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数日たっても噂は消えなかったが、ルーシェは健気にも生徒会の手伝いに来てくれた。そして、辛い立場に居ながらも疲労困憊している僕とアリエスを回復魔法で癒してくれた。二週間後には試験だ。一、二年生は進級が、三年生は卒業がかかっている大事な試験がひかえている。ルーシェは僕たちのために懸命に手伝いをしてくれた。そんななか僕は一枚の書類を食い入るように見つめた。アリエスも気になったのか書類をのぞき込んで、眉間にしわを寄せた。
「まったく卑劣ね」
「ああ」
そこにはルーシェを断罪する署名活動の申請がアルマの名前で書かれていた。僕は書類をポケットにしまった。本当は破り捨てたかったけどルーシェが気にするといけないと思い、すぐに作業に戻った。同じようにアリエスも仕事にもどった。
そして僕たちは試験期間もあっという間におわり、結果が出た。僕は一位でクロトアは一点差で二位。エドワード殿下十位となんとか対面は保たれた様子である。
掲示板の前で、ルーシェを見つけた。
「ルーシェ」
声をかけると、「クリストファー様。一位おめでとうございます」と自分のことのように喜んでくれた。
「うん、君の手伝いのおかげだよ。それより、しばらく生徒会室には来ないでほしいんだ」
可愛い顔が一気に不安の色を見せた。
「今はエドワード殿下が卒業式後のパーティの準備をされているんだ。君に危害を加えられたくないから。寂しいけど我慢できる?」
「はい、そういうことでしたら我慢いたします。ですが、卒業パーティは学院主催なのでは?」
「そうなんだけどね。一応、出席者の確認なんかの仕事があってね。ごめんね」
「そんな、謝らないでくださいませ。クリストファー様は何も悪くありませんわ。ほんの二週間ですわ。わたくしは大丈夫です」
「寂しくないの?」
「それは寂しいですけど……」
「けど?」
「クリストファー様がわたくしを危険から遠ざけてくれることがとてもうれしいのです」
僕は不意打ちをくらったように、顔が熱くなった。そして、僕は必死になって彼女に一つの提案をした。
「ランチはできるだけ一緒に食べよう。待ち合わせは食堂の入り口、三十分待っても僕がこなかったら、先に入って食べておいて。食後のお茶くらいは付き合えるようにするからね」
「はい、わかりましたわ」
それから、毎日、ランチかランチ後のお茶を二人で取った。卒業式前日まで。
スムーズに卒業式は終わり、いよいよパーティの時間がやってきた。僕は気を引き締めた。今夜は卒業生の両親も出席する。もちろん、陛下御夫妻もだ。これから何が起ころうとも、ルーシェを守る決意を固めた。そんな僕の硬い表情を、クロトアはニヤリと笑って落ち着けよと言った。
「そんな顔で姫君を迎えにいったら、逆に心配されるぜ。大丈夫だ。切り札は俺がもっているからさ」
僕はこくりと頷いて、ルーシェを迎えに行った。
今夜のルーシェは大人っぽく見えた。若葉色のドレスに大きめのルビー。大胆に開いた襟元。髪もアップして銀の蝶をかたどったかみかざりを付けていた。
「綺麗だよ。ルーシェ」
そういうと彼女は真っ赤になってしまった。そう言う照れ屋な可愛らしさはまだまだ残っていて、それが僕にはくすぐったいような喜びを与えた。大人っぽく見えても彼女の可愛らしさは変わらない。ルーシェはそっと僕の手をとる。僕らはゆっくりと歩いて迎賓館にむかった。今夜のパーティは社交界のパーティと同レベルである。まずは、壇上にいらっしゃる陛下御夫妻に次々と挨拶をしていく。僕たちも挨拶を済ませて端へ寄る。アリエスはウィルス先生にエスコートされて登場した。異例のことだが仕方がない。最後にエドワード殿下とアルマが陛下御夫妻に挨拶をする。そして学院長様の挨拶と同時にパーティは開始された。だが、やはりというべきか、パーティは滞りなく終わろうとしていたその時だった。
「聞け皆の者!」
エドワード殿下が声を張り上げる。会場はしんと静まり返った。ルーシェは、不安そうに僕の腕にしがみついた。僕は彼女を安心させるかのように、耳元で大丈夫だよと囁いた。
「アリエス・ドラクロア。前に出ろ」
アリエスは緋色のドレスをまとい、堂々とそして優雅に殿下の前で淑女の礼をとった。
「私はここに宣言する。アリエスとの婚約を破棄し、アルマ・キース男爵令嬢との婚約を誓う。そして、アリエスの悪事をこの場でつまびらかにする」
エドワード殿下は堂々と宣言した。だが、アリエスは氷の微笑をたたえている。
「婚約破棄、確かに承りましたわ。ですが、悪事とはいったい何のことでしょう?」
「お前がアルマを虐げ、殺害しようとしたことは明白だ」
「まあ、御冗談でしょ。何を証拠にそのようなお戯れをおっしゃいますのやら」
