライブで聞いた曲、すごくよかったです」
ぱちり、ぱちりと長いまつ毛で縁取られた瞳が瞬く。声をかけられるとは思わなかったのだろう。もしかしたら覚えていると思わなかったのかもしれない。いやむしろ覚えていると思わなかったのはこちらなのだが。それとも佳奈の名前でチケットを取り置きしてもらっていたから対バン相手のファンだと思っていたのだろうか。もしそうなら心外だ。
私は、彼らの曲を聞きに来たのだから。
「……」
「……」
待てど暮らせど返答がない。しかし彼の目はまっすぐと私を見つめたままだ。時間にしてわずか数秒だったかもしれないが、その沈黙は非常に長く少し居心地の悪さを覚えた。
なんなのだろうか、この妙な沈黙は。
「あの……」
耐え切れなくなって思わず声をかける。次の瞬間、ほんの少し……ほんの少しだけ、彼の目もとが和らいだ気がした。
「ありがとうございます。……あぁ、飲みすぎには注意してください。酔った女の子を狙って手を出す馬鹿もいるんで」
そう、彼はあの日と同じ注意を口にしたのだった。
◆◆◆◆◆
大学二年の十二月は、私にとって特別な月になったのは言うまでもない。
定番のクリスマスソングのカバーから始まったinfinityのライブ演奏は、その他オリジナル曲二曲を披露してあっという間に終わり、出てきた時と同じようにあっという間にステージを降りていった。だが驚くべきは二曲とも新曲だったことだ。さらに。
「クリスマスだって言うのにプレゼントの一つもなきゃ格好つかねぇだろ」
と笑うボーカル恭介のMCでinfinity初のミニアルバム販売の情報が急遽発表され、私の頭の中はパニック状態になった。その後の記憶は曖昧で、ライブ終了後に初めて並んだ手作りのCDを手にしたら嬉しくて泣きそうになり、受付にいたメンバーのベースの人に笑われたような気がする。しかしそれほどまでに嬉しかったのだ。少し早いクリスマスプレゼントをもらったのだと、震える声で言ったかもしれない。
その特別な一枚は、確かに私の宝物になったのだった。
◆◆◆◆◆
彼らの、彼の作った曲はいつしか私の生活にそっと寄り添うものになっていた。
悲しくてやるせない時にはあえて挑戦的なガンガンのロック曲を聴いて、踏ん張りたい時には背中を押してくれるようなアップテンポで真っ直ぐな歌詞の曲を。友情にも恋愛にも思える歌詞はすんなりと私の心に馴染んで、印象的なメロディラインはふとした瞬間に私の口からこぼれ落ちた。
あの人は何を思ってこの曲を書いたのだろう。何をどう感じ取り、何を思い描いてこの曲ができたのか。それは目の前で結末を迎えた物語のその先を思い描くことによく似ていた。
「そーんなに気になるなら、本人に声かければいいのにー」
行儀悪くストローをズズっと鳴らした佳奈が、呆れ顔で私にそう言う。お洒落なジャズをBGMに有名なコーヒーチェーン店で語り合う花の女子大生、という割には不釣り合いなその光景に、私はぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「ストロー噛むのやめなよ」
「今日くらい見逃してくださーい」
やさぐれた態度で佳奈はギシリと緑のストローを噛む。気持ちはわからなくもない。彼女が熱心に追いかけていたバンドが先日のライブで突如解散を発表したのだ。原因は音楽性のすれ違いと公表されているが、ファンの間ではメンバーの一人が問題を起こしたと専らの噂になっているそうだ。いわゆる痴情のもつれ、というやつである。
「今日は私の話より佳奈の愚痴でしょ?」
「粗方吐き出してすっきりしたから、次は楽しい話したいじゃん!」
「その話題って楽しい部類なの?」
「楽しい? ていうか焦れったい? いつまで経っても「いらっしゃい」「こんばんは」だけじゃーん! いい加減なんかもうちょっとあってもいいじゃーんっ!」
わざわざ声音を変えるそれは、もしかして私と彼の真似だろうか。だとしたら似ても似つかない。ひっそりとため息をつけば、目ざとく気づいた佳奈がさらに喚いた。
