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二発目!

 

 帝暦2923年6月……初夏である。


 一週間前までは過ごしやすい気候だったと記憶していたが、一週間でこんなに変わるものなのか。こんな日には海か湖にでも行って水浴びしたいものだが……


「で?なぜこっちに攻撃を仕掛けてきたんだ?狙いはなんだ?とっとと吐け!」


 ここは第3警戒隊本部司令棟。聴取室。


 ついこの間捕まえた向こう側の狙撃兵を、現在、聴取室で取り調べを行っている。取り調べを行っているのはこの本部にたまたま来ていた憲兵隊の人だ。


「はぁ。なんにも話さんな。池田中尉と引田上等兵は休憩していいぞ」


 外から俺と比奈ちゃん、それと第3警戒隊部隊長が聴取室を見守っていたが、呆れたように部隊長がそう言った。


「いいんですか?」


「かまわん。今日は二日後の実践訓練に備えて休養でも取っておけ。引田もだ」


 そうだ。二日後には実践訓練があるんだった。忘れてた。実践訓練は結構本格的にやるから疲れるんだよな。戦車や装甲車も稼働させて実弾も発射するからな。迫力はすごいんだけど、それに感動する暇もないくらい疲弊するからな。


「お心遣い、感謝します!」


 敬礼をして先に歩を進める。


「感謝します!」


 後から比奈ちゃんが付いてくる。


「ちょっと!先に行かないでよ!」


 小声でそんな愚痴を吐かれる。


「すまん。俺はあんまりあの部隊長は得意じゃなくてさ」


 小声でそう返す。この話を他の人に聞かれたらたぶんヤバいことになるからだ。


「ああ、そうなの。確かになんか熱い人だな」


「そ。もうこんな暑いのにあんな人の近くに居たら焼け死ぬってもんよ」


 そう。あの人は熱血というかなんというか。まぁとにかく色々熱が入っている人なのだ。以前、大浴場でたまたま二人っきりになった時は地獄だったからな。あまり面白くない話や過去の話を湯舟の中で延々と続けて……あの時は鏡を見て自分の顔の表情筋が引きつっていた事をよく覚えている。


「で、これからどうするの?」


 司令棟を出てずらりと並んだ戦車や装甲車の横を通り過ぎて、駐車場の方へ向かう。


「せっかく休養もらったんだし、街に出ようかなと」


 駐車場には個人で所有しているバイクが置いてあるから、それで街に行って何か昼ご飯を食べようと思っている。


「わ、私も一緒に行きたいんだけど、いい?」


 おお、これはデートってやつじゃないか。いいやん。めっちゃいいやん。デートなんて学生時代ぶりじゃあなかったか?


「いいよ。もう着替えるの面倒やしこのまま行くか」


 わざわざ駐車場の真反対にある兵舎に行って着替えるのは面倒くさすぎるしな。街には軍服の兵士もちょくちょくいるし、変に目立つ事はないだろう。


「お昼ご飯何食べたい?」


「うーん……そうだな……」


 比奈ちゃんが首を傾げて考えていると、


「おーい!引田!」


 前からすごい勢いで東堂が走ってきた。


「どうしたんだ?なんかうれしそうだが。もしかしてお前が狙ってた同じ部隊の娘に告白されたとか?」


「それはそれで嬉しいけど、違う!もっと嬉しい事だ!」


 こいつが告白される以外に喜ぶ事……と言ったらあれしかないな。


「第3警戒隊の戦車小隊に新型車輛が来たんだ!」


「ああ、そういえば部隊長が言っていたな。新型の中戦車が来たとか。確か第6警戒中隊にも戦車が来るはずだが―――」


「本当ですか!!!中尉殿!!!」


 一気に中尉に詰め寄る東堂。軍用車両に目がない東堂はこういう話にはすぐに食いつくからな。


「お、おう。突発的な対戦車戦闘もこなせるようにって」


「もしかして、新型の中戦車ですか?!」


「いや、軽戦車だけど」


 その発言をした刹那!


