二条の思い (二条視点)
俺は名門の二条家の長男、二条 淳。
父親は華道の家元で、母は武道の家元だ。
そんな二人から生まれた俺は、英才教育を受け、何でもそつなくこなしていた。
子供の時は何でも一生懸命だった。
お稽古事も勉強も、何でもすぐ一番になれる。
それが特別な事だと気が付いた俺は、周りのできない奴らを見て優越感に浸っていた。
特別な俺に、勉強を教えてくれだの、見てくれだの頼まれることもあるが、バカを相手にするつもりはない。
だって俺は特別で偉い存在だから。
そうやって思い上がっていたある日、突然俺のトップの座が崩れ落ちた。
いつも一番上にあった名前は二番目に書かれている。
すぐに一番上の名前に目を向けると、そこには一条 彩華の名があったんだ。
一条彩華、女……?
俺が今まで一番だったのに……ッッ。
ふん、まぁ今回は俺の調子が悪かっただけだ、次は絶対にトップを取ってやる。
悔しさを胸に俺は毎日毎日お稽古事や、勉強に励んでいた。
しかし、会った事ない一条 彩華と言う名前に、国語・算数・理科・社会・書道や華道まで。どんどんトップの名が塗り替えられていく。
俺は更に努力を積み重ねてみるも、トップの座が入れ替わることはなかった。
俺の必死な様子に先生や上級生がアドバイスをしてきたが、そんなの全て無視だ。
誰の助けもいらない、俺は俺のやり方で勝つんだ。
自分は特別な人間だと思い込んでいた俺は、凡人だと見下していた彼らの言葉に耳を傾けることはなかった。
しかしどれだけ頑張っても、その女は俺の上に居続ける。
そうしていつしか努力する自分に虚しさを感じ、俺は全てを投げ出すと努力する事を放棄した。
こんな必死になってあほらしい、どうせ勝てないんだ。
適当にやってっても俺の実力なら上位は容易いだろう。
努力することをやめた俺は上位10位の