「初ライブからほぼ欠かさずライブに通って早一年。せっかく顔も名前も覚えてもらってるのに、たまにはそれ以上の会話を続けようとか思わないわけ? あんたショウのファンなんでしょ?」
「ファンだよ?」
「あのルックスであの実力、おまけに寡黙系クール美人とくれば人気出ないわけないじゃん。知ってる? メンバー内でもダントツ一位だよ? あのチャラいボーカル抑えて堂々の一位だよ?!」
「誰に対してもクールなのがブレないよね」
他のメンバー、特にボーカルの恭介のノリが軽くファンとのスキンシップも多い中、唯一ショウだけはスキンシップ不可を貫いている。ファンレターは受け取るがプレゼントの類は一切受け取らないという徹底ぶりだ。そんなつれなくて真面目で硬派なところも良いと、彼のファンにはいわゆる過激派も多いと聞く。
初ライブから一年、あっという間に人気になったinfinity。人気になればなるほど、それに比例していろんな面で大変さが出てくるのだろう。どうか彼らには潰れずに頑張って欲しいものだ。そう見守ることの何がいけないというのだろう。
「その彼に! 名前を! 覚えてもらってるんだよ?!」
「彼どころかメンバー全員に妙な覚え方されてるけどね」
思い出してまたひとつため息が出た。infinityのメンバーはどうやら私のことを妙なあだ名で呼んでいるらしい。このことを知ったのはごく最近のことだ。
「あ、いらっしゃい『赤頭巾ちゃん』」
ある日のライブを見に行った時のこと、いつも受付にいる彼の姿はなく、珍しくボーカルの恭介がそこにいた。その彼が私の顔を見るなりにこにこと笑ってそう呼ぶ。彼らの中で私は赤頭巾ちゃんと呼ばれてるようなのだ。もっとも赤い頭巾も赤い服も着ていった覚えはまるでなく、未だに何故そんなあだ名がついたのかは不明である。知りたいような知りたくないような、複雑な心境だ。
「いいじゃん、せっかくだからショウに聞いてみなって」
「嫌だよ、ろくな意味じゃなかったらそれこそショックじゃん」
「みーさーきー」
「なあに」
「声掛けてみなよー」
「だからなんで」
「親友の恋は応援したいじゃん?」
こい。こい、とは。脳内でそれは「こい #とは」という文字列に変換された。
好意はある。なんたってあの曲たちの作者だ。いやそれ以外に強いてあるとすれば、コインを拾ってくれた親切な人。とても親切な人。
私の中の彼に対する『好意』は『興味』と『憧れ』に分類される。もしかしたら知らない世界を見せてくれるから『好奇心』でもあるかもしれない。だから間違っても『恋愛』にカテゴライズされるものではない。ない、はずだ。
「佳奈」
「ん? 話しかける気になってきた?」
「佳奈と私、いつから親友になったの?」
「よっし、表出ろ。今日という今日はもう許さん!」
恋。恋とは一体何だっただろう。
佳奈との気安いやり取りを交わしながら、私の頭はそればかり考えていた。
◆◆◆◆◆
「いらっしゃい」
「こんばんは」
今日もいつもの挨拶を交わして、彼が何も言わずに私の名前の横にチェックを入れる。ちらりと見えた取り置きリストにはちゃんとした私の名前が書かれていて、決して『赤頭巾』とは書かれていない。
一体なんであんなあだ名がついたのか。彼も私のいない所では私を赤頭巾と呼んでいるのだろうか。
つい凝視してしまっていたらしく、視線に気づいた彼が顔を上げる。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、なんでもないです」
聞けるわけがない。つい視線が泳ぐ私を、彼の真っ直ぐな目がじっと見つめているのがわかった。
どこまでも静かで、凪いだ湖面を思わせるその瞳を綺麗だと思うと同時に少し怖いとすら思う時がある。