「はぁ、そうですか。まぁ我々の中隊に戦車が配備されるってだけでもいいか……」


 一気に落胆したのだった。


「で、要件は?」


 話の軸がずれていたので、元に戻す。


「ああ、そうだった。それでさ。一緒に新型車輛見に行かね?」


「そのお誘いは嬉しいが、今は比奈ちゃ……じゃなくて、中尉の警護中なんだ。悪いな」


 危ねー。あともうちょっとで比奈ちゃんって言う所だった。


「いや、せっかくだし新型の戦車とやらを見ていこう」


「おお!さすが中尉!わかってますね!」


 おい!デートよりも戦車かよ?!今からデートするんだから止めたい気もあるけど……しかし、ここで止めたら東堂に悟られるかもしれん……


 という事で東堂についていくと、格納庫に案内された。そこには見たことが無い戦車が8両置いてあった。


「これが新型の戦車か」


 以前の和聖帝国陸軍では対戦車戦を主眼にした戦車と歩兵支援型の戦車の二本柱で戦車の開発を行っていたのだが、この戦車はその二つの要素を統合させたものらしい。


 見た目は、最近の諸外国戦車に見られる傾斜装甲を多用している。が、砲塔は今までの帝国戦車と似ている。


「そう。これが今年採用された最新の戦車『二三式中戦車チカ』です。主砲は新型の長砲身9センチ砲、最高速度は50km/hで今までの戦車よりも機動力は高いんです!」


 スペック的に見ればこの年代の戦車に比べても良好だと思うが、問題なのは生産性なんだよな。結局、強い戦車を作っても大量生産できなきゃ意味は無いしな。


「おっと、そこの上等兵」


 急に絡みが面倒になった?!


「な、なんだよ」


「今、大量生産できないと意味無い!とか思ったんじゃないか?」


 心を読まれているだと?!


「実は転輪や機動輪、履帯は主力戦車の一式中戦車チヘと共通なんだ。しかも最近は溶接技術も向上してるからな。陸軍が何両配備したいのかは知らないけど、ある程度量産はできると思う」


 まぁ問題は生産技術もそうなんだけど資材があるのか、という事なんだよな。最近は巨大戦艦製造の噂もあるくらいだし。


「ところで、端っこにあるアレはなんだ?」


 さっきから気になっていたんだが、格納庫の端っこの方に幌が掛かっている謎の物体がある。結構大きい。


「ああ、あれがうちの中隊に配備される軽戦車だ」


「見てもいいですか?」


「かまわん」


「わーい!」


 両手をあげて幌を被った戦車にダッシュで駆けていく。ガキかよ。


 後から俺と比奈ちゃんも歩いてついていく。


「比奈ちゃん。お昼何食べたいか決まった?」


「あ……」


 こいつ、忘れてたな。


「も、もちろん決めたさ。ええーと……フグ!」


「高いわ!俺が払えるくらいのもので考えてくれ」


 東堂に追いついたので話を一旦終わらせる。


 東堂は既に戦車に被っていた幌をとって……変な表情をしていた。


「これは……なんですか?見た事がない車輛なんですが」


 なに?東堂が知らない車輛だと?そんなものがあるのか。東堂は確か情報部や車輛開発班に友人を持っていて、そこから常に最新の情報をもらっているはずだ。それがいいのか悪いのかは置いておくにしても、東堂が知らない車輛があるなんて驚きだ。


「それは陸軍内部でも情報部幹部や陸軍省幹部、前線部隊の一部の士官にしか知られていない最新の軽戦車『試製二三式軽戦車ケト』だ。まだ陸軍内でも採用するか協議中だったが、実戦や今回の演習でテストをするらしい」


「ま、まさか。最新の戦車が中隊に配属されるなんて……」


「戦車の中に入るのはダメだが、外から眺める分には特に問題はない。存分に見ていてかまわん」


「感謝します!」


 東堂はそう言って戦車の裏に回り込んで色々な箇所を観察しだした。


「じゃ、私たちも行くか」


 比奈ちゃんが小声でそうつぶやく。


「そうだな。じゃあ正門で待っててくれ。バイクで迎えに行くから」


「わかった」


 〇


 格納庫を出て隊員用駐車場に向かう。


 最近は自動車やバイクが普及してきているが、まだ一般の庶民には手の届かないような価格だ。言っちゃえば俺もそのうちの一人で、バイクなんか個人で乗る事なんて無いだろうなとか思っていた。


