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スケバン女子中学生神楽坂壱与の平凡な日常

作者: 神父二号

寂れた商店街の夜は不安になるほどに静かだった。

電柱ごとに景気よく光るシャレた水銀灯が、さらに静けさを深めるような気がした。


午後八時を回ったばかりだというのに、開いてる店は既に一軒もない。

大通りで今もまともに営業しているのは総菜屋と金物店くらいのものだ。

その二つも、萎びた梅干しのような高齢者が日中店先に座っているだけ。

あと十年と経たないうちに終わりがやってくるかもしれない。


(アタシらと同じだ)


鳶山中のスケバン神楽坂壱与はそう思った。

待ち人のために背中を預けた売り物件のシャッターが、ぎしぎしと鳴る。

時代に取り残され、いずれ忘れ去られていく存在。

地方の商店街とはまさにスケバンなのだ。


「……ふー」


リップを薄く塗った壱与の唇から、ため息が溢れる。

ロンスカのポッケからごそごそと取り出したのは、行きつけの駄菓子屋で買ったシガレットチョコだ。

一本を包みから抜き、口に咥えて先端をライターで炙る。

ぶすぶすと立ち上る煙はストロベリーチョコのフレーバー。

ヤニは吸わない。

ヤニはスケバンじゃないからだ。


「待たせたねぇッ!!」


商店街のシャッターを震わす大音声が、壱与の右鼓膜を震わせた。

首をわずかにかしげて見やれば、裾出しカッターシャツにロンスカの巨女が舎弟を連れてゾロついていた。


「シャバいポニテに、ハクい顔つき、んで中坊の分際でイキった胸元……最近ウレモンになったトビ中の壱与ってのはアンタかい」


肩に背負った学生鞄には赤テープが巻かれ、半ばまで開いたジッパーの口からは銀色のドーグが見え隠れしていた。

ヤケドしそうな赤のウェーブボブと「炎上」と刻まれたデコハチマキはまぎれもない、ネンショー上がりで知られる下田高校スケバンヘッドのシンボルだ。


「アタイは高峰大河。知ってんだろ?シモ高のアタマさ」

「……他人様を呼び出しといて遅刻。スケバンが聞いて呆れるね」

「あぁ、そりゃ悪い。タカ学のハンパなレディース共に絡まれちまってな。ゼンゴロシキメてきたところさね」


大河が指を高く打ち鳴らすと、舎弟が次々に鞄をひっくり返す。

商店街のアスファルトに、ひしゃげたナンバープレートが何枚もこぼれ落ちた。


「――次はアンタがこうなる番さ」


壱与は再びため息をつき、咥えていたシガレットを側溝に放り捨てた。

そのまま音を立てずにシャッターから背を離し、つかつかと大河の前に歩み出る。

スケバンは、売られた喧嘩は必ず買わなければならない。

それがスケバンだからだ。


「能書きはいいから来なよ」



数瞬のガンの応酬。



「シャオラァ!!」


最初に仕掛けたのは大河だ。

勢いよく振り上げられた学生鞄が壱与の鼻先をかすめ、続けてミドルキックが迫る。

肉づき豊かな美脚が放つ蹴りの間合いに、しかし既に壱与はいない。

ギラつく大河の瞳に、シャッターを駆け上がる標的の姿が映った。


「あぁっ!!」


ローファーの黒光る踵が、上空からウェーブボブの脳天に突き刺さる。

切れ味抜群のヒールドロップによって大河は顔面からアスファルトにバウンドし、長身をもんどり打たせた。

ツレの舎弟共が皆息を呑む中、壱与はロンスカを靡かせ着地する。


「ザコが」


怯えた様子のスケ共にガンを一つくれ、壱与は大通りを立ち去ろうとして。


「ザコはテメェだ」


背中を突き刺した声に、反射的にしゃがみ込む。

一瞬前まで頭のあった場所を銀色が通り過ぎ、そのまま道端の電柱を抉り砕いた。


「ドーグか…ウザイな…」


思わず舌打ちする壱与。

振り返れば顔面血まみれの大河が、目とボブヘアーだけを血よりもなお赤々と燃え上がらせている。

両手に握りしめているのはオイル滴るスケバンの得物。

チャリンコのチェーンだ。


「ハハっ!アタイの異名知らないとは言わせないよ。"チェーンの大河"をね!」


大河の猛反撃が始まった。

スケバンの技によって縦横無尽に唸る錆び鎖が、壱与の顔面へ執拗に狙いかかってくる。

さらには二人を取り囲むようにして囃す舎弟共のヤジ。


「オラァっ!さっきのナマはどうしたシャバ僧が!!」


頬を掠める度に鳴る豪快な風切り音が、口汚い舎弟のハスキーボイスが、壱与の耳を悩ませる。

大通りは車二台分の幅があるとはいえ、チェーンの射程をもってすれば逃げ場など無い。

しかも振るわれる度に勢いが増し、反撃どころか躱すのがやっとの有様だ。

視界の端々でチェーンが電柱や看板やシャッターを粉砕していくのが見えた。

まともに当たればカスリ傷では済まないだろう。


「このままケツ見せてバックれてもいいんだぜ?ああっ!?壱与さんよぉっ!!」


チェーンが縦横無尽に暴れ狂う中での、あまりにも見え透いた大河の挑発だ。

リーチをかさに着た、強者の余裕。

だが、壱与にあるのはステゴロだけだ。

鉄板を仕込んだ学生鞄も、間合いを広げるドーグも、壱与は持たない主義だ。

そして当然、バックれるつもりもない。


「うるせぇ。アタシは…スケバンだ」


静かに口を開いて動きを止め、ローファーでめかし込んだ両脚に力を入れる。

狙うは一瞬、入れるは一撃。


「もらったァッ!!」


血と涎を飛ばして嗤うスケバン。

右拳を振りかぶるスケバン。

一瞬の交錯。


寂れた商店街の喧騒を、空高く轟音が吹き飛ばした。


「ガフッ…ありえ、ねぇ…!アタイは…あ、アタイは…ネンショー上が、り…の…」


売り物件のシャターにめり込んだスケバンを背に、壱与はシガレットチョコを開けた。

一本を包みから抜き、口に咥えて先端をライターで炙る。

ぶすぶすと立ち上る煙はストロベリーチョコのフレーバー。

ヤニは吸わない。

ヤニはスケバンじゃないからだ。


「――んじゃあ、もっかいネンショーからやり直しな」


溶け落ちるストロベリーチョコが、落ち着く匂いで壱与の鼻をくすぐるのだった。

呆然と立ち尽くす敵の舎弟を置き、壱与は確かな足取りで商店街を引き返す。

音を立てるのは風で軋むシャッターと、アスファルトを叩くローファーだけ。

スケバン達の喧騒でいっとき彩られたシャッター街は、再び元の静けさを取り戻していた。


「ああ、言い忘れてた」


そそくさと逃げ帰るスケバン共の群れに向かって、壱与は話しかけた。


「商店街は、アタシのナワバリにするから」


こうして、鳶山中のスケバン神楽坂壱与はまたナワバリを増やしたのだった。

続きません。

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