「戯れだと!アルバート!こいつをひざまずかせろ」
「殿下に申し上げる。無力な女性を力ずくでひざまずかせるのは騎士道に反する。たとえ、主の命令でも聞くわけにはまいりません」
エドワード殿下は苦虫をかみしめた様な顔でアルバートを睨み付けた。
「どうなさいましたの?わたくしがどなたか存じあげませんが虐げ殺害しようとした証拠はなんですの?」
「被害者であるアルマが証言したのだ。十分な証拠だ」
「それは証拠ではございません。証言です」
「ならば、ルーシェ・アリスベルガーとミシェル・モーガンよ。前に出ろ」
僕は、やはりこの時が来たかと思い、そっとルーシェの表情を見た。それは凛とした美しい顔だった。ルーシェは静かに歩み出ると、エドワード殿下に淑女の礼をして向き合い、アリエスの隣に立った。
ミシェル・モーガンは殿下に挨拶もせず、アルマのそばに立つ。
「ミシェル・モーガン。発言を許す」
「はい、殿下」
「そなたはアルマがルーシェ・アリスベルガーによって、階段から突き落とされたのを見たそうだな」
「はい、その通りでございます。はっきりと突き落とす瞬間を目撃いたしました」
「ルーシェ・アリスベルガー」
「はい、殿下」
「お前はアリエスの命令でアルマを突き落としたに相違ないな」
「いいえ、違います」
「では、お前の意思で突き落としたのだな」
「それも違います。わたくしはアルマ様を階段から突き落としてなどおりません」
「白を切るな。目撃者がいるのだぞ」
ルーシェは凛として堂々と殿下を見つめた。
「では、殿下にお聞きしますが、なぜわたくしは学院から罰をうけなかったのでしょうか?突き落とした事実があれば、わたくしは謹慎処分もしくは実家へ帰されたはずでございます。けれどそのような処分は受けておりません。ミシェル様も突き落としたとおっしゃっていますが、そのときわたくしの両手は書類の山で塞がっておりました。そんなわたくしがどうやって人を突き落とせるというのでしょう?」
「ミシェル・モーガン。確かに見たのだな」
ミシェルは青い顔で必死にうなづいている。
「こちらには証言者がいるのだぞ、お前が嘘をついていることは明白だ」
エドワード殿下がルーシェを犯罪者のように睨み付けている。僕はそこへ割って入れない悔しさを噛み殺していた。ここからが、クロトアの出番だ。
「殿下、その件に関して報告が遅れて申し訳ありません。どうぞ、読み上げてください」
クロトアは一枚の紙を殿下に差し出した。殿下の顔が青ざめていく。
「そ、そんな馬鹿な……」
「それは事実です。ちゃんと学院長の判子も押してありますよ」
クロトアは、エドワード殿下の震える手からひょいっと書類をとりあげて、朗々と読み上げた。
「アルマ・キースの階段転落事故の報告書。アルマ・キースが階段から転落した件について、当事者およびミシェル・モーガン、ルーシェ・アリスベルガーを個別に聴取。ルーシェ・アリスベルガーは、確かに書類で手がふさがっていたことは、ミランダ・トエル教師も確認済み。再度、当事者とミシェル・モーガンを個別に聴取したところ、アルマ・キースは突き落とされたのではなく蹴り落とされたと証言。一方、ミシェル・モーガンは確かに突き落とされたのを見たと証言し、ここに矛盾が生じた。よって、再度目撃者を探した結果、二年生のウィスパー・ジルドレイクが当事者が自ら転んだことを証言。よって、この件に関して、ルーシェ・アリスベルガーは無関係と判明した。以上です」
クロトアは、にかっと笑ってルーシェの隣に立った。
「お前は、俺をだましたのか!」
エドワード殿下はミシェルを怒鳴りつけた。ミシェルは真っ青なお顔になってその場に、ぱたりと座り込んでしまう。
「もう、よろしいでしょうか、陛下。この茶番を終わらせてくださいませ、見苦しゅうございます」
アリエスが殿下ではなく陛下に対して、大きなため息を吐いた。
「うむ、エドワードよ。アリエス嬢との婚約破棄は認めよう。だが、お前のしでかしたことは、王家の恥である。罪のないものに罪を着せようとしたことを重く受け止めよ」
「……」
「城へもどり謹慎せよ。おって沙汰を下す」
エドワードは護衛に囲まれた。
「待って!待ってください。陛下」
「なんじゃ」
「わたくしも殿下とともに罪をつぐないます。どうか、せめてそれだけはお許しください。おねがいでございます!」
「アルマ……」
殿下はアルマに駆け寄り、抱きしめた。僕には空々しい一幕にしか見えなかった。
「よかろう、二人を離宮へ。そこで沙汰を待て」
今度こそ、二人は護衛に囲まれて会場をでていく。そして、僕は急いでルーシェに駆け寄り抱きしめた。ルーシェは相当の勇気を振り絞っていたのだろう。僕が抱きしめたとたん、縋りついて泣きだした。僕はよくがんばったねと心の中でつぶやいて強く強く抱きしめた。