 しかしこの話を比奈ちゃんにしたところ「私が買ってやるよ」って言いだした。もちろん全額払わせる訳には行かないので、半分だけ俺も支払いをした。比奈ちゃんはなんか不満げだったけど。


 で、何が言いたいかと言うと、この駐車場はがら空きなのだ。士官クラスになると基本的に運転手付きの車を陸軍側が手配してるから、個人所有の駐車場には置いていない。


「しっかし、いくら駐車場がだだっ広いからって『池田中尉専用ガレージ』なんて設置しちゃってよかったのかな」


 池田中尉は、自分とその恋人で共同で購入したバイクがあまざらしになる事を嫌がって無理やり専用のガレージを作ったのだ。


「こんな私利私欲のものを、よく部隊長が許したよな」


 ガレージのシャッターを開けてバイクに手をかける。やっぱり、いくらガレージの中に保管しておいたって埃は溜まるんだよな……あれ?埃は溜まってない?まぁそれならいいか。


 バイクにカギを差し込んでキックスタート!


 心地よくエンジンがかかる。結構長い期間放置状態だったのによく動いたな。


「あ、あの!」


「ん?」


 女性の声が後ろから聞こえてきたので振り返る。


 話のかけ方で比奈ちゃんではないとわかったが、俺に話しかける女性なんて比奈ちゃん以外覚えがない。誰だろうか?


「えっと……第3警戒隊所属の二等整備兵、川崎楓であります!」


 話しかけてきたのは、とても若い女性だった。二等整備兵という事はまだ入隊してそんなに長くないのかな。


「あ、うん。どうしたの?」


「このバイクは……引田上等兵のものですか?」


「ん?まぁそう言われればそうかな」


 比奈ちゃんとの共同所有だから……比奈ちゃんのものでもあるし俺のものでもある。


「あ、あの……その……」


 そういえばこの娘、整備兵って言ったよな。もしかしてこの娘が俺たちがいない間バイクを整備してくれてたのか?


「もしかして、君がこのバイクの整備してくれたの?」


「あ、はい!勝手に申し訳ございません!」


「いや、ありがたいよ」


 快調にエンジンがかかったのはこの娘のお陰だったのか。感謝しなきゃだな。


「そういえば今から街に行くんだけど」


「……!」


「何かお土産買ってくるよ」


「……」


「ん?」


「あ、いや、ありがとうございます」


「楽しみにしててね~」


 ギアを一速に入れて駐車場を後にする。


 〇


 正門に向かうと、数人の男女の兵士、士官がなにやら輪を作っていた。


 よーく見てみると、輪の中心には一人の女性、比奈ちゃんがいた。


 そう、比奈ちゃんは部隊内では結構カリスマ的な存在で、人気が非常に高い。あの若さで中尉になった前例はないからな。特に女性からの人気は高い。


 今からあの輪を壊さないとならないのかと思うと果てしなく憂鬱だが、これ以上比奈ちゃんを待たせると、俺の命が危ない。冗談抜きで。


 という事で、エンジンを少し吹かしながら門の方へ向かう。


「みんなすまない。私はもう行かないとなんだ」


 さっきまで集まっていた輪に手を振って、バイクの方に走ってきた。


「悪い。ちょっと囲まれた」


「いや、俺も遅れてごめん」


 比奈ちゃんがバイクの後部座席に乗る。


「出発するぞ」


「おう!」


 スロットルを全開にして基地を出る。


 〇


 10分程度、林道を走っていると広大な田んぼと何件かの住宅がちらほら見えた。


「やっと人里まで降りてきたか」


「まぁ、あの基地って国境近くだからね。田舎なのもわかるよ」


 ここは基地から一番近い人気(ひとけ)のある場所だ。街まではあと1時間くらい走り続けないと到着しない。でも、ここからでも街の一部は見える。街で一番高い電波塔なら基地からでも目視で確認できるからな。


 あの電波塔は最近完成したばかりのもので、今までの鉄塔などとは違って赤色に染まっていてとても目立つ存在だ。完成前から多くの観光客が来ていたらしいが、完成してからはさらに客足が右肩上がりだと隊長が言っていた。ついでに言うと今現在、和聖帝国一高い建造物だ。


