七発目! 商人暗殺篇Ⅰ
「なぁ比奈ちゃん。なんで俺たちはこんな森の中を走ってんだろうな」
「さぁな。私に聞かれても困る」
「なぁ比奈ちゃん。なんで俺たちはトラックの後部座席に揺られてるんだろうな」
「さぁな。私に聞かれても困る」
「なぁ比奈ちゃ―――」
「うるさい!少し黙ってろ!」
「……」
現在、俺、引田優と池田比奈は帝都から80キロ程離れた場所にあるとある邸宅目指して、国道もとい酷道を走っている。
「あの、お二方は第六警戒中隊の方なんですよね?」
トラックの助手席に乗っていた特殊部隊員がそんな事を聞いてきた。
第六警戒中隊は比奈ちゃんによると、秘密部隊という扱いらしいのだが、その他の特殊部隊にはその名が知れ渡っているらしい。
「ああ、そうだが」
ちなみに、なぜ特殊部隊員が運転するトラックに乗っているかというと、昨日広沢少佐にとある仕事を頼まれたからだ。
暗殺……こんな任務を任されたのは初めてだ。どうやら比奈ちゃんは初めてではないようだが。
「今回の任務は、武器商人の創園という男ですよね」
武器商人の創園。世界中を渡り歩いて世界中のテロ活動家や革命軍、更には正規軍にも兵器を売っている人物だ。少佐の情報によると、帝国陸軍情報部内でも危険人物リストに入っているらしい。
「どう処分するんですか?」
処分の方法は色々ある。確実性が高いのは対面して銃殺。ただし周りの者に身元が判明する。
次は狙撃。ミスったりしない限り安全な暗殺方法だ。もし外したら、もう任務を成功させれる見込みはなくなる。
毒殺は無しだ。ああいう職の人間は用心深い。だれかに毒見させるに違いない。
「直接会う。私と引田上等兵で邸宅の中に入って直接手を下す。その間、君たちは邸宅を見張れるポジションに付け。交戦する羽目になったら援護を頼みたい」
「了解しました」
〇
邸宅まであと2キロの場所に到着した。邸宅は山の中にあって、そこまでの道は一本しかない。
「よし、ここからは別行動だ。私と引田上等兵は車で邸宅に向かう。君たちには苦労を掛けるが、徒歩で移動してもらう」
「わかりました。では私たちは2班に分かれて援護の準備をしておきます」
「感謝する。よし、じゃあ行くか。引田、乗れ」
「はい!」
トラックの後部座席から降りて、前の運転席に乗り込む。
ギアを一速に入れて走り出す。バックミラーを見ると、さっそく特殊部隊員たちが山の中に入っていった。恐らくこの一本道から行くよりも山を突っ切ったほうが近道なのだろう。
「はぁ……できる先輩のふりをするのって疲れるな」
え……さっきのってできる先輩のふりだったのか?あれは完全にただただキレている人だろう。
「悪かったなさっきは。本当はそこまで怒ってなかったからな?」
そこまでなのね。ちょっとは怒ってた訳だ。まぁ確かにさっきの俺はウザイ感じだったよな。
「あれだろ?私にできる先輩を演じさせるために、わざとウザい絡みしてきたんだろ?」
え、何その解釈。特に俺はそんな自演をさせようとか思ってなかったんだけど。
「お、おうおう。そうだよ」
しかし、都合の良い解釈をしてくれた時はそれに乗っかっておく。
「それで、どうやって直接会うんだ?突撃とか言わないよな?」
「まさか。そんな訳ないだろ。相手は武器商人だ。護衛が何十人いるかもわからん」
「そうだよな」
「そうだ。だから私たちは商談という事で会う。話は少佐の方で付けているらしい」
「でも、商談って言っても、もし部下の商人だったらどうするんだ?」
「それは心配ない。相当デカい買い物をしたって言ってたからな」
相当デカい?兵器がデカいって事か?それとも購入する規模の話か?
