一発目!
登場キャラ
・池田比奈…身長160センチ。髪は短め。19歳。中等学校を卒業したのちに陸軍士官学校に入校して、現在の位は中尉。引田上等兵とは中等学校時代から交際をしている。
・引田優…池田比奈とは中等学校時代から付き合っていて「比奈ちゃん」「優君」と呼び合う仲。教育隊を卒業したばかりだが位は上等兵。射撃が得意で部隊内の『特級射手』である。
・東堂…引田と教育隊時代の同期。戦車兵志望だったが偵察部隊に入れられた。階級は兵長。
帝暦2923年。5月。
「引田上等兵。引田優!起きろ!」
緑が生い茂る、そこそこの高さの山。その中腹あたりに少し開けた土地がある。そこにはテントが9つ設置された簡易の基地があった。
「もう朝なんですかぁ?」
そのテントの一つの中でハンモックで横になっている引田と呼ばれた男は、まだ高等学校を卒業したての顔にはその若さが残る。身長は173センチ。体重は60キロと平均的と言ってもいい体躯をしている。年齢は19歳。
「今は昼の12時だ!」
一方、引田を怒鳴りつけている女性は、引田よりも上の位。詳しく言うなら中尉である。名前を池田比奈という。
池田比奈は引田の教育係を任命されている。
「優君!早く起きないと本当にダメだぞ?!今すぐ起きないと優君とは別れるからな!」
「ふぅ。なんとよい目覚めだろうか」
引田は白々しく、機嫌を損ねた池田中尉を元通りにさせるべく身体を起こした。
「おはようございます!池田中尉!」
そして、ハンモックから降り敬礼。池田もそれに返す。
「まったく。なぜ今日はこんなにも遅くまで寝ていたんだ」
いつもはもっと早く起きる引田に対し、疑問を抱く。
「そ、そりゃ……昨日の夜にあんな事があれば……」
と、池田は昨日の記憶を呼び戻す。
すると急に顔を赤らめて、
「う、うるさい!早く今日の訓練の準備をしろ!さっさと着替えて射撃場までダッシュだ!」
「は、はいぃ!」
〇
この基地、『第3警戒隊付属第6警戒中隊』駐屯基地は和聖帝国の西の守り、最前線である。といっても、現在のこの基地の役割と言ったら不法入国者の監視などしかないが。
池田中尉は立派な陸軍の女性士官であるが、22年前に大戦が休戦してからというもの、国境沿いにある陸軍基地、そこで働く兵士達の役目は国境警備、それも違法入国者の監視になったのだ。
引田上等兵と池田中尉は、立場の差はあれど実は同級生だ。池田中尉は中等教育を修了したのち、帝国陸軍高等士官学校という士官学校に入学し、そこでキャリアを積んだのである。
引田上等兵の場合は公立の高等学校を卒業したのちに、初等学校からの付き合いだった池田中尉(その頃は少尉)に誘われで入隊した。中等教育時代からこの二人は男女交際をしていたのだが「陸軍に来たら一緒に過ごせる」とそそのかされて入隊したと言った方が正しいかもしれない。
しかし、そそのかされたと言っても学校の射撃の授業では常にトップ成績で、北方の部隊の将校から直接入隊依頼が来たほどであったので、陸軍に入隊した後でも中尉のコネもなく階級を上げてきた。
「今日の訓練……もしかして新型の小銃が届いた、とかでしょうか?」
「そうだが……なぜ急に敬語になった?」
すこし不満そうに、引田に尋ねる。
「それは、池田中尉の方が立場が上なので当たり前の事かと」
引田は「これが当たり前だ」という事実を池田に伝える。そう。立場が上の人間には敬語を使うのが常であるからな。
「べ、別に、二人きりの時は敬語はいらん。気持ち悪い」
「……わかりました!池田中尉!」
池田のいう事を聞かずに、引田は続けて敬語を使う。少し反逆の表情がうかがえる。
「お願いしますやめてください」
「比奈ちゃん……それでいいの?」
あきれたように引田が言う。軍では上下関係は重要な事であることを引田はしっかりと受け止めていたからだ。
「優君は意地が悪い。二人きりの時は敬語はいいって言ったよなぁ?」
涙目の比奈ちゃん。マジで可愛い!