「あっ、あの電波塔って最近完成したやつだよね?」


「そうらしい。隊長が言っていたが展望台もあって上に昇れるらしい」


「ホントに?!電波塔昇ってみようよ!」


「お、そりゃいいな。じゃあ目的地は電波塔って事で」


 〇


 田舎町から45分。警察や憲兵が配置されていない道路は猛スピードで走っていると、予定よりも早く到着した。ちなみに、警察や憲兵の配置位置は比奈ちゃんに教えてもらった。本当はこういうたぐいの情報漏洩は厳禁なんだけどな。


「やっぱり暑い日にはバイクが一番だな。風が最高に涼しかった!」


「こっちも検挙されないか不安でヒヤヒヤしてたわ」


 比奈ちゃんはスピード狂だ。このバイクを納車した当日に空軍基地に勝手に乗り込んでダメもとで滑走路を爆走させてほしいと懇願していたほどだ。もちろん断られたがな。


「あれ昇る前にお昼ご飯食べよ?なんだかお腹空いてきた」


「いいけど、何食べるか決めたの?」


「もちろん」


 比奈ちゃんは何をご所望なのだろうか。またフグとか、高級品言われても困るぞ?


「私のおごりでいいから、寿司食べに行こう!一応敵と交戦して生きて帰れたんだから」


「おごってもらうのは悪いよ。せめて自分の分は払わせてほしいな」


 バイクの事もそうだが、自分の分もしくは半分を払わないと悪い気がするんだよな。


「却下だ。私は優君の3倍は給料もらってて持て余してるんだよ。だから私に払わせろ」


 いくら給料もらってるって言ってもなぁ……でもこうなった比奈ちゃんはもう止められないからな。俺には比奈ちゃんに従うという選択肢しか残っていないのだ。


「わかったよ」


「私が払うからと言って躊躇はするなよ?」


「容赦なくいっぱい食べるよ」


「それでよし!」


 寿司なんて久しぶりだな。確か初めて食べたのはちょうどこの街で、第3警戒隊配属祝いで、その時も比奈ちゃんにおごってもらった。あの時も金を持て余してるとか言ってたけどどのくらい持ってるのかな?


「それで、どこの寿司屋に行くの?」


「いつものところでいいよ」


「ああ、”鞠紋”だったっけ?」


 鞠紋とは、さっきも述べた配属祝いで訪れたお寿司屋さんの事だ。店構えはいかにも隠れ家といった感じで、あまり広くない路地にある。一般の人にはあまり認知されていない店らしいが、軍関係者が多く訪れて経営は上手くいっていると隊長が言ってた。


「そそ。っていうかそこしか知らん。新天地を求めるのも悪くないけど今日は手堅く行こう」


 寿司屋の場所はここからあまり離れていない場所にある。ここからは大体5分以内に到着できると言ったところだ。


「確かここ右だったよね」


「私の記憶ではそうだけど、優君の記憶の方が正確だと思うぞ?」


 いや、行った回数的に言えば比奈ちゃんを頼りにしたいところなんだけど。


「ここ左だったよね?」


「うう~ん。そうだった気がする」


 またもやあやふやな回答。でも、もう比奈ちゃんに道を聞く必要はなくなった。


「ついたぞ。意外と近かったな」


「おし。じゃあ私は先に行って席とっておくわ」


 比奈ちゃんがバイクから降りてお寿司屋さんの暖簾(のれん)をくぐって店内へ入っていった。


「頼んだぞ」


 俺はバイクを路地の端っこに置いてエンジンを切りスタンドを立てる。本当は表の通りに停めようと思ったが、表には既に何台かの黒塗りの車が停まっていたので、店の前の邪魔にならない場所に停めることにした。恐らくあの黒い車は軍の高官か議員の車かだと思う。邪魔になったら恨みでも買いそうだし。


 バイクを停めて店内に入る。実はこの店、カウンターがあるような普通のお店ではなく、個別に部屋があるタイプの店なのだ。だから店に入っても大将が『いらっしゃい』と言って出迎えてくれるわけではない。ただ従業員が一人、店に入ってすぐの所にいて受付などをしてくれる。