「何を買うって言ってあるんだ?」
そう質問をすると、良い質問だな、と顔に書いてあると言っても過言ではない表情をした。
「二等戦艦2隻。二等重巡洋艦2隻。30センチ砲弾50発。12.7センチ砲弾200発。装軌装甲車20輌!などなどだ!」
「す、すげぇな……」
まさか海上戦力、しかも海の王者である戦艦まで販売してる武器商人がいるなんて。この世の中もすごいことになってるんだな。
「相手の創園って男は相当ワルらしいぞ。銀行強盗から麻薬の取引、何から何まで犯罪の裏を辿るといつもこの男の名前が浮上するらしい。被害国は和聖帝国だけじゃない。アラドやティニャード、中でも深は一番深刻だ。茶葉が取れないってこの前言っただろ?」
ああ、そういえばこの前お寿司屋さんに行ったときにそんな事言ってたな。
「言ってたね」
「あれも創園が関わっているらしい。なんでも、地主から強引に土地を買い取って麻薬の栽培をしているとか。なんならあいつの本拠地も深にある」
へぇ……そんな奴を今から暗殺しに行くのか。できるのか?そんな事……
「さすがに国家相手にしか戦艦は売らないらしいけどな」
そうだろうな。もしテロリストや革命軍が戦艦でも持ったら、パワーバランス崩壊もいい所だ。
武器商人としての弁えはあったとしても、それ以外の素行が悪すぎるんだよな。
でも、そんな大組織のボスを殺したとしても、どうせ跡取りとかいるだろう。そいつらも一斉に始末しないと意味がないと思うんだが。
「今優君は『どうせそいつを殺しても後継者がいるだろう』とか思ってるんじゃないか?」
「なぜわかった!?」
なんでこんなに俺は心を読まれるんだ?そんなにわかりやすく顔に書いてあるのか?
「付き合い長いんだ。当たり前だろ」
「はぁそうですか」
「確かにボス一人を殺したところで意味はない。組織の統率力が一瞬揺らぐだけだ」
だよな。そこから派閥争いとかが起きてくれれば自滅してくれるんだけど。
「実は暗殺計画は私たちだけでやる訳じゃないんだ」
「どういう事?」
「私たちの他に、和聖帝国内では5つの工場に特殊部隊が送られている。外国ではそれぞれの国の特殊部隊が攻撃を仕掛けるらしい」
「世界が協力しあってるって事か!?」
「そういう事だ」
はぇぇ……この世の中も随分平和になったというか協力的になったというか。
「もう着くぞ」
今回の作戦を聞いている間に、創園の邸宅に到着した。
「ここが……創園邸か」
そこには戦車が通れるほど大きい門があり、その向こう側には3階建ての豪邸がそびえていた。
「すげぇな」
車を門の前で停車させる。
すると、門の前に立っていた二人の男が近づいてきた。深が配備している52式短機関銃を装備している。
「お前ら、何者だ」
男の一人が、銃を構えてそう言った。
「私たちは創園の商談相手だ!銃を向けるな!」
比奈ちゃんはお怒りだ。確かに商談相手に銃を向けるとは無礼だな。
「ファン、確認を取れ」
「はい」
そして、もう一人の男は門の前に設置してある小屋に入り、何らかの手段で確認作業をしている。
「確認取れました」
「よし、門を開けろ」
男がそういうと、ゴゴゴと地響きが起こったのかと思えるほどの轟音と共に門が開いた。
「車は適当な場所に停めろ」
比奈ちゃんをチラッとみると、額に3つほど青筋が立っていた。しかし、表情は笑顔だ。
ああ、まずい。これは本気で暴れるやつだ。
「わかりました!」
そう言って比奈ちゃんの方の窓を閉めて、急いで走り出す。
「はぁ……危なかった」
「あいつ!本当にムカつくんだよ!ぜってーブチ殺し―――」
「まてまて!一旦落ち着け。深呼吸しろ」
「すぅー……はぁー」
「落ち着いたか?」
「まぁ……な」
本当に落ち着いたかは怪しい所だが、ここで気にしちゃいられない。
「暗殺って冷静さが大切なんだろ?比奈ちゃんがそう教えてくれたんだぞ」
「すまん……ついカッとなって」
「まぁ失敗しなければいいんだよ」
……なんか立場逆転してね?
そんな事を思いつつ、車をいざとなった時に逃げやすいような場所に停める。
「よし、じゃあ行くか」
〇
創園邸 3階応接室
池田比奈と創園は、机を挟んでソファに対面して座っている。
「池田中尉。わざわざこんな辺境に足を運んでくださり、ありがとうございます」
「いえ、気にしないでください」
「今回の商談、成立という事で感謝申し上げます」
「はい。我々も突然の申し出に速やかに対応して下さり感謝しております」
今、俺は比奈ちゃんの後ろに立っている。創園の方には護衛が後ろに二人いる。
この状況では数的に不利だ。しかも、この応接室に入るまでに23人の武装した者がいた。
「我々の戦艦は主力商品の一つでして……」
創園は、ずっと面白くない話をしている。『この戦艦の強いところは……』とか『次はこちらの商品の購入も……』とか。比奈ちゃんはずっと営業スマイルと適当な相槌をしている。
そろそろ比奈ちゃんのイライラゲージも溜まる頃かと思うが……。
暗殺については比奈ちゃんの合図で行うと決まっている。本来は話にある程度決着がついて、相手の信用を得れたところで合図→俺が後ろの護衛を撃つ→比奈ちゃんが拳銃で創園を殺すという流れなのだが、最初の手順をすっ飛ばしそうだな。
「ところで、今夜は何か用事とかはございますかな?」
「いいえ、特にはありませんが」
「それでは私と一夜を共にするのはどうでしょうか。商談も上手くいったことですし、記念にという感じで……」
……おおん!?
