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六発目!


 6月15日。午前8時。


「ふぁぁああ……」


 大帝国ホテルの20階で、引田優は心地よく目覚めた。


 やっぱり超高級ホテルはすごいな。ベッドがフカフカで快眠できた。ずっとここで住みたいくらい心地がいい。


 一方その頃、池田比奈は……


「……むにゃむにゃ……優く~ん……」


 ベッドのど真ん中に、大の字になって寝ていた。


 こっちはこっちで気持ちよさそうに寝ているな。


「比奈ちゃん、こんなに寝相悪かったっけ?」


 子どもの頃はもう少しマシだった気がするんだけど。


 まぁそんな事はどうでもいいか。そろそろ比奈ちゃんをおこさないと。


「比奈ちゃんもう朝だぞ。そろそろ起きなよ」


 肩をゆすって比奈ちゃんを目覚めさせる。


「う~ん?あさ?」


「そうだ。もう8時だぞ。そろそろ朝ご飯食べに行こうよ」


 朝食会場は9時に閉まるから、もうそろそろ行きたいんだけど。


「ん。ちょっとまって」


 ベッドからよろよろと比奈ちゃんが起き上がってきた。


「……私の制服は?」


「ああ、ちょっとまって」


 入り口近くにあるロッカーから比奈ちゃんの制服を取り出す。


「はい」


 持ってきた制服を比奈ちゃんに手渡す。


「ん~……着せろ……」


 窓際で棒立ちしている比奈ちゃんに制服を着せていく。


 まず、スカートをはかせる。その次にYシャツを着せ、最後に陸軍の尉官用制服を着させる。


「よし、行くぞ」


 制服を着た瞬間にキリッっとなる比奈ちゃんさん。


 中等部時代からこの性格というのは知っていた。


 比奈ちゃんの親は、二人とも仕事で多忙な人達だった。朝も夜も家に居ない事の方が多い池田家に、俺は度々おじゃましていた。


 俺よりも朝に弱い比奈ちゃんはあの頃よく学校を遅刻をしていたので、俺が比奈ちゃんの家に行って、起こして、朝食を作る、みたいなことをしていた。


 比奈ちゃんは中等部の頃からキビキビした性格になっていたけど、制服に原因があるという事を俺は比奈ちゃんの家に行って初めて気が付いたんだったな。


 職業病と言えばいいのはわからないが。


 朝の比奈ちゃんとくればもうじゃれて来てそりゃあもう可愛かったな。もちろん今も可愛いと思っているが。


「さぁて何食べようかな」


 回想している間に、エレベーターに乗り、2階の食堂についていた。


 このホテルの朝食はビュッフェ形式をとっているらしい。カウンターには和食、中華、アラドの伝統的な食べ物からジャンクフードまでそろっていた。


「優君は何食べるんだ?」


「うーん……朝は食欲出ないし、パンとベーコンエッグくらいでいいかな」


「そんなんでいいのか?せっかくこんな高級ホテルに来たんだしもうちょっといいの食べたらどうだ?」


「まぁ……そうなんだけどね」


 少し心が揺らぐ。


 確かに……言われてみればそうかもしれん。もう一生こんなホテルで食事できる機会なんてないかもしれない。


 ……今日はいいもんを食べよう。せっかくだし。


 そして、カウンターに並んでいる高級そうな料理を片っ端から取っていった。


「そ、そんなに食べるのか?ってか食べれるのか?」


「知らん!食わなきゃ損なんだろ!」


 〇


「うぁぁぁぁああ……」


 帝都陸軍司令部。1階。男子トイレ個室。


 し、しぬぅぅぁぁ!!!


 絶対朝ご飯食べ過ぎたせいだ。


 ぁぁぁぁああああああああ!!!