「ご案内いたします」


 どうやらこの店員さんには既に話が通っていたらしく、店に入るや否や比奈ちゃんが待つ部屋に案内してくれた。


「どうぞごゆっくりしてくださいませ」


 靴を脱いで襖を開けて部屋に入る。


「おう、やっと来たか」


「そんな時間経過してないけどな」


「まぁまぁ。そんなちっぽけな事はどうだっていいんだよ。さぁ何が食いたい?」


 そうだな。何食べるか。まぁまずは飲み物が欲しいな。


「え?なんだって?私が食いたいって?」


「言ってないぞー」


 さらっとスルー。ここで聞き返してはいけないと俺の経験が言っていた。


「じゃあまずはウーロン茶。マグロづくし。ネギトロの軍艦」


「ウーロン茶は多分在庫無いと思うよ。最近(しん)じゃ茶畑で病気が蔓延してるらしいからね。輸入量が一気に減って都心でも数十万はするらしいよ」


 深とは、極東共栄大同盟に加入している世界でも二番目という広大な国土を有する国だ。和聖帝国の西側に位置しており、ずいぶんと長い歴史があるらしい。俺はあまり知らないけど。


「はぇー。農家の方も大変なこった。それなら麦茶でいいや」


「おっけー」


 そう言って比奈ちゃんは部屋の隅にある電話機で注文し始めた。


 〇


「はぁ。美味かったなぁ」


 奢てもらうってのは少し後ろめたいが、比奈ちゃんの幸せそうな顔が見れて幸せだ。いつかは、せめて割り勘で食事できるくらいまで昇進したいもんだな。


「ホントホント。これで心置きなく電波塔に行けるわ」


 え?お寿司の食事シーンはどこに行ったかって?俺は食レポは苦手なんだ。しいて言うなら全部美味かったぞ。


「じゃ、行くか」


「おー!」


 バイクのエンジンをかけて、比奈ちゃんを後ろに乗せて出発する。


 〇


 数分すると、赤色の電波塔に到着した。この電波塔は寿司屋からも見えていたほどなのでそこまで遠い場所にある訳でもない。寿司屋から数ブロック路地を走って中央の大通りに出ればすぐに行ける。


「いやー、近くで見るともっと大きく見えるね」


「なんでも300メートルくらいあるらしいぞ。全国に電波を送れる高さにしたらしい」


「ほぇ~。すごいな―」


 しばらく電波塔の周りを走って駐車場を探していたのだが、まったく見つかる気配がないのでバイクを電波塔のふもとにある公園に停める。


 え?犯罪じゃないのかだって?心配無用。ここには堂々と車を停めてる奴もいるんだ。自分のバイクはだいぶ端に寄せたから子供たちの遊びの邪魔にもならないだろう。でも、よい子はマネしないでね。


 電波塔には既に客が入っているようで、最上階の展望台へ上がるエレベーターには列ができていた。


「長くなりそうだけど、いい?」


 比奈ちゃんが部が悪いといった感じで問いかけてきた。


「上に行きたいんでしょ?比奈ちゃんとなら...まあ待ってもいいよ」


 元々はこの塔に登るのが目的な訳だし、列を待つ事自体は苦ではない。遊園地でトイレに行くために並ぶのとは訳が違うからな。


「ま、まあ優君がそういうなら」


 〇


 列に並んで約30分。やっと最上階へ登るエレベーターに乗り込むことが出来た。


 この塔のエレベーターは和聖帝国最大大手のミカド財閥のグループ、ミカド機械が手がけている。四方がガラスで囲まれているのが特徴で、まだこの塔にしかないらしい。


「お、思ったよりも高いな……」


 エレベーターの隅を一番に陣取った比奈ちゃんは小声で、少し声が震えていた。


「まさか……怖いのか?」


 確かに、このエレベーターのガラスは結構薄いから、もし割れたら……と考えると怖いが。


「いや〜?全然怖くねぇしぃ?」


 絶対怖がってるじゃんコレ。飛行機とかは怖くないのにエレベーターは怖いのな。


 比奈ちゃんの強がりも可愛いなぁなどと思っていると意外にもはやく最上階の展望台に到着した。


 エレベーターガールの指示に従って外に出ると、展望台にはある程度の人数がいたが、客層は富裕層と思しき子連れや議員のような風格のある者、さらには軍のお偉いさんなどと偏っていた。