「でもさあ……」
「も、もういい。とっとと訓練始めるぞ!今日は本部から届いた新型の小銃を使ってもらう」
そう言って、比奈ちゃんは射撃場のすぐそばにある倉庫に俺を招き入れた。
「これが新型の小銃だ」
比奈ちゃんがそう言って渡してきた銃を受け取る。
外観は主に木材と金属。前半分の形状は今までの小銃を踏襲したように見受けられるが、少し違う。この銃には以前、森林作戦行動訓練で使用した短機関銃のように、下部に箱型弾倉を付けるくぼみが空いていた。後ろ半分は今まで使っていたボルトアクション式の小銃よりも近代的な印象が見受けられる。独立型ピストルグリップにワンピースの本体には似合わない直銃床……?いや、これは曲銃床?まぁとにかくあまり見ない見た目だ。
「もしかして、自動小銃?」
自動小銃とは、簡単に説明すると、発射時の燃焼ガスを利用する銃だ。どういう事かというと、ボルトアクション式の銃の場合は一発弾丸を発射したらボルトを手動で後退させて次弾を装填するのだが、自動小銃の場合は手動で装填する所を、弾丸を発射した時に生じるガスで代わりにボルトを後退させ、自動で次弾を装填させる。もっと詳しく知りたい方はWIKIまで。
「そう。ニニ式自動小銃。去年の12月に正式化採用されたばかりの新品。私も初めて連発で撃ってみたんだけど、すごかったわ」
「使用弾薬は?」
「前まで使ってた四四式騎銃と同じ三八式実包改よ。弾倉は20発だけど、九六式軽機関銃の弾倉と互換性がある……って説明書に書いてある」
フルサイズの弾薬を使って連発で制御が効くのか、と思いつつふと比奈ちゃんの方を見ると、比奈ちゃんも同じ小銃を別の木箱から取り出した。しかし、銃床は折り畳み式のもので、恐らく司令官や戦車兵向けのものだろう。
「それ、どうするの?」
「一緒に私も撃つの。この銃、連射するの結構楽しいんだよ!」
ずいぶんと楽しそうに言うが、この基地の司令に知られたらマズいどころの話じゃあない。弾薬は意外と値が弾むのだ。特に、この国の場合は弾薬工場の数も十分ではない。最近は工場を増設していると聞くが、それでも無駄遣いはできない状況なことに変わりはない。
「大丈夫なの?大丈夫じゃないよね?」
「隠し事は得意なんだ」
「……」
まぁ、知ってはいたさ。昔から巧妙に悪だくみをしてきたからな。比奈ちゃんは。校舎のガラスを割った時とか、クラスにいた悪ガキに全て責任を押し付けて、ガラスを割ったことに関しての罪がない悪ガキたちが怒られてたからな。当の比奈ちゃんは教室で知らん振りしていたな。あれほどの理不尽をこの目で見たのはアレが最初で最後かもだし。
「ま、まあそんな事は気にせずに。……じゃ、あの木に実ってる木の実を撃ってみろ」
双眼鏡を覗いて的を選んでいた比奈ちゃんは、遠くの木を指さしてそう言った。ここからじゃあ裸眼では見えないので比奈ちゃんから双眼鏡をひったくって確認してみる。
「照問の調整は終わってるの?ってかその前にあの木の実、300メートルは離れてるよね」
相当遠い木に、何気なく赤い木の実が成っていた。恐らくはリンゴだろうが、300メートル先のリンゴに弾丸を裸眼で当てる事は狙撃手でもない俺にとっては視力の問題もあり現実的に無理だ。俺はシモヘ〇ヘじゃないんだぞ。
「何か、スコープとかないの?あの距離をアイアンサイトで狙うのは少しきついんだけど」
「何甘えた事言ってんの。あんた特級射手でしょ。あのくらい朝飯前じゃないとな」
