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子犬のような青年を拾いました。

金木犀の匂いがし始めた秋の入口。


その日、雨が降る中ずぶ濡れになって


まるで子犬のように震えていたから


放っておけなくて


だから、拾ってみた。


-------------------------------------------



目が覚めるとそこは知らない部屋だった

寝ていたベッドから起き上がり周りを見渡す。


知らない布団 知らない部屋 



ここどこ…なんで…



他の部屋を見ても知らない家具や家電ばかり

窓から外を覗いてみても知らない景色。


知らない部屋に知らない街。



けど、この部屋の匂いはなぜか落ち着く





ガチャ


えっ…



「ただいま~」



誰…



「あ! 目覚めた? 良かった。服もサイズピッタリだね」


そう言いながら微笑む彼女は、とても綺麗な人で一瞬その大きく宝石のように綺麗な瞳に吸い込まれるかと思った。



「あ、あの…分からないんですけど…」


「ん?」


「ここが何処なのかも、なんでここに居るのかも、あなたが…誰なのかも…」


「あ、そっか。そうだよね。ごめんね、ちゃんと説明するね?」


「…はい」


「う~ん、そんなに怖がらないでよ。なんか泣きそう…」


「えっ、あ、ごめんなさい」


「ううん、こんな状況じゃ仕方ないよね。大丈夫。変な事言ってごめんね」


「いえ、そんな」


「じゃ、説明します。まず、私は桜井理央さくらい りおです。歳は27です。仕事はアパレルのメーカー勤務で商品企画やってます。で、ここは私の部屋。あ、ねぇ君名前は?」


「え、名前?」


「そう名前。私自己紹介したんだから君も自己紹介してよ」


「名前…名前………えっと…」


「…え、まさか分からないの?」


彼はゆっくり頷いた


「うそ…でしょ…」





“記憶喪失”


病院の先生から言われた診断結果はこれだった。



あの後、すぐに理央さんが病院へ連れてきてくれて

幾つか検査をしたあとに先生から言われたのが、


“記憶喪失”



分からない。

何が分からないのかすら分からない


自分が記憶喪失だと分かった瞬間、急にとてつもない不安に襲われる。


僕は誰だ 

名前は? 

待て、どこから来た? 

どこに帰れば良い?

親は? 

友達は?

学生か?社会人か?

いや待て…歳も分からない 


分からない

思い出せない


どうすれば良いんだ…




「大丈夫だよ、記憶が戻る可能性も十分あるって先生言ってたし。ねぇ?」


「はい…」


「元気出して?…元気が無い時は美味しいもの食べよう!美味しいご飯食べると自然と笑顔になるから! 好きな食べ物なに?」


「…オムライス 」


「オムライス!? 良かった~好きな物も思い出せないのかなって少し心配だったから…」


「なんで好きなのか理由は思い出せないです」


「食べたら思い出すかもよ?じゃスーパー寄って帰ろう」


「え?」


「今夜はオムライスね?」


「…」


「オムライス好きなんでしょ?作ってあげる」



なんで理央さんはそんなに楽しそうなんだろう。

スキップでもしそうな程ニコニコしてる…



「あ、ごめんね。誰かの為にご飯を作って、一緒に食べるのって久しぶりだから嬉しくて」



優しく微笑む彼女を見ていると自分まで優しくなれた気がする。



「理央さん」


「ん?」


「どうして僕は理央さんの部屋に居たんですか?」



ずっと気になっていた事を聞いてみた。


スーパーに向かいながら理央さんは僕との出会いを話始めた。




金木犀の匂いがし始めた10月の第1土曜日


つまり、昨日


理央さんは朝から友人とショッピングに出掛けて夕方住んでいるマンションに帰ってきた時、マンションのオートロックの前で夕立に打たれてずぶ濡れになって

倒れていた僕を見つけて慌てて自分の部屋へ運び、休ませていたらしい。


華奢な女性1人が男1人を運ぶのは無理があったらしく

管理人さんに「友人なんです。」と嘘までついて僕を運んでくれたらしい。

おまけに濡れていた服は乾かし、代わりに男性用の着替えまで用意して。



今どき、こんなに優しい人がいる居るなんて感動ものだ。



「助けてもらって言うのもなんですが、危ないって思わなかったんですか? 知らない男を部屋に入れるなんて…」


「う~ん だって、あんなずぶ濡れで風邪引いちゃうと思って。それに“男”って言うより“子犬感”が凄かったんだもん。道端に捨てられてる子犬みたいでさ」


「子犬って…でも、本当にありがとうございました」



倒れている人を子犬だなんてもしかして天然なのかな?

