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彼女の傍に居る為に (二条視点)

ある日、いつものように一条家へと向かうと、玄関の前に一条の兄が佇んでいた。

一条に義兄がいる事は一族の間では周知している。

しかし一族の集まりにあまり顔を出さず数回見たことがある程度で、実際に面と向かって話すのは初めてだった。

彩華と似ていない彫が深い綺麗な顔立ちで、俺を見定めるような視線を浮かべ、口は弧を描いていた。


俺はすぐに姿勢を正すと、一条の兄へ挨拶をする。

一条兄から差しだされた手を握り返すと、思った以上に強く手がジンジンと痛んだ。


なにやら一条の兄は俺に話があるらしく、彼女は俺を残して部屋へと去っていった。

二人きりになると、不穏な空気が俺たちを包み、俺は二条兄の出方をじっと待つ。

おもむろに開いた口から飛び出した言葉は、鋭く俺の胸に突き刺さった。

俺の至らぬところを的確に指摘してくるその言葉と、最後にはもう来るな、と切り捨てられたんだ。


一条兄のが去っていく足音に、俺は動くこともできず只々その場に立ち尽くしてた。

俺だって頑張ったんだ。

でも超えられない壁が出てくるじゃないか。

俺は彼女を超えられなかった、常に下だったんだ。

そんな自分に言い訳をする中、彼女の一生懸命な姿が目に浮かぶ。


彼女は最初できなくても、誰よりも努力をしていた。

出来ないことはできる人に素直に聞いて、そうして彼女は自分のものにしていった。

あいつの傍で見ていると、何でも一番のくせに、それをひけらかすことも、他人を蔑む様子も見せない。

一番驚いた事は自分の順位を全く気にしていないことだった。

きっと俺がずっとあいつの下にいた事実を彼女は知らないのだろう。

どんなことにも全力するその姿は、惨めな俺と全く違う。


運動神経はそれほどよくないのだろう、最初は覚束ないながらも、彼女は一生懸命覚え上達していった。

そうして追いついてくる彼女の姿に、俺は露骨に焦り始めていた。

努力しても彼女には勝てない。

そう自分で言い聞かせる、彼女の直向きさに俺は次第に惨めさを感じはじめた。

俺だって努力した。

それでも勝てなかったんだ。

なら努力する意味なんてない。

今更努力しても……彼女に勝つことなんて出来ないんだ。


彼女が上達し追い付いてくると、俺は別の遊びを考える。

いつも彼女は俺の唐突な提案に文句言わず、楽し気にほほ笑んでくれたんだ。

けれどこのままじゃもう彼女の傍にいることは出来ないだろう。

彼女と会えなくなってしまう未来に、体が冷えていくのを感じた、


暫くすると玄関の前で立ち尽くしていた俺の前に、彼女がやってきた。

彼女は俺の手を優しく握りしめると、そのまま部屋まで誘っていく。

戸惑う様子の彼女の前で、俺は言い訳じみた言葉を口にした。

彼女はそんな言葉にも真剣に頭を悩ませると、優しい言葉をかけてくれる。



努力することは無駄じゃない、そうはっきり教えてくれたんだ。

彼女に言葉にようやく俺は気が付いた。

俺はいつも彼女のせいにして甘えていたんだ。

出来る彼女に勝手な劣等感を抱いて、言い訳をして自分は何もしない。

逃げようとそればかり考えていた。

どこかに彼女に勝てないと壁を作ることで、努力しても勝てない惨めな自分を認めさせていた。

彼女を見ていれば俺の努力不足だってことは、すぐにわかったはずなのに……。


今からでも遅くないんだろうか。

一条の兄が言っていた、彼女の傍にある為には彼女の上に立たなければいけない。

もし俺が立てなければ、他のやつがあいつの隣に並ぶのか。

彼女が誰か知らない奴に笑いかけ、傍に並んでいる姿を想像するだけで、胸が壊れそうなほど苦しくなる。

絶対に嫌だ……、あいつの隣は俺のものだ。


俺は勢いよく彼女の部屋を出ると、一条の兄へと会いに行った。

近くにいた女中に声をかけ、一条兄の部屋へ案内してもらうと、静かに扉が開く。

一条兄は俺を一瞥すると、何の用だと言わんばかりの態度を見せた。

その姿に俺は一瞬怯んでしまったけれど、それでもしっかりと顔を上げると、一条兄へと顔を向けた。


「あの、先ほどの話ですが……俺は彼女の傍に居たいです。これからは、ちゃんと努力して彼女の上に立ちます。絶対に……ッッ」


「ふーん、口先だけなら誰だって言えるんだよね。どうやってそれを示してくれるのかな?」


「俺はもうあいつに負けません、もし負けることがあれば……二度と彼女には会わないと約束します」


一条兄は俺の言葉に見定めるような微笑みを浮かべると、こちらへと近づいてくる。


「よく言ったね。ふふ、それならいいよ。但し本当に一度でも負ければ、すぐに消えてもらうからね」


一条兄はニッコリと微笑みを浮かべると、俺を部屋から追い出し、ピシャリと襖を閉められた。

俺は閉ざされた一条兄の部屋へ深く礼をすると、強く拳を握りしめる。

絶対に負けない。

彼女の隣は誰にも渡さない。

彼女と共に居られるような存在であり続けるんだから。

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