「本当はおめかしして来たかったけど、軍服で正解だったかも」


「俺もここまで客層が偏ってるとは思ってなかったけど。多分私服で来てたら変な目で見られてたな」


 俺は安っぽい服しか持ってないから私服で行こうなんて言わないで正解だった。


「ねぇ!ちょっと来て!」


「おおっ」


 急に比奈ちゃんに手を引かれて展望台の端へ連れていかれる。


「見て!景色すごいよ!」


 目を輝かせて比奈ちゃんが言う。そんなすごい景色が広がっているのかと思ってガラスの外を見ると、比奈ちゃんの言う通りのすごい景色がそこにあった。


 塔のふもとに広がる繁華街、町工場や住宅街。目線を少しでもずらせばまた違った景色が自分の目と脳を刺激する。この国を支える街の動きがよく見える。


「これは……感動もんだなぁ」


「ああ。私はこの景色を守るために軍に入ったんだって、今そう実感してる」


 前は勉強が嫌だからと聞いたが……ツッコむのはやめておこう。相手が真面目に話しているときにはっちゃけるのはご法度だと思うからな。


「ちょっと、そこの軍人さん」


「はい?」


 後ろから声をかけられたので振り返る。声の主はスーツを着た男性だった。


「トイレはどこにあるかわかるかい?」


「あー……トイレならちょうど反対側にありますよ」


「そうか。教えてくれてありがとう。ところで、君たちは恋仲……かな?」


「えぇ?なんでわかったんですか?」


 おじさんの発言に比奈ちゃんが食いついた。


「なんとなく……仕事柄ね」


「へぇ!なんの仕事してるんですか?」


「それは教えられないな」


「そうなんですか。まぁそれなら仕方ない」


「そういえば、君たち。二人っきりになりたいかい?ここの屋上はほとんど人はいないからぜひ行ってみるといい。この景色も生でみられるぞ」


「屋上も行けるんですか?」


 ほー。それは知らんかった。この高さで外に出れるとは、中々日常では感じられないスリルを味わえそうだな。


「そうだよ。あまり知られてないから、私の特等席さ。是非行ってみてくれ」


 どうやら、ここの屋上はこの男性にとってオススメの場所らしい。


「じゃあ行くか?」


「うん!」


 〇


 電波塔展望台。男性トイレ個室。


 スーツ姿の男性が手に持っていたジュラルミンケースを開く。中にはティニャード製の通信機器一式が入っていた。


 スーツ男はケース内の通信機器を組み立てて、アンテナを立てた。ヘッドホンを耳に当て相手が出るまで待つ。


 チッ……遅いな。


『こちらA班だ』


『やっとつながったか。アーチャーだ』


『アーチャーか。ターゲットは確保したか?』


『いや、まだだ。周りに人が多い。ここでは実行できない』


 最近完成したというこの鉄塔には、物珍しさ目当てかは知らないが、たくさんの人がいる。さすがに集団監視の中で発砲なんて暴挙に出ることはできない。あくまで隠密に。これは私のモットーだ。


『早いうちに始末しないと面倒だぞ。いいか、殺すのは護衛だけだ』


『わかってる。今から10分後屋上に来い。もしかしたら俺が失敗する可能性もあるからな』


『失敗しないためにお前を雇ったんだが……失敗してたらお前の死体は置いていくぞ』


『構わない。私の素顔を知っている人間などこの世にはもう……』


 〇


「おおっ……ここが屋上か……!」


「うぉぅ……やっぱり結構高いね」


 鉄塔の屋上にやってきた俺たちは飛び降り防止柵越しで広がる街並みとささやかに吹く涼しい風を生で感じていた。


 展望台にはあんなにいっぱい人がいたのに、ここには比奈ちゃんと俺しかいない。


「そういえば、展望台でやってた『みんなの夢を書こう!』ってやつなんて書いた?」


「ああ、入る時に配られたやつ?比奈ちゃんはなんて書いたの?」


「私は……無くした」


 なくした?そんなに小さいサイズでもない紙をどこで無くしたって言うんだこの娘は。


「で?なんて書いたの?」


「俺は―――」


 〇


「動くな」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 結構銃や兵器の描写が詳しくて、作者さんは自衛隊関係者かな?と思ってしまいました。 長距離のゼロインは照門で、微調整は照星でと言うことを踏まえていたり、バイポッドを欲しがったりとうなずけると…
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