 そういえば、今朝は生ものとか脂っこいのいっぱい食ったな。原因はそれだな。


 男子トイレで格闘する事20分。


「勝った、勝ったぞ!」


 俺は脂っこい朝食に勝利した。


「やっと出てきたか」


 トイレの外で比奈ちゃんに声をかけられた。どうやらトイレに行っている間、ずっと待ってくれていたようだ。


「ごめん、待たせた」


「大丈夫だ。まだ11時半だから、あと30分ある」


 トイレから出て、適当に建物内を歩く。


 この建物は約140年前に完成したレンガ造り5階建ての近代建築だ。帝都駅と同じ設計者、同じ地域で作られた赤レンガが使用されているらしい。


 まぁ、当時にしてはモダンな建物なんだろうな。今からすれば歴史的建造物だ。廃墟価値の理論?とかなんとかを重視したとか。


 最近建てられた空軍司令部の近代的な建物とは違う趣があって俺は嫌いじゃない。ただ、防御性はない。


 近年は南アラドの戦争継続派閥が偵察機を帝国領内に進入しているから、対空戦闘車輌が庭に4輌くらい待機している。


「優君。そろそろ行こうか」


「おう、そうするか」


 昨日は色々な事があったが、今日が本番だ。情報部の広沢少佐とやらの挑発をまんまと受けた池田比奈を援護射撃しないといけない。


 いや、きっと俺の出る幕はないだろうな。比奈ちゃんはああいう性格だ。一人でがっついていくに違いない。


 館内の4階、情報部本部部長室にやってきた。


 ヤバい……腹が痛くなってきた。


「もう一回トイレ行っていい?」


「逃げるな!」


 肩を掴まれて、俺の逃亡計画は失敗した。


 比奈ちゃんは息を整えて、扉をノックした。


「誰かな?」


「第三警戒隊から来た池田比奈中尉であります!」


「同じく第三警戒隊から来た引田優上等兵であります!」


「そうか、本当に来たんだな!さぁ、入りたまえ!」


 扉の向こうからハッハッハッと笑い声が聞こえる。


「失礼します」


 扉を開けて部屋の中へ。


「いやぁ、最近の若いのはすごいね。まぁホテルの予約を取ったのは私なんだけどね」


 え?そうだったの?あ、でもそうか。あんな高級ホテルをたやすく予約してくれる人なんていないか。


「空軍からどうやって最新鋭の戦闘機借りたの?ヤバい脅しでもしたんじゃないのかい?」


 的を射た質問だな。俺もそれについては知りたい。


「そ、それは……まぁ……いや、そんな事より!」


「わかっているよ。君が言いたいのは『都田島さんを返せ』って事だろ?」


「ええ。端的に言えばそうなります」


「それにしてもすごいよね。南アラドから逃げて来て、こっちで秘密部隊に入隊できるんだから」


 秘密部隊?なんの事だ?もしかして、第六警戒中隊に来る前にその秘密部隊とやらに居たのか?そりゃすげーな。


「ん?もしかして、そっちの上等兵君はわかってないのか?秘密部隊ってのは―――」


「そんなことより!」


 比奈ちゃんが広沢少佐の言葉を遮った。


 何を言いかけたんだ?少佐の言葉の続きが気になるじゃないか。


「は、話をそらさないでください!そんな事は今はどうでも―――」


「どうでもよくはないと思うよ?君らの部隊は―――」


「わかりました!その話は自分がしますから!」


 話の流れに完全に置き去りにされていたが、どうやら決着はついたようだ。


「で、その話ってのは?」


「あ、ああ。優君にはずっと秘密だったんだが、実はな」


 何か嫌な予感がして、固唾をのむ。


「実は私たちの部隊。第六警戒中隊は秘密部隊なんだ」


 ……?


 秘密部隊?第六警戒中隊が?


