三発目!
比奈ちゃんの質問に返答しようとしたところ、後ろから話しかけられた。
「!?」
後ろから話しかけられたからわからないけど、声からして男性。歳はおそらく60代くらいか。かなり声量は控えめだが、殺気を十分に感じられる。というかいつからここに居た?全然気配を感じられなかったんだが。
「銃を捨てろ」
「……」
腰に付けていたホルスターを捨て、相手を刺激しないようにゆっくりと声の主の方を向く。
「誰だ」
振り返った先には真っ黒の革ジャンに黒いズボン、黒い帽子を深く被った男が立っていた。手には小さめのハンドガン。銃口から先に円柱状のものが付いている。おそらくサプレッサーだろう。
「それは言えないね」
この声どっかで聞いたような……気のせいか?そんな事より何が目的なんだ?俺たちを狙う意味が分からない。
「目的はなんだ?」
比奈ちゃんが男に向かって言う。
「君を河の向こうに連れていけって言われてね。でもそれ以上は言えないな。依頼主から口留めされてるからね」
男がそう言うと、比奈ちゃんは男の方に向かって歩き出した。
「ちょ、ちょっと。行くつもりなのか?」
俺を通り過ぎるタイミングで小声で尋ねる。
「いいから。ここで抵抗したら本当に命に関わるかもしれないから。ちょっとだけよ」
そんな事を言って比奈ちゃんは男の方に行くのであった。
「ずいぶんと素直じゃないか。私も手荒なことはしたくなかったので助かるよ」
「あらそう。銃を向けてる時点で手荒だと思うけど?」
「確かにそうだね。でも、これは身を守るためだから仕方がないんだよ」
「見たところ、ティニャード製のTZ66ツベスダのようだな。士官クラスか?」
比奈ちゃんは男がもっている銃を何か特定した。
TZ66……使用弾薬に少々癖のある銃だ、と向こうの軍と共同訓練したときに兵士が言っていたな。なんでも弾頭が鉛ではなく鉄を使っているらしい。ティニャードの兵士なら訓練兵でも持っている一般的な拳銃だが、ツベスタと言ったってことは、銃本体に星の刻印がある士官向けのものだろう。
「……」
その問いに男は答えられずにいる。すると……
「おじさんは、もし大切な人が危険な状況にあったら、どうする?」
「ん?そうだな。是が非でも助ける……かな」
「そうよね。私もそうするわ!」
下手に刺激を与えると危険なので、比奈ちゃんと男が話しているのを傍観していると、比奈ちゃんが戦闘態勢に入っていた!足を高く上げて男にかかと落とし。
「ぐはッ……」
男は比奈ちゃんの強烈な一撃を食らってよろけた。そのすきに、俺は地面に置いた拳銃を手に取り、比奈ちゃんのそばに駆け寄った。比奈ちゃんは隠し持っていた拳銃を胸元から取り出し、構えた。
男は蹴られた衝撃で手に持っていた拳銃を放り投げてしまっていた。
「もう終わりだ!諦めて投降しろ!」
男はよろよろと立ち上がって
「いやいや……びっくりしたよ……」
ゴホゴホとせき込みながら、そんな事をつぶやいた。
「まったく、これじゃあ私は任務を遂行できないじゃないか……」
「抵抗しないでよ。もし抵抗したら迷わず撃つから」
比奈ちゃんは既に戦闘準備万全だ。目つきが今までとまるで違う。獲物をしとめる目だ。俺も中学の頃、放課後の教室で同じものを見た。
「わかったわかった。抵抗はしないよ。ただ、ちょっと待ってくれないかな?」
「なんだ?」
男は一言断って柵に腰を掛けた。柵は飛び降り防止の役割があるのだが、高さは腰の高さより少し高い程度の高さだ。腰掛にはちょうどいいかもしれん。
「君たちに捕まる前に、少しだけ私の素性を明かしてあげよう」
そういえば、確かにこいつは今まで全ての質問をかわしていたな。国籍も所属も何もかもがわかっていない。
「私はティニャード解放陸軍のソコロフ大尉だ。もちろん偽名だが、陸軍ではこれで名が通っている」
「ソコロフ大尉。あなたの目的は何です?」
所属と階級を述べたソコロフに対し、比奈ちゃんは拳銃を下ろして質問を投げかけた。
「うん……。全部は言えないがそっち側に捕らえられた捕虜を回収するのが大まかな目的だ」
捕虜……この前俺たちが捕まえた向こう側のスナイパーか。でも、たった一人のスナイパーを回収するためにここまで危険を冒すことも無いと思うんだが……もしかして重要人物なのか?