「もう昼なんだけど」
「誰のせいだ」
激しく拳でツッコみをいただく。
「まぁとにかく。あの人型の的でも使って照問は調整しなさい。私のは調整し終わってるから」
「そうですか」
ひとまず銃に弾倉を差し込んで右側面にあるボルトを引き、弾薬を薬室に送る。動作は比較的軽い。
次に安全装置を解除し、セレクターを単射にセットして銃を構える。
「じゃあ、発射します」
「いつでもどうぞ」
許可をもらったので、照準を合わせて引き金を引き、一発目を発射する。
発射した弾丸は、俺が狙った頭部よりやや右上に着弾した。
照問を微調整する。調整するのに専用のツールを必要としないのは便利でいい。いざという時には専用道具でちまちま調整なんてしてられないからな。
二発目を発射する。
一発目よりは着弾点は修正されたが、まだ微妙に外れたのでもう一度微調整を行う。
調整し終わって最後の一発。三発目の銃弾は狙いピッタリに頭部のど真ん中に命中した。
「よし、調整終わりっと」
「あ、そういえば言い忘れてたけど、その銃に銃剣か二脚付けれるけど、どっち付けたい?」
「え?それ俺に選ぶ権利あるの?」
「無いよ。普通はね。私権限で特別に選ばせてあげてるんだ」
えぇ……それもバレたらヤバいんじゃ……。ま、まぁ上官命令だし?逆らうのはダメだと思うんだよね。
「じゃあ二脚で」
正直に思うが、近代の戦場で銃剣ってあまり有効性が無いような気がするんだよな。突発的な接近戦なら活躍できると思うんだが、そもそも銃剣道は苦手なんだよな。だから選択肢は射撃の安定性を向上させる二脚で決まっていた。
「はいよ。じゃあ後で渡すから自分で付けといてね」
「わかった。じゃああの木の実撃つよ」
「うし。ちゃんと当たるかチェックしてるからな」
ジロジロ見られているとあまり集中できないが、見るなと言って聞くわけがないので仕方なく銃を構える。だいぶ遠い。欲張りだが二脚とスコープが今すぐ欲しい。
「ふぅ……」
地面に胡坐をかく状態で座って深呼吸をする。運よく風はたまたま無い。今のうちに射撃しておいた方がいいな。
呼吸を止めて引き金を引く。
軽い発射音がして銃弾が飛翔する。
6.5mm弾は大戦時から射撃の安定性が高いという事で高い評価を受けていたが、この三八式実包改はその安定性がさらに増していた。反動は銃身が短いため、少し衝撃があるが、それでも弾丸は非常に安定して赤い木の実を貫いた。
「命中!」
双眼鏡で射撃を見ていた比奈ちゃんが驚いたように短くつぶやいた。
それにしても、ずいぶんと扱いやすいな。前まで使ってた四四式騎銃より銃身が短いのに命中精度は同等ってところだし、やっぱり安定性が高い。
「やっと帝国も国境向こうに追いついた、って感じだな」
「ん?それってどういう事?」
あ、口が滑った。いや、別に隠すべきことじゃないけども。
「ああ、教育隊に居たときにアラドから訓練兵が来て合同訓練したんだけど、その時にアラドの兵士が持ってた銃がM8カービンっていう自動小銃でさ。セミオートしかなかったけど、扱いやすかったんだ」
そういえばM8カービンも箱型弾倉で自動小銃で。この二二式自動小銃と特徴って合致してるよな。
「さぁて。じゃあ私も撃っちゃお。優君も残りの弾は全部撃っちゃえば?」
「ああ、これは上官命令か。なら仕方がないすべて撃つか」
実際に、この銃を撃つのは結構楽しかったしな。それに上官命令だからな。仕方ないじゃあ撃つか!!