「まぁ、秘密部隊というか特殊部隊みたいな感じだ。公の部隊ではない、って言った方がいいかもしれん」


「え?でも俺って特殊部隊に入れるほど成績よくなかった気がするんだけど」


「特殊部隊には成績だけで入れたわけじゃない。そもそも優君は射撃の腕はいいだろう?」


「まぁ、人並みには」


「それに、優君は学力も優れている。高校の卒業試験では学年5位だったらしいじゃないか。それに、私が中隊長だったから、入隊させる権限は私にあった」


「職権乱用かよ」


「まぁそうだが、私が隠してたことは言ったからな。それじゃあ本題だが」


「そうだ。本題忘れてた」


「気を付けろ。情報屋は気を惑わしてきたりするからな。話くるめられないようにな」


「それ、本人の目の前で言うんだ……」


 煽っているつもりなのかはわからんけど、俺にはできないな。


「ま、これ以上若者で遊ぶのもやめるよ。で、なんで返して欲しいの?」


「第三警戒隊の方が、司令部よりも安全だからです」


「その根拠は?」


「帝暦2920年の司令部秘匿レベル5文書『我が陸軍司令部に進入した敵国及び敵対組織の諜報工作員抹殺報告書』を調べさせていただきました」


「……」


 秘匿レベル5文書。情報、諜報部の中佐以上と限られた軍高官しか覗けない極秘文書だ。


 比奈ちゃん……いつそんなものを見たんだ?もしかして、これもどこかの高官を脅したとか?


「この資料によると、陸軍司令部に侵入したスパイは一年間で23人。内訳はアラド民主共和国10人。ティニャード社会主義国7人。アルゼンヌから4人。その他2名と記載されています」


「そうだな。それを書いたのは私だ。よく覚えている」


「そうですか。それなら私が懸念している事もわかるのでは?」


「まぁ大体検討は付いてるよ」


「ティニャードからのスパイは7人逮捕したと書いてありますが、まだいるかもしれない。それに、ティニャードが同盟国に口添えをすれば、スパイの全員に命を狙われる危険があります」


「確かに、そうだな」


「それと比べて、第三警戒隊にはスパイは入ってきていません。身元調査や渡航歴などで偽造された痕跡があるものは一人もいません」


 渡航歴とかも調べてたのか。そもそも、こんな情勢の中で外国に行ける余裕がある人なんていない気がするんだが、念入りなんだな。


「私どもの中隊も同様です。となれば、スパイなどが入り込んできているここよりも、田舎の奥地にある、立地的にも侵入しにくい第三警戒隊の方が安全だと思われます」


 すべてを話し終わって、比奈ちゃんの表情はとても満足げだ。


「まぁ……そうだな。確かに、ここに居るよりかは安全だろうな。スパイを完全に消すなんてのは無理な話だし」


「じゃあ!」


「でも、それは無理かもな」


 あっさりと提案を拒否された。


「なぜです」


「理由は簡単だ。私はただ、上からの指示で連れてきただけだからな。もちろん私にも多少の権限はあるが」


「では、上の人と話をさせて下さい」


「ちょ、比奈ちゃ……じゃなくて、池田中尉!さすがにそれは……」


「最近の若いのは本当にすごいな。我々保守的な人間とは違って行動力がある」


 まぁ確かに比奈ちゃんは行動力すごいよな。こっちは散々な目にあってる訳だが。


「わかったよ。私の負けだ。都田島さんの移動については、私が上司に直接交渉してやる」


「やった!優君!成功だ!」


「ホントだな!」


 比奈ちゃんの交渉が少佐に届いて、ついハイタッチをする。


「ただし!!!」


 しかし、喜びに浸るのもつかの間。


「一つの条件と、飲んで欲しい妥協点がある」


 再び固唾をのむ。今回は比奈ちゃんも。


「何でしょうか」


「まずは妥協点から話す。最初に言っておきたいのは、第三警戒隊には戻せない」


「そ、それじゃあ意味が―――」


「まあ最後まで聞け」


 気を取り直すように、少佐がゴホンと咳払いをする。


「都田島さんは第三警戒隊ではなく、より安全な皇帝領に移動する」


 皇帝領とは、この和聖帝国の皇帝が所有している敷地の事だ。面積は帝都の3倍の広さがあるとかないとか。


「そして、移動させる条件だが、ひとつの仕事をこなして欲しい」


「仕事……とは」



「暗殺だ」


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