「ところで、なんで自分の目的を話したかわかるかい?」
どうしてって、負けを確信したからじゃないのか?こんな2対1の状況じゃどう立ち回っても勝ち目がないから……いや、違う。こいつは休戦中でも一応敵国のような危険な地に派遣されるような人だ。ペラペラ自分の情報を話すか?絶対にそんな事ないはずだ。
「この状況で逃げきれると確信したから……か?」
比奈ちゃんはホルスターにしまった拳銃に再び手をかけた。
すると、ソコロフは「ハッハッハ」と笑って
「その通り!」
柵を基点に鉄塔から落下したのだ。
この鉄塔は正確には330メートルある。その鉄塔の最上階の展望台から落ちたら、たとえ軍人だろうと特殊部隊員だろうと、人である限りただ事ではない。
「!!!」
急いで落下地点を確認しに行く。
「逃げられた」
比奈ちゃんががっかりそうにつぶやいた。
塔から下を見ると開いたパラシュートが一つあった。そして、そのパラシュートを一機の小型機が回収していった。
「あの飛行機だ。フックにパラシュートごと引っかかってる」
「ほんとだ……フルトン回収って言うんだっけ?ああいうの」
「確か……そういうの優君の方が詳しいんじゃないの?」
小型機は西の方角へ段々と高度を上げながら飛んでいった。
「優君。ここって電話あったっけ?」
「ああ。下の展望台にあったはずだよ」
「わかった。私は隊長に連絡するから、優君は出発の準備をしててくれ」
「おう。じゃあ先に下行ってるから」
展望台に降りてから、二手に分かれる。比奈ちゃんは隊長に連絡、俺は下で出発の準備だ。
俺は急いで地上行きのエレベーターに乗り込む。
〇
展望台で優君と別れてから、電話がある場所まで小走りで向かう。
ちょうど電話を使っている者はいなかったので、隊長に電話を掛ける。
「もしもし、第6警戒中隊の池田中尉です」
『おお、池田か。めずらしいな。電話を使ってくるなんて。何かあったのか』
ずいぶんとのんきに返事をするな。まぁこっちの事情を知ってる訳でもないし仕方がないんだけど。
「ティニャードの軍人が襲ってきました」
『なんだと……!』
「ソコロフ大尉と名乗って逃げてしまいましたが」
『今どこにいる!相手は追える状況にあるか?!』
「今は帝都の電波塔から掛けています。相手は空から逃げました。西に向かっていったのは確かです」
『そうか……わかった。今すぐ電波塔は封鎖する。封鎖は鉄塔にいる警備兵にやらせるから、お前は帰ってこい。今は情報集めがしたい』
「了解」
急いで地上行きのエレベーターに乗る。
地上に降りて優君のバイクに駆け寄る。
「優君。駐屯地に今すぐ戻ってくれ」
「お、わかった」
優君の後ろに乗って、隊長の命令通り駐屯地に戻る。
〇
45分間、警備の手薄な道を爆走して基地に戻った。
「じゃあ俺はバイク停めてくるから、先に隊長と話しておいてくれ」
「わかった。優君もちゃんと来いよ?お前はソコロフを見た証人なんだから。隊長が好きじゃないからといって来なかったりしたらどうなるか、わかってるよな?」
こ、怖い。従わなかったらたぶん死ぬなこれ。
「は、はい」
第3警戒隊の本部の前で比奈ちゃんを下ろしてバイクを走らせる。
ソコロフ大尉か……目的は本人も言っていた通り捕虜回収なんだろうな。比奈ちゃんも士官クラスだからきっと交渉材料として目を付けたんだろう。しかもあの手口。特殊部隊の人間だろうな。去り際は小型機でフルトン回収なんて、頭狂ってるだろ。
まぁあいつの頭が狂ってるかどうかは一旦置いておくにしても、誰を回収しに来たんだろうか。休戦協定が結ばれてから互いの国にいる捕虜はみんな解放されたはずだ。互いの代表者が調印を押したんだから間違いない。それなら考えられるのは二つだ。一つは先日捕獲した向こう側のスナイパー。あいつが向こうの国にとって重要人物の可能性がある。もう一つは……
〇
「……という事があったんです」
「なるほどなぁ」
優君が来るまでに事の経緯などを隊長に話した。