セレクターを連射に変えて、銃を構え的を狙う。
「発射!」
ずいぶんと楽しそうにそう叫んで引き金を引く上官もとい俺の彼女。命令に逆らったら……考えただけで恐ろしい……
と、いいつつも右に同じく引き金を引くワイ。
発射レートは低くない、むしろ高い方だ。しかし、それほど強い反動はない。弾薬が小口径という事が関係しているのだろうが……本当にこの銃には驚かされてばかりだ。
あっという間に弾倉の残りを撃ち尽くしてしまった。
チャージングハンドルを後退させて中に弾薬が残ってないか確認。弾倉を外してセーフティを掛ける。
「あ、そういえば今日の解散前の集合で言う予定の事があるんだけど、先に言っておくね」
「おう」
「二週間後にこの基地は捨てます」
「ん?」
どゆこと?この基地を放棄してどっかに行くって事?
「厳密には、ここの機材を回収。のちに本隊に合流って感じだから」
「本隊……ああ、そうか。わかった」
本隊とは、比奈ちゃんと俺が所属している部隊『第三警戒隊』の事だ。この基地は比奈ちゃんが指揮を執る本隊の中の一つの中隊が使用している基地で、18人の兵士しかいない。
「昨日電報が入ってきたんだけどね。いきなりだからビックリしたけど、そういう事だから」
「わかった。そんじゃあ先に準備しておこうかな」
〇
時間は飛んで二週間後。
「よし。みんな。準備できたか?」
朝の5時。外にはトラックが二台と一台のサイドカー付き偵察用オートバイが出発の準備を終えた状態で止まっている。止まっている二台のトラックにはそれぞれ別の役割がある。一つはテントや物資を運ぶ一般的な輸送トラック。もう一つは兵員を輸送する強襲用トラックだ。
兵員輸送型はこの中隊唯一の装甲武装車輛。正式名称を『一五式兵員輸送車』といって、角ばった車体の上部には防盾付きの20ミリ対戦車自動砲が搭載されている。
まぁ現代の戦車には20ミリ弾は効かないと思うが、無いよりマシ精神で搭載させたらしい。
「はい。全ての物品はトラックに積み終わりました」
「わかった。では今から出発する。本隊合流予定時間は二〇四〇だ。移動中でも国境向こうの監視を怠るな」
「「了解です!」」
集合している兵士が一斉に返事をして、それぞれの持ち場に駆け足で移動する。
じゃ、俺も行くかな。
俺は真っすぐ並んでいる車両の中で、一番後ろに止まっている兵員輸送車へ……ではなく一番前に停車しているバイクへ駆け足で向かった。
「優君は準備できた?」
駆け寄った先、バイクの横に立っていた比奈ちゃんもとい池田中尉が小声で問うてきた。
「もちろんできたよ」
こっちも小声で返す。たとえ相手が彼女だとしても上官なので、もし敬語を使ってないとバレたら色々とマズいからだ。もちろんみんなは俺と比奈ちゃんが付き合っているという事は知らないしな。
サイドカーが付いた偵察用バイクのサドルの上に置いてあったヘルメットを被り、ゴーグルをつける。
比奈ちゃんは先にサイドカーに座って、ヘルメットを被った。そして後ろを振り返り
「最終確認だ!出発する準備はできたか!」
二台のトラック操縦士に聞いた。
「計器も発動機も異常ありません!完璧です!」
「こっちも異常はありません!」
輸送トラックと兵員輸送車の操縦士は大きな声でそう答えた。
「よし!じゃあ出発するぞ!」
後ろにそう告げて俺の肩を叩く。
「出発して。林道は整備されてないから安全第一で。周囲の警戒は私がしておくから」
「じゃ、行きまーす」
エンジンを始動してスロットルを軽く捻る。
〇
「やっと来たか」
森の茂みの中に二人の男。その内の一人がスコープを覗きながら疲れたように言った。スコープで覗いた先にはバイクと二台のトラックがいる。
「よし。俺は向こう側に連絡をするからお前はチャンスを待っていろ」
茂みに隠れ、双眼鏡で同じ標的を観察していた観測者は背負っている通信機器を使って”向こう側”に連絡を開始した。
