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静寂

夕日が茜色に照らすフライトデッキでは、夜間に出撃する予定の爆撃部隊の出撃が進められている。


そこから、トンキン湾の綺麗な海面が広がっているのが分かる。


この先百数十キロの陸地では、思想主義を巡り同胞である筈のベトナム人達がお互いを憎き敵として争っている。


かつてはその舞台が朝鮮半島であり、北緯38度のラインを休戦ラインとして、

かつての同国人達は見えない壁に阻まれた同胞を嘆き、ある者は憎んだ。


その朝鮮戦争、確かに直接手を下したのは朝鮮人で、お互いに殺し合いを始めたものだ。


だが、それをけしかけたのは紛れもなく親玉の大国。


ウォッカと粛清が大好きな共産主義の筆頭、ソビエト社会主義共和国連邦。


そして、金集めと戦争が大好だと言われる・・・俺たち、アメリカ合衆国。


あの時───太平洋戦争だけでなく、その前にも幾度となく戦争が起きては講和が結ばれた。


その時には、二度と戦争を起こすまいと戦勝国も敗戦国も誓ったはずでは無いのか?


太平洋戦争終結から20年、朝鮮戦争に至っては休戦協定締結後わずか10年程度だ。


これほどまでに、戦争に突入したがる国家と言うのが、近代に於いてあっただろうか?


いや、むしろ自らが傷つき、戦争と言うものの悲惨さを体験できるなら、その方がもっと良い。


今行われている戦争は、ベトナム人が主役だと思っている人も多い。


だが、実際にはベトナム人達には操り人形のような糸が付いており、それを操り剣舞を舞わせているのは他でもない二大国だ。


そして、観客から投げ入れられたコイン───すなわち、戦争での利益だけは大国が竜巻のように吸い上げてしまう。


争った当事者たちに残されるのは、破壊されつくした市街地と、残された人々の嘆き、悲しみ、怨嗟───


何が、戦時国際法


何が、ハーグ陸戦条約だ


何が、ジュネーヴ条約だ!!


そんなもの、大国が戦争を美化するために決めたリップサービスじゃないか!