そう思ったら可笑しくてつい笑みがこぼれた。



「あ! やっと笑った! やっぱり可愛い」


「え?」


「拾った時も思ったの。綺麗な顔してるからきっと笑ったら可愛いんだろうなって」


「拾ったって、それに男に可愛いって…」


「子犬だからね~それに男でも可愛いものは可愛いの!ねぇ、名前決めてもいい?」


「名前?」


「うん、名前思い出すまでの仮の名前。じゃないと君のこと呼べないもん」


「確かにそうですね、今は名前が無いようなものだし…いいですよ。理央さん、僕に名前を付けてください」

 


そう言った彼の瞳はとても綺麗で吸い込まれそうだった。まるで心を持っていかれるかと思ってしまうほどに。



「なおって呼びたい。綺麗な目をしてる、素直な目。だから “なお” だめ?」



なお


なぜだかその名前の響きは凄く心地良かった。

まるで、ずっとそう呼ばれていたかのように。



「そんなに良く言われると照れます。けど、なおっていい響きですね、気に入りました」


「本当!? 良かった…いい名前だよね、なおって」





そのあとは、スーパーで食材の買い出しをして理央さんのマンションに戻った。



「適当に座ってて、テレビとか好きなの見てて良いからね」


「何か手伝いますよ」


「いいから、いいから、なおは座ってて」


「…はい」



段々とキッチンからケチャップライスの良い匂いがしてくる。



「できた~!」


「運ぶの手伝います」


「うん、ありがとう」



「いただきます……美味しい」


「本当!? 美味しい?」


「はい、凄く美味しいです」


「良かった~」


そう言いながら理央さんは可愛らしく微笑んだ。


「やっぱり1人で食べるより誰かと食べる方が良いよね。美味しいって言ってもらえるの嬉しいもん」


「…彼氏居ないんですか?」


「……居たらこんな子犬拾う訳ないでしょ?」



ヤバい。

そう思った時にはすでに理央さんはお怒りモード。

でも、ぷくっと膨らませたほっぺたが可愛い。


怒ってるのに可愛いなんて…ずるい人だ。



「怒ってます?」


「怒ってます」


「でも、そのぷく顔可愛いですよ。それに拾ってくれてありがとうございます」


「…ずるい。どういたしまして」



なおと話してると怒りとか苛々とかそう言った負の感情が自分の中からスーっと消えて無くなっていく気がする。


今だってムカッときたのになおが優しく微笑みながらありがとうなんて言うから私もつられて微笑んでしまった。

癒しの力? 

やっぱり子犬みたい。



オムライスを作ってもらったから、せめて後片付けはやります!と、言い張りなんとか洗い物をさせてもらった。

片づけが終わり、ソファーに2人で座りテレビを見ていたら


「なおさ、記憶戻るまでここに居なよ」


そう急に言われた。


「え…」


「記憶が無いのにこれからどうするの? どこに帰るの?」


「それは…」


「ここで生活しながら記憶が戻るの待ったら? もちろん記憶が戻るように私にできる事は協力するから。ねぇ?」


「…でもこれ以上理央さんに迷惑かけられないです」


「私はなおと居て嫌な事なんて無いよ? 寧ろここを出て行ってどうするのか心配で仕方ないよ? なおは私と居るの嫌?」



そんなに目を潤ませながら見つめないでください…

そんな風に言われたら嫌なんて言えないよ。

いや、嫌なんてこれっぽっちも思ってないけど…



「嫌…じゃないです」


「じゃ、良いよね?」



その笑顔はずるい。



「宜しくお願いします」



ペコっと頭を下げたなおがまた子犬みたいで可愛くて

思わずなおの髪の毛をわしゃわしゃした。



「り、理央さん!?」


「可愛いな~この~これからよろしくね、なお」


「はい」




僕はとても綺麗な彼女に拾われた。

僕が誰でどんな人間なのかも分からないのに拾ってくれた優しい彼女。


理央さん

僕は自分の記憶と引き換えに貴女に出会えたのでしょうか。



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