「つまり、ソコロフってやつは突然現れたと思ったら颯爽に逃げていったって事だな」
「そういう事になります」
「なぜティニャードの軍人だとわかった?」
「それは彼が自分で”ティニャードの軍人だ”と発言したからです」
「遅れてすみません!」
ノックをして優君が隊長室に入ってきた。
「おお、引田も来たか。一応、向こうからの刺客についてはほとんど聞いた」
「そうですか」
「何か、他にご質問は?」
隊長にそう尋ねると、う~んと唸って。
「今はいい。二人とも、今日は疲れただろうから寮で待機しておけ」
「了解しました!」
隊長に返事をして、隊長室を後にする。
「優君。ずいぶんと来るのが遅かった気がするんだが……なんでだ?」
「え?そんなことないよ。駐車場からダッシュで来たし……」
「ほーん。ならいいけど」
なんだか疑わしいな。最近、優君が他の女としゃべってたって情報が入ってきたから。真実はわからんが。
「そういえば、2日後に予定されてた大規模演習だがな、ちょっと予定変更するんだ」
「そうなんだ。どんな感じで?」
「日時は一週間後、訓練内容は敵に占領された島の奪還と聞いた」
「強襲揚陸艦とか使うって事?」
「そうなるな。海軍と空軍も一緒に演習に参加するらしい」
しかも、建造中だって噂されてた巨大戦艦もこの演習に参加すると聞いた。でも、このことは黙っておこう。見れる確証はないし、サプライズの方が興奮するだろうからな。
「ちょっと話変わるけどさ」
「どうしたの?」
「今日、ちょっとでいいから私の部屋来てくれるか。話があるんだ」
「いいよ。今から?」
「いや、晩飯食い終わってからでいい」
「わかった。夜の8時くらいに行くよ」
〇
比奈ちゃんは夜まで何か予定があるらしいし俺も暇なので、適当に基地内をぶらつく。
車輛が置いてある格納庫の前を歩いていると、その中に見覚えのある人影があった。
「お、東堂。なにしてるんだ?」
「戻ったのか。今ナンパ中なんだ」
そういえば、角度的に見えなかったが、東堂に近づいてから確かに人の気配がすると思った。
「まぁたナンパしてるのか。今度は誰をひっかけようとしてるんだ……って川崎さんじゃん」
ちょうど陰になっていたので顔は見えなかったが、一歩前に出てきたのでわかった。
「え?!知り合いなのかよ?!もしかして、付き合ってたりするのか?」
「ま、まさか。付き合ってはないよ。今日知り合っただけだ」
「ふーん。まぁ確かに階級格差があるカップルって一方が従わせてる感あるもんな」
「そ、そうだな。確かに」
階級格差カップルって俺と比奈ちゃんの事じゃないか。まぁコイツが言ってることは確かに間違いではない気もする。比奈ちゃんもたまに強引なときがあるからな。まぁ比奈ちゃんの場合は昔からだし、俺が無理をすることもないから別にいいんだけど。
「そういえば格差カップルで思い出したけど、池田中尉いるだろ?」
「はい。そういえば引田上等兵とお会いしたのも池田中尉専用ガレージでした」
「そうだったんだ。まぁ引田は池田中尉の護衛してるからな」
護衛というのはとても便利な立場だ。交際関係を護衛という盾で身を隠せるんだから。軍に入ってから一度も「付き合ってそう」とか熱愛疑惑が出た事なんて一度もないし。まぁ俺たちがそういうのを隠蔽するのが上手いって事なんだろうな。
「話戻すけど、池田中尉って誰かと付き合ってるらしいぜ」
バレてますねはい。
「そうだ。護衛のお前だったらわかるだろ。なんか無いのか?中尉が男と居るところとか……」
ここは……比奈ちゃんごめん!
「いやぁ……池田中尉はあんな性格だろ?男っ気なんて一ミリもな―――」
「一ミリも……なんだって?」
…………へ?
「あ、池田中尉じゃあーりませんか!僕たち用事思い出したんで失礼しますね」
東堂が川崎の手を引いてダッシュで走っていったのだった。
そして、俺はなんとも言えない気まずい状況に陥っていたのであった。