「しっかし、こんな古臭い銃で狙撃なんてできるのか?」
狙撃手は愚痴を吐く。手に持っていた銃はスコープ付きのモシンナガン。銃本体にはいくつかの傷がついていて、長い間使用されてきたことがわかる。
「文句を言うんじゃねぇ。その銃は伝説的な銃なんだよ。それにいざとなったらこっちに捨てるつもりだしな。最新の狙撃銃なんて持ってこれるかよ」
「それもそうだけどよ……」
観測手に面と向かって反撃をしようとした狙撃手だったが、観測手に頭を掴まれて強制的にスコープに視線を変えられた。
「こっちじゃなくて向こうを見ろ!」
「はいよ」
〇
「いやー。こんな自然がいっぱいな所は二人きりで走りたいなー」
走り出して約1時間。今まで警戒態勢をとっていた比奈ちゃんは、疲れたようにサイドカーの背もたれに寄りかかった。
「休暇が取れたら一緒に行こうか?」
「え?ホントか?今日本隊に合流したら隊長に休暇申請するわ」
行動が早いな。まぁいいけど。
「それは置いといて、周りを見てないでいいの?何かいるかもよ?」
さっきまでは山の中を走っていたが、これからはちょうど国境と重なっている川沿いを走ることになる。川を挟んで向こう側にもこっち側と似たように川沿いに道がある。もしかしたら、あまり喜ばしくない何かがいる可能性だって捨てきれないのだ。
「もういないでしょ。戦争は終わったんだし」
「そうだけどさ。一応確認ぐらいしておこうよ?」
「はぁ……わかりましたよ。警戒してればいいんでしょ」
なんで俺がわがまま言った、みたいにあきれてんだよ。本当にこの人が中隊長なんかやってて大丈夫なのか?
「っ!!!」
双眼鏡を覗き始めてすぐ、何かに気づいたらしく
「今すぐに停止!」
小さな声で力強くそう叫んだ。
すぐにブレーキレバーを引く。そこまで早く走っていたわけでは無いのですぐに止まれた。後続車両も中尉が停止のサインを出していたので、安全に停車する。
「優君。アレ見てみて」
双眼鏡を渡して、指を川の向こうを指さした。
指で指された場所を受け取った双眼鏡で確認してみる。
「あ、あれは……」
そこにあったのは緑に塗装された鉄の塊。戦車だ。
「まずいな……」
一応、今停車している場所は茂みが途切れるギリギリの場所だったので向こうにはバレていないと思うが。
「反応が少しでも遅れてたら絶対にバレてたぞ」
「ご、ごめん」
「中隊長なんだからもうちょっとしっかりしてくれよ……」
「……」
黙ってしまった。少し言い過ぎたかな?いや、しかし中隊長のちょっとしたミスで18人も死んだ、なんて冗談じゃないもんな。ここは部下として、彼氏としてお灸をすえて正解だと思う。
「どうしたんですか?池田中尉」
後続のトラックから操縦士が降りて、バイクに駆け寄ってきた。
「あ、ああ。川の向こうに戦車が居たんだ。誰か向こうの車輛に詳しい者はいるか?」
「戦車……ですか。それなら東堂兵長が昔戦車部隊志望だったので、車輛に関しては精通していると思います。今すぐ呼んできます!」
「ああ。頼んだ」
トラック操縦士が後ろの兵員輸送車から一人の隊員を呼んできた。
東堂兵長だ。彼は俺の友人で同期だ(階級が俺よりも上という事は秘密で)。確かにあいつは車輛に限らず乗り物全般詳しいな。俺も教育隊時代は同じ兵舎だったからいらない知識をたくさん埋め込まれたもんだ。
「東堂兵長、参上いたしました!なんの御用でしょうか」
「ああ。あの車輛の解析を頼みたい」
双眼鏡を東堂に渡して確認させる。
「……」
戦車を確認したのか無言で顔の表情を強張らせた。
「あれはマズいです。今すぐ迂回することをお勧めいたします」
そう語った東堂は声を震わせてそう言った。そんなにやばいやつなのか?俺は戦車に関してはわからんからなぁ。見ても特に何も感じなかった。ただ大きいなとは思ったが。でも、なんか変だよな。
