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真夜中の散歩

作者: ヌベール

 もう何年も前のことだ。

 深夜まで眠れず、起き上がってカーテンを開くと、満月の夜だった。部屋に差し込む月の光は異様に明るく、私は思わず、寝ている愛犬のシベール(コーギー・メス)を起こし、一緒に表に出てみた。

 家々も、そこに駐車してある車も、皆一様にくっきりと地面に影を落とし、全体がしっとり仄かに青く染まっていた。

 フランスの詩人、ランボーの詩に「夏の青い夜に僕は山道を行くだろう……」という一節があったが、この詩を知って以来、私は三十数年ぶりに「青い夜」とは満月の夜のことではないかと思い到った。シベールも、まんざらでもなさそうに、月明かりを浴びて影を地面に落としている。

 私はシベールを連れて家の近くの木々に囲まれた舗道を歩いた。そういえば、ルイ・マル監督のヌーベル・バーグを代表する映画「恋人たち」で、ジャンヌ・モロー演じる人妻が青年とグラスをカキン、と合わせ、長い逢引きに耽るのもこんな夜ではなかったか。

 ルイ・マルといえば、私は何と言っても中学生くらいの時に見た「死刑台のエレベーター」の強烈な印象が忘れられないが、その後も「地下鉄のザジ」「さよなら子供たち」など、観るたびに深い感銘を受けた。

 さて、愛犬シベールとの月夜の散歩である。

 夜なのに、シベールの身体に木漏れ日が落ちる。木の葉の影が地面に落ちている。

 正直、妻の帰りが仕事で遅い時など、私はシベールを散歩に連れて行くのがひどく億劫だったが、今にして思うと、もっと色んな所へ連れて行ってやれば良かったと思う。

 シベールは、10歳くらいから2階への階段を昇れなくなり、もう高齢の域にさしかかったと思っていたけど、その2年後、癌で亡くなってしまった。

 食事を一切口にしなくなり、自分の死期を悟っていたのか、ある日私が散歩に連れて行った時、いつまでも帰ろうとせずに、ろくに歩けない体で、新緑をいとおしげに眺め、名残惜しそうにしていたのを思い出す。

 いよいよ寝たきりになったあと、死の前日くらいに突然必死に立ち上がって玄関を出て、おしっこをし、ひとり看取った大学生の息子の話では、息を引きとっても、フンも尿も、体液の一滴も漏らさなかったという。

 そんなシベールを、息子は「誇りに思う」と言っていた。

 そのシベールとの、満月の夜の散歩はその一度きりだ。

 今、シベールがいる天国は、あの時の月よりも更に遠くにあるのだろうか。


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