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ルーシェの提案であるダンスの練習会は月に一度、練習をしたい人のために迎賓館を放課後開放してもらえることになり、お茶会はテーブルや椅子を中庭と庭園にふやして、利用希望の場合はカフェに予約を入れるという形でほぼすんなりと通った。だが、訓練場の開放はやはりすんなりとはいかなかった。生徒会には学院上層部で検討すると言う報告があった。
一段落ついた僕は、執事に頼んでルーシェへのプレゼントを用意し、届けさせた。喜んでくれるといいんだが。ルーシェは幼い時から花束以外のものを欲しがらなかった。だから、今回のプレゼントは、かなり思い切ったものにしたのだけど。
ようやく待ちに待ったダンスパーティだ。パーティが終われば翌日から一週間の休みだ。実家に帰るものも多い。特に一年生は。ルーシェも帰省すると執事が教えてくれた。僕は帰らないつもりだったけれど、ルーシェが帰るのなら、一緒に帰ろうと思って、執事に手配を頼んでおいた。
僕はドキドキしながら紺色のタキシードに袖を通した。女子寮の玄関前でまっていると、僕の愛しいお姫様が驚いたような顔でやってきた。
「迎えに来たよ。よかった。着てくれたんだねドレス」
僕の送ったプレゼントはパフスリーブで、襟元は四角。色は薄い水色。裾には蒼い華やかなバラの刺繍が施されたドレスだ。
「はい、とても気に入りましたの。うれしくて毎晩ながめてしまいましたわ」
「そう、とてもよく似合ってるよ」
思った以上に似合っていて、僕はつい目を細めてしまう。
「では、まいりましょう。我が姫」
「はい」
僕はようやく彼女をエスコートできて上機嫌だった。
「今日は先生方も参加されているのですね」
「うん、毎年、ダンスパーティは全員参加なんだ」
そして、ダンスフロアの真ん中にエドワード殿下とアルマが登場した。会場がざわつく中、静かに音楽が流れ始めた。アルマは大きく背中の空いたピンクのドレスを着ていたが、あまりにも似合っていなかった。殿下は黒のタキシード。二人のダンスはお世辞にも優雅といえるものではない。一曲踊り終えるとそれが始まりの合図だ。次々に生徒たちがフロアへと向かう。
「さあ、僕たちも踊ろう」
「はい」
楽しいダンスの時間だ。僕はルーシェが望むだけ、踊ってあげようと思った。まずは、三曲踊って、休憩をとる。二人でジンジャーエールを飲みながら、会場を眺める。アリエスはウィルス先生と踊っていた。深紅の生地に襟元と裾にパールをちりばめた上品な仕上がりの大人っぽいドレスは、ルーシェを釘付けにしている。それに優雅に踊る二人をみて感嘆のため息をついていた。
「素敵ですわ。わたくしもあんな風に踊れているのかしら」
「ルーシェのダンスは人を楽しませるから僕は好きだよ」
「人を楽しませる?」
「そう、だって君はとても楽しそうに踊るから、見ていると踊りたくなるんだよ。なにより、僕は君と踊るのがとても楽しい」
ルーシェの頬がぽっと赤くなる。ああ、照れている。可愛いな。
「もう少し休む?」
「いいえ、踊りたいですわ」
僕たちは、またフロアで踊り始めた。けれど、楽しい時間はあっという間にすぎてしまった。最後の締めくくりに、エドワード殿下とアルマが踊っておしまいだ。ルーシェは何か残念そうな表情で、二人をみていた。
翌日は正門から寮まで馬車の列が絶えない。帰省ラッシュというわけだ。だから、僕の提案でルーシェと一緒にリザーズ侯爵家の馬車で帰省することにした。彼女は喜んで馬車に乗ってくれた。
一週間はあっという間に過ぎてしまった。帰省してみれば、義父の仕事の手伝いでルーシェと会うことはできなかった。相変わらず、義父は面倒な案件には手を付けていなかった。このままでは、侯爵家の存続も危うい。だが、僕がルーシェと結婚することで多額の結納金が手に入ることを、この男はわかっているのだ。僕は領地の管理運営に関しては、アリスベルガー子爵から、多くを学んだ。だから、この一週間でできることはすべてやって、学院に戻った。
しばらくすると放課後の闘技場の開放について、生徒会へ報告があった。月に二回、闘技場を開放する。ただし利用者は三十人という少数制で、治療係にルーシェが抜擢されていた。他にも治療魔法の得意な生徒が三人選出されている。必ず教師が監督をするというのも条件に入っていた。ルーシェに危険はないのでほっとしていた。
そして、開放日の初日。僕ら生徒会のメンバーも見学に行った。僕はそこで、衝撃をうけた。治療係のルーシェの姿に。パフスリーブの黒いワンピースは、ひざ下十センチしかなく。裾からひらひらとパニエが見え隠れしている。白いロングソックスを履いた細い足が艶めかしく見えた。その上、白いひらひらのフリルのついたエプロンに頭にはレースのヘッドドレスをつけて登場した彼女はまるで人形のように愛らしかった。
ルーシェは恥ずかしそうに上目遣いで僕を見つめる。あまりの愛くるしさにすぐには声がでない。
「か、可愛いよ」
思わず、噛んでしまった。
初日の今日は十五人だった。訓練場は広いので存分に訓練ができる。とりあえず、今日はけが人もなく、ルーシェは何もせずに終わった。それから、二カ月たち予約が殺到し始めた。僕はルーシェの婚約者としてウィルス先生にルーシェの制服について抗議したが、あれを用意したのは別の女性教師だと言って取り合ってはもらえなかった。そして、あの愛くるしい姿を一目見たいがために、予約が殺到していることなどルーシェは露ほども知らなかった。
僕は、変な虫がつかないように、昼休みは生徒会室で昼食をとることをルーシェに提案していた。ルーシェはとても喜んでくれたので、僕はほっとした。そして季節が段々と冬へと向かうころ、一つの事件が起きた。僕はその日の放課後も多忙だった。いつもの時間にルーシェが現れないので少し心配になっていたころ、一人の男子生徒が生徒会室へ駆け込んできた。
「た、大変です。アリスベルガー令嬢が……」
慌てる少年を落ち着かせて話を聞けば、アルマを階段から突き落としたとして先生の尋問をうけているというじゃないか。僕は血相を変えて、職員塔に駆け込んだ。
「大丈夫だった?何されたの?」
「えっと、アルマ様を階段から突き落とした犯人にされました。でも、ミランダ先生はわたくしの証言を信じてくれたようです。大事にはいたらないでしょう」
僕は、卑劣なアルマに怒りを覚えながらも、怯えているルーシェをそっと優しく抱きしめた。こんなに震えて、怖かっただろうにと僕は思った。こんな状態で生徒会の手伝いなどさせられない。
「寮まで送る」
「でも、お仕事が」
「仕事は明日でもできるよ。こっちのほうが大事」
そう言って寮まで送り届けた。
次の日は、あっという間に噂になっていた。ルーシェがアルマを階段から突き落としたと。噂だ。事実じゃない。人一倍優しいルーシェがそんな卑劣な真似をするものか。僕のはらわたは煮えくり返っていた。僕は噂の出所を調べたが、結局、何一つ確証を得ることはできなかった。僕は悔しさと情けなさでいっぱいだった。