「なぜだ?理由を述べろ。あの戦車はなんだ」
中尉は東堂の発言を追及する。
「あれはティニャード社会主義共和国解放陸軍の多砲塔重戦車『T58』です。装甲は一番薄い箇所でも推定で80ミリ。この部隊にある対戦車兵器では歯が立ちません」
「そうか……仕方ないが、迂回ルートを―――」
「ちょっと待ってください」
そうだ。今よーく考えたらおかしい事がいくつかある。
「引田上等兵。何か問題があるのか?」
「はい。不可解な点があります」
「なんだ。言ってみろ」
「戦車が険しい山道が続くような場所で孤立しているのは何か変です」
俺がおかしいと思った事を話す。するとその話を隣で聞いていた東堂も
「確かに、そう言われると変だな」
と同意した。
「どういう事だ?」
「戦車は単独ではほぼ作戦行動は不可能です。しかもあのサイズの戦車だと尚更」
「戦車は歩兵部隊などと連携することで真価を発揮するんです。いくら戦車といっても単独では役に立たない場合もある。しかもそれを一番ティニャードが理解しているはずです」
俺の物足りない説明に東堂が付け加えた。ナイス東堂。
「ティニャードが一番理解している?ますますわからなくなったぞ……」
「13年前、ティニャードでは内戦が起きたんです」
そこにトラック操縦士が話に加わってきた。
「私は当時、内戦を鎮圧させるために戦地に派兵されたんです」
内戦に派兵された?まさか。和聖帝国側は一切の関与はしていないはずだ。そもそもティニャードはアラド中央同盟側だし、和聖帝国に内戦鎮圧を依頼するなんて考えられない。それとも……
「あ、ま、まあそれはともかく。その内戦で解放軍は多くの孤立した戦車を破壊されたんです。その内戦が終結した後にドクトリンも大きく変わって、戦車を孤立させないという事になった。つまり孤立した戦車、しかもティニャードのものだとするとなお不可解で―――」
孤立した戦車の謎を説明していた操縦士が……急に倒れた。倒れた操縦士からは血が流れだしていた。
ただ、不幸中の幸いと言っていいかわからないが、銃弾は急所には当たらなかった。腰のあたりに着弾したのだ。
そして、俺はすぐさま現状を周りに知らせるべく叫ぶ。
「狙撃手だ!」
弾が飛んできた方角はわからなかったが、周囲を見渡すと森の中にきらりと光る何かがあったので狙撃手だとわかった。きっと光ったのは反射した狙撃銃のスコープだ。
〇
「クソ!致命傷じゃない上に敵の兵士にバレたぞ!」
一方その頃、森の中では
「早くトドメを刺せ!」
観測者が怒鳴る。狙撃手は射撃に失敗した、というよりも目標の始末に失敗した。
「わかってる!」
狙撃手はライフルのボルトを感情的に引いて空薬莢を排出させ、ボルトをリリース。それと同時に次弾が薬室に入る。
「こちらボーハン。アレクスが狙撃に失敗した。……そうか。わかった」
ボルトをリリースし、再び狙いを定め―――目標がいない。
〇
「狙撃手だ!」
引田上等兵が叫んだ。確かに狙撃手と言った。ええと、こういう時は……そうだ。まずは
「総員!戦闘態勢!負傷者を装甲車の裏へ!」
私と優君、東堂で操縦士都田島を抱えて運ぶ。
「引田!敵はどの方角かわかるか?!」
「1時の方向です!」
向こうからではなくこっちから攻撃されたという事か。となれば、こっち側の勢力……いや、違う。
「わかった。あの戦車は囮だったんだ。あっちに気を逸らせてそのうちに攻撃をしたんだ」
引田優が言ったとおり、あの戦車は紛れもなく囮だったのだ。という事は攻撃してきたのは向こうの勢力だ。領土侵犯をしてまで攻撃を仕掛けてきたという事は相当なミッションなのだろう……が、謎解きをしている場合ではないな。急いで各員に指示を出さないと。
「剛田!車輛を3時方向に向けろ!トラックに乗ってる者も急いで装甲車の裏に行け!」