ステージ上でも一切ぶれることなく、高揚に染まることもなく、常に冷静に一定の温度で目の前の世界を見つめる彼。彼にはこの世界がどう映っているのだろうか。あれだけ真っ直ぐで、何かを渇望しがむしゃらに手を伸ばしているかのような激しい衝動を綴る彼と、静かにこの世界を観察し続けるかのような目の前のこの人はまるで鏡合わせのようにも思えた。
そう、今も私という人間の奥の奥まで見透かされてしまいそうだ。居心地の悪さを覚えるのに、何故か視線が絡んでしまうと途端に目が離せなくなってしまう。
奇妙な沈黙が二人の間に流れる。完全に視線を逸らすタイミングを失い、いよいよもってどうしていいかわからなくなっていると、ふと先に目を逸らしたのは彼の方だった。
いや正確には私の背後に注意が向いた、というべきか。きっとお客さんが来たのだろう。少しほっとして、それじゃあと目の前を通り過ぎようとしたその時だ。
「いらっしゃい『赤頭巾ちゃん』」
突如背後に現れた子泣き爺に驚いて、私は思わず飛び上がった。ずしりと重みを増して私の足を完全に止めるそれ。くすくすと笑う声は聞き馴染みのあるもので、覚えのある香りが鼻を掠める。
「……恭介さん」
「堅苦しいの嫌いなんだよ。恭介で良いって。俺とあんたの仲じゃん」
「恭介」
「お前じゃねーよ、ショウ」
「えっと、ファンとアーティスト以外の仲になった覚えがないんですが」
「これから作っても良いんだぜ?」
「離れろ」
ボーカルの恭介にとって私の身長は顎を置くのに丁度良い位置にあるらしい。彼が話すたびに私の頭頂部がぐりぐりと刺激され地味に痛みを覚えるのだが、本人はまったくお構いなしだ。構って構ってと寄ってくるくせに、いざこちらから構いに行くと気分じゃないとそっぽを向くタイプ。それで何人もの女性が涙を飲んでいるというのを風の噂で聞いたが本当だろうか。わからなくはない。その気分屋なところは構われたがりの猫のようだと、いまだ頭頂部を刺激され続ける頭で思った。
「すみません。こいつにはよく言って聞かせておきます」
「えーっと、悪気があるわけじゃないとは思ってるんで大丈夫です」
「むしろ悪気しかない」
「赤頭巾ちゃんのこのサイズ感、抱き心地最高だなー。ショウも試してみるか?」
「いい加減にしろ」
けらけらと楽しそうに笑う恭介、呆れを滲ませる彼。どうやら恭介は私というより彼を構いたいらしい。ならできれば私を挟まないで欲しいと切実に思う。
テンポのよい会話が私の頭上で行き来するのをぼんやりと聞き流しながら、さてこの状況をどう脱するべきかと思案する。玩具を抱えて上機嫌で喉を鳴らす猫から、その機嫌を損ねることなく玩具を取り上げるのは至難の業だ。特にこの大きな猫は一度へそを曲げるととことん面倒臭いらしい。気分が乗らないと勝手にセトリを変えてしまうという厄介さでメンバーを振り回すこともしばしばある。それは避けなければならない。今日のセトリは私の好きな曲ばかりなのだ、気分で勝手に変えられては困るのはこちらも同じである。
さてこれは本当に困った。他のメンバーが助けてはくれないものかと視線をライブハウス内に巡らせるが、彼らは揃ってわざとらしく私から視線を逸らす。ファンを生贄にして逃げたととって良いのだろうか。この一年半近く彼らを追いかけてきたファンへの仕打ちがこれとはあんまりではなかろうか。
「なぁ、赤頭巾ちゃんもそう思うだろ?」
不意に、未だ私の頭の天辺をぐりぐりと刺激し続ける恭介がそう同意を求める声をあげた。その言葉を頭が理解するより早く、私の口が勝手に言葉を紡ぐ。
「そういえば恭介さん、その赤頭巾ってなんですか?」
瞬間、あれだけ雑音で溢れていた店内がしんと静まり返った。
「……今、それを聞くか?」
ぽつりと呆れた声音でこぼしたのは彼で。次の瞬間には恭介が一時呼吸困難を起こすほどに爆笑し、事態はうやむやのまま収束することとなったのだが、私としては大変遺憾な思い出である。
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