湧き上がる怒りを抑えつけんと、マケインはフライトデッキでの走る速さを上げた。


「ひいいぃっ、マジっすか隊長ぉ〜!! 早すぎるっすよぉ!」


「と、とても30過ぎとは思えないっ!」


ゼェゼェと息を切らしながら、それでも仕方なく走り続ける部下たち。


ペースを上げるように急かそうと思ったが、その役割を誰かが奪っていた。


「おいコラァ! 貴様ら、それでも米海軍の誇りあるパイロットかぁ!!?」


後ろから、マケインと同じくらいの年のクルーが一人、怒号をまき散らしながら猛スピードでマケインの部下たちを追い抜いて行った。


「だ、誰だあの人?」


するとその中の一人、ダラーハイドが走りながら思い出したように手を叩いた。


「そうだ! フォレスタルの鬼消防隊長の、ファリア隊長だ!」


「ば、化け物30代が二人も・・・。」


上がりきった息と共に、それらの言葉を吐き出すダラーハイド達の前では、マケインとファリアが並走しようとしていた。


「よぉ、マケイン。」


「おう、ファリアじゃないか・・・どうしたんだ?」


声をかけられた方を向くと、その方向に親しい間柄の消防隊長ファリアが居た。


お互い体温の上昇に伴って紅潮した顔を向けあう二人。


「いやぁ、ここ数日間にこれといって収穫が無かったお前たちに朗報だよ。」


「失礼な・・・んで?」


「ああ、お前たちの部隊の明日のターゲットは、敵が軍事目的で利用している鉄道の破壊らしいぞ。」


へぇそうか、と言おうとしてマケインはその言葉を知らぬうちに飲み込んでいた。


「・・・ん、ちょっと待て、一体どこで聞いたんだその情報?」


「ああ、さっき消火設備の点検で艦長室を訪れた時に、ベリング艦長と航空部隊指揮長が話しているのを小耳にはさんだだけだ。」


やれやれとマケインは心の中で頭を抱える。


しかし、これと言って戦果が無かった部隊の部下たちにとっては久々の収穫祭かもしれない。


久々にやりがいのある仕事かもしれない。


「言っとくが、軍規には違反してないからな! 俺が堂々と点検をしていたところに、そんな話を持って来る艦長達が悪いっ!」


まったく疲れを感じさせない程に終いには力説を始めるファリア。


「わかったわかった、わかったから落ち着いてくれ。 お前のおかげか知らんが、いい加減疲れてきたようだ。」


「オッケイ、それじゃ俺はもう一回りしてくる。」


その後ファリアと別れたマケインは、そう言えばと思い後ろを振り向く。


艦橋を背もたれにしてダラーハイド達が肩で息をしていた。


「明日も出撃だからな、今日はこの辺りにしとこうか。」


「アイサー!」




やがて日が沈むと、夜の周辺警戒に備えた哨戒部隊が飛び立とうとしている。


もうもうと蒸気が上がるカタパルト付近を、照明が照らしているので艦橋からでも甲板の様子がつぶさに分かというものだ。


やがて、出撃しようとしているF−4ファントムの前輪がカタパルトに固定される。


そして平面だった甲板上からドミノ倒しの逆再生のように、壁のような物がはね上がる。


デッキクルー達を高熱のジェットから守るための装置、ジェットブラストディフレクターだ。


その動かぬ壁に轟音と共に勢いよく吹き出されるアフターバーナーの炎、それが照明のように明るく周囲を照らしだした瞬間・・・


バシュウウゥゥッ!!


カタパルトから戦闘機が一機、隣からまた一機と飛び立っていった。


その哨戒で飛び立つ彼らの機体や甲板とは違い、今マケイン達攻撃機搭乗員が居るブリーフィングルームは沈黙に包まれていた。


だが、その静寂を一人の男が破った。


「・・・内容は把握できたか? 何か質問は?」


航空部隊の指揮長、航空機による攻撃がメインな空母では艦長と並ぶくらい偉い男がそれである。


唐突に一部隊長のマケインは他の部隊のパイロット達を一瞥する。


すると、自分達の地上攻撃を援護する支援攻撃部隊のパイロット、ギム・バンガードと目があった。


ナッシング、彼の表情と右手の振り具合がそう語っていた。


「いえ、ありません。」


部隊長のマケインが答えると、指揮長が軽く頷いて持っていた資料をたたみ始めた。


「よし、では解散だ。 明日の諸君らの健闘を祈る。 寝る前にもう一度、部隊内でもチェックを済ませておけ。」


そして航空隊指揮長がそそくさと部屋を後にした時だった・・・


「・・・イエィッ! やった、明日こそベトコンに目にもの見せてくれる!」


ダラーハイドが出撃前から勝ったような様子でガッツポーズを決めて叫んだ。


それに賛同した他の部隊のパイロットたちも彼をそのままはやし立てる。


「海軍エビエーターの底力、ベトコンにも空軍のパイロット達にも見せてやるぜ!」


これまで手がらが無かった理由の一つに、空軍の爆撃機の活躍などがある。


それよりも以前から、空軍と海軍の対立は良くあった。


特に初代合衆国国防長官のジェームズ・フォレスタルがおかげでノイローゼになり、自殺した事件は両サイドの軍人達に衝撃を与えた。


そう、フォレスタルの艦名はいわばその空軍への当てつけとも言える呪われた艦名なのだ。


その艦に乗艦する彼等に、空軍を意識しない謙虚なエビエーターが居る筈がない。


エビエーターと言う意味も、はっきり言ってしまえばパイロットなのだ。


しかし、海軍の飛行機乗り達はそのパイロットという呼称を嫌う。


陸上から発進する彼らと一緒にするなと言う事なのだ。


だがその誇りある海軍のエビエーターはこの戦争中長らく手柄を立てられずにいたが、ついにそのチャンスは与えられた。


既に解散済みだったこともあり、マケインは部下を置いてブリーフィングルームから抜け出す。



「鉄道破壊・・・直接的に殺さなくても、それで一体何人が・・・」


「やっぱりマッキーもそう思うんだ・・・。」


声色もそうだが、自分を“マッキー”と呼ぶ奴は一人しか思い浮かばない。


右舷の柵に、フォリーが腰かけていた。


ブロンドの髪が南国特有のぬるい夜風に吹かれてなびく。


「そうだよね。 その鉄道が軍事利用されてるのも事実だけど、人々に物資を送るために利用されてるのも事実だもんね。

 その鉄道を壊したら、飢えで死んでしまう人もきっと多いはずよ。」


まるで心の中の事をそのまま音読されたような気分になったマケイン。


「知っていたのか・・・。」


「でも私やっぱりヘンだよね。 兵器として生まれた身なのに、こんな事を考えるなんて。

 政治家・・・ううん、大統領が考えないといけない事なのにね。」


彼女の表情にはうっすらと物哀しさが浮かんでいる。


「大丈夫だ、そんな事は無い。 戦う事が仕事の俺も、そう考える事がある。」


「ねえ、マッキー・・・一体、平和って何なの?」


突拍子もない質問を突き付けられた。


それも、古来より幾多の戦争が終わるたびにお題目となって来たものだ。


マケイン自身、そんな一回の海軍軍人に聞かないでくれよと思ったが、彼女の眸は真剣そのもの。


「そうだな・・・戦いが無い事か?」


「それは少し違うと思うわ・・・日本なんかそうじゃない。 戦わないと決めても、周辺に敵になりそうな国はいくつもある。

 日本国民も東側諸国の脅威に怯えている筈よ。 だから、戦わないことが平和じゃないと思うわ。」


「そんな事が言えるんだったら俺に振るな、自分で考えろっ!」


「うっ・・・もうっ、子供みたいに突かないでっ! 私はもう13歳になろうとしてるのよ、艦魂ではもう立派な大人なんだから!」


冗談交えにマケインがコツンと指先でフォリーの頭をつつくと、フォリーが顔を膨らませて怒る。


「ハハハ、人間ではフォリーはまだまだ子供じゃないか。 しかしまあアレだ・・・平和なんて軍人の俺が悩んだってしょうがない。

 俺は命令ならば人を殺さなければいけない、軍人ってやつだからな。 この戦争が終わるなりして部下を鍛えながらやがては引退して、

 その後にでものんびり考えるとしようか。」


「のんびり、考えるのね・・・。」


平和というのは、戦争の真っただ中にいる二人にとってはほど遠い仮想空間でしかない。


だがその平和と言うのはだれしもが求める、ある種の理想郷だ。


「じゃあ、私も静かな海を行きながらゆっくり考えようかな。 ジェット機じゃなくて、カモメ達が飛び交う穏やかな港でも良いわね。」


「おいおい、客船にでもなるつもりか?」


「マッキーこそ、政治家にでもなるつもりなの?」


「政治家ね・・・ははっ、なかなか面白そうだ。」


マケインが含み笑いをして半ば冗談のように返す。


「それじゃ、私もう寝るわね。 おやすみマッキ〜。」


「ああ。」


お互いの右手を選手交代のようにすれ違いざまにタッチして、フォリーは艦内に入っていった。


マケインが腕時計で確認すると、既に真夜中の0時。


真上には月がのぼっているが、時計の針は作戦日がついにやって来たことを示している。


そして、彼は一人になるとある事を始めていた。


明日自分達の攻撃によって、間接的であれ命を落とすことになりかねない人々に対して祈ったのである。










         7月29日 午前0時









          悲劇が起こるまで








          あと10時間50分



すいません遅くなりました(涙)


あっちのほう(海原の大鷲)も滞っています。


どうにかせねば!!


ついでに



ブログも始めました(最初にhを付けてください)

ttp://solowing777.blog42.fc2.com/



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