剛田は装甲車の操縦士だ。名を呼ばれた操縦士は装甲車の角度を傾ける。
ちなみに、敵に対して角度を付けるにはもちろん理由がある。これは昼飯と言って、敵に対して装甲傾斜を付けて跳弾を誘発する防御行動だ。
「装甲車の銃座で敵がいた方向を攻撃しろ。榴弾の使用を許可する!優君は砲撃の補助をしてやれ!」
「了解!」
砲手の補助を優君に任せることにした。
「あまり装甲車から顔を出すなよ!」
〇
確かあそこらへんだったよな。
対戦車自動砲に20ミリ榴弾が5発入っている弾倉を装填する。右側に付いているハンドルを手前に半回転させて弾薬を薬室に送る。この銃は名称上では自動砲なので弾倉が空になるまで撃ち続けることができる。
「発射許可を!」
「許可する!」
比奈ちゃんから発射許可が下りたので、最後にスコープに反射した光が確認できた場所に狙いを定めて引き金を引く。
発射時は普段携行している小銃とは比べ物にならない反動と衝撃があるが、装甲車の銃座に取り付けられているものなのである程度は緩和されている。それでもすごい衝撃だが。
弾丸は森の中腹、最後に確認できた場所に着弾し、榴弾のため周囲を爆発させた。次弾は自動で装填されるので、続けざまに発射する。
「射撃停止!」
対戦車自動砲の空弾倉を抜いてセーフティをかける。
「引田。警戒に行くぞ。甲型装備Ⅱ型がトラックに積んであるからそれを着ていく」
「わ、わかりました」
「それと、東堂は坂本と組んで二手で捜索をするぞ。敵を見つけたらなるべく仕留めずに手足を狙え。やむない場合もあるだろうがその時はその時だ。自分で判断しろ。その他の者はトラック周辺の警戒だ!」
「「了解!」」
身をかがめながらトラックまでダッシュする。
先にトラックの荷台に乗り込んで、甲型装備Ⅱ型を一人分ずつ外に運ぶ。後から来た東堂たちにバケツリレー方式で渡していく。
最後に自分の分を取り出して外に出て着用する。この装備は防弾ベストやフェイスガード付きヘルメットなどとかなり重装備で、なかなか着るタイミングはないのだが、相手は狙撃銃を持っているので妥当な装備である。
装備を着用してペア、つまり比奈ちゃんとお互いに点検をする。
「よし。では警戒にあたる。私がいない間は指揮権を真田曹長に委ねる」
「了解しました」
「じゃ、行くぞ。引田上等兵」
「はい」
〇
森に入って10分間が経過した。俺と池田中尉のペアは榴弾の着弾点を西側から、東堂のペアは東側から捜索することになった。
「いないな」
「いないね」
森に中は静寂に覆われていた。しかし、こういう所に狙撃兵は潜んでいる。教育隊でそう習った。
いつ敵に急襲されても対応できるように、再度小銃を構える。弾倉は既にセットしてあり、セレクターは単発にしている。
「狙撃兵はどこにいると思う?」
どこ……か。俺は案外ビビりだからな。そもそも敵にバレた時点で逃げてると思う。
「俺なら敵にバレた瞬間に川まで走って向こうに逃走するけど」
僕はキメ顔でそう言った。
「やっぱり?私も同じ考えなんだけど」
そうか、そうだよな。こんな状況になったら逃げるよな、などと思いつつふと川の方を見ると
「あっ!いたぞ!」
「え?!」
まさかのまさか。川に猛ダッシュしている二人の影が。一人は黒髪の大男。もう一人はライフルを背負った金髪の男。おそらくあの金髪の男が狙撃手だろうな。背後から見るに二人とも東堂よりも背丈が大きいので同士討ちになってしまう、なんてことは無いだろう。
「急いで撃て!なるべく足を狙え!」
銃の照問を覗いて照準を合わせる。照準を合わせたら後は引き金を引くだけだ。
ババッ、っと単発で速射する。すると、狙撃手と思われる人影に命中した。しかし、もう一人はそのすきに逃げてしまった。
「急いで手当をするぞ」
銃を下ろして地面に倒れこんだ敵のもとに向かう。
「ちょ、ちょっと待ってよ!優君!」