今なんと!?
俺にはワンナイトのお誘いに聞こえたんだけど、みんなはどうかな!?って誰に聞いているんだろう俺は。
しっかし、創園さん。あなた死にますよ。これは比奈ちゃんを怒らせる言葉ランキング一位だと思います。というか俺も今めっちゃ怒ってます。
「ははは、それは楽しそうだ」
んんん!?
比奈ちゃんその反応は想定外!
「でも、残念ですが、それは不可能でしょう」
「なぜですか」
「それはですね」
比奈ちゃんが席に深く腰を掛けた。
その刹那……創園の頭に一発の鉛玉。後ろの護衛にも一発ずつ。
そう。これが始末しろという合図だったのだ。
「もうあなたが死んでいるからですよ」
比奈ちゃん、早撃ちの技術ヤバすぎぃ!
「すごいね。銃を抜いてる所全然見えなかったよ」
「そうだろ?私も腕を磨いたからな。それに」
「それに?」
「私の身体は隅から隅まで優君のものだ。だからああいう事を言われてムカついた」
ほぇぇぇ……よくそんな恥ずかしい事平気で言えるな。
「それにしても、優君の射撃も前より上達してるじゃないか」
「ありがと―――」
「何事だ!!!」
部屋の扉が思い切り開かれた。
バンッ
相手の姿が見える前に、扉を撃つ。
すると、男が血を流して倒れこんできた。
「さすがだ」
「ここからが本番じゃない?どうやって逃げ出すか……」
「まずはあいつらの装備をいただこう」
「そうだな」
俺が倒した男から52式短機関銃とその弾薬を拝借(返す予定はない)する。
「弾薬は120発か。これは比奈ちゃんが使って」
「わかった」
扉から少しだけ顔を出す。
バババババッ
敵の牽制射撃が始まった。
「大丈夫か?」
「ああ、ちょっと顔にかすっただけだ」
「……ない」
「ん?」
「許さない!」
ひ、ひぇぇええ!!!
怖い!今までの比奈ちゃんの中でもダントツで恐ろしい表情をしている!ヤバい、これはヤバい……!
「オラァァァ!!!」
比奈ちゃんは怒りの表情で扉から飛び出し、腰だめで銃弾をばらまいた。
遠くで短い悲鳴を上げる声が聞こえた。
チラッと扉の外を見ると、そこには男が三人倒れこんでいた。
「撃たれてないか?」
「私は大丈夫だ!それより優君は……」
「大丈夫だって。かすり傷だけだから」
「でも、顔に傷が残るかも……」
「今はそんな事どうでもいい。とにかくここを抜け出さないとかすり傷もなにも、命すらないぞ」
「……そうだな」
どうやら一旦は落ち着いてくれたようだ。
「もうその弾倉には弾入ってないな」
「え?なんでわかるの?」
「薬室を見ろ」
「……ホントだ」
「一応あいつらから弾薬を回収しておこう」
追加で150発の弾薬を手に入れた。
「よし、行くぞ」
通路をで口の方面に進む。
「比奈ちゃん隠れろ」
ちょうど角の所、一歩手前で前進をやめる。
「何かあるのか?」
「たぶん……手鏡とか持ってる?」
「はい」
比奈ちゃんから手鏡を受け取って、自分の身を出さないように鏡で確認する。
「やばいな……バリケードが設置されてる」
「バリケード?机とか並べてって事か?」
「いや、あれは暴徒鎮圧とかで使ってる盾だ。それに機関銃も準備万端って感じだぞ」
「どうするんだ?他の場所から逃げるか?」
どうしよう。あいつらを正面から攻撃するのはあまりにも無謀すぎる。かといってここは突き当りだからな。攻め込んできたらひとたまりもない……
ちょっと待て。普通こういう作戦を考えるのって俺じゃなくて上官である比奈ちゃんの役目なのでは?
「なぁ比奈ちゃん。作戦は比奈ちゃんが立てるのが筋だと思うんだけど」
「無理だ。私はこういうのは向いてない」
「えぇ……」
それ上官としてどうなの。
「俺らが来た方って行き止まりだよな」
「そうだな。階段も通路もない」
「奥の部屋から順に使えるものが無いか見て来てくれないか?」
「え、それは別にいいけど、一人で抑えられるか?」
「心配するな。多分大丈夫だ」
「わかった。でも、絶対怪我するなよ」
「心配するなって。なるべく早く取ってきてくれよ。爆発物が好ましい」
「じゃあ取ってくる!」
〇
全力で走って一番奥の部屋に向かう。何かいい物があればいいけど。
後ろの方では優君がちょくちょく身を出して敵を撃っている。度々短い悲鳴が聞こえてくるので、確実に人数を減らしているのだと思う。
一番奥の部屋までたどり着いた。
今までこんなに銃声を響かせてきたので、ここに敵が隠れているという可能性は無いと思うが、一応手に持っている短機関銃を構える。
バッと扉を勢いよく開ける。中には誰もいない。
クリアリングは済んだ。
「何かあるかな……」
部屋の中にはいくつかの木箱があった。大きさは大体縦40センチ、横120センチ、高さ40センチくらいだ。
箱の開閉口は……ああクソ、わからん。
こういう時は物理的に開けるに限る。という事で、短機関銃の銃床で木箱を思いきりぶち壊す。
「おおぉ!!これは……!」
〇
比奈ちゃんが行ってから4人を排除した。
残ったのは機銃を構えている二人だけだ。しっかしあいつらは厄介だ。防盾付きの機銃を装備、しかも使用者も分厚いアーマーを着ている。
ダダダッ
「チッ……あいつらめちゃめちゃな撃ち方してくるな」
まったく牽制しようとしているのかわからない牽制射撃。しかし、こういうのが逆に怖かったりする。
と、どう一手をだそうかと考えていたところ、後ろから足音が聞こえてくる。
「どうだ、何かあったか?」
「こんなものをとってきた」
「ん?……えぇぇぇええ!!!」
比奈ちゃんが肩に背負って持ってきたものは、なんと対戦車無反動砲だった。
「そんなのどこにあったんだ!?」
「一番奥の部屋」
さすが武器商人。すごいの持ってるな。
「これならあいつらも倒せるかもしれない。ありがとう比奈ちゃん」
「まぁいいってことよ」
さっそく比奈ちゃんから無反動砲を受け取る。
「砲弾は一発しかなかったんだ」
「大丈夫だ」
無反動砲に比奈ちゃんが持ってきた砲弾を装填する。
たぶんこの砲弾は訓練用のものだと思うけど、それでも殺傷力は十二分にある。
「よし、これでオッケーだ」
息を整える。
今から俺は通路の方に飛び出して、この無反動砲をあいつらに向けて発射する。もしかしたら通路に出たところで撃たれるかもしれないが、突破口はこれしかないだろう。
「比奈ちゃん。少し離れてて」
「わかった」
ふぅ…………
「オラァ!!!!!!」
通路に飛び出て、無反動砲を構える。
「!?」
敵は、俺が無反動砲を持っているせいか、怯んでいるようだった。
無反動砲の引き金を思い切り引く。
「!!!」
砲弾が発射されるのと同時にバシュー!という激しい噴煙が後方に勢いよく吹き出す。その衝撃で後ろにあったガラスは粉々に砕け、壁も一部が無くなっていた。
「よし、やったぞ。ここはもう大丈夫だ」
「なかなかの衝撃だったな」
無反動砲はその特性を理解しないと怪我をする。最悪の場合は死ぬこともある。
「これは持っていくのか?」
「いや、重いしここに置いておこう。そろそろ特殊部隊の掩護も来るだろうし」
ちょうどそう言ったタイミングで、裏庭の方から複数の銃声が聞こえてきた。
「俺たちも早く合流しよう」
さっき倒した敵から銃弾を奪い取って、階段を駆け下りる。
「ここの階は大丈夫らしいな。比奈ちゃん、降りてきてくれ」
「たぶん私たちの味方の方に行ったんだろうな」
さっきの銃声に引かれたという事か。
「今からどうする?」
「そうだな……まずはここまで来るのに使ったトラックで裏に回って―――」
比奈ちゃんの作戦を聞いていると、外から鈍く重い爆発音が響いてきた。
「ん?何が爆発した」
廊下の窓から正面玄関の方を窺う。
「マジかよ。俺たちのトラックが真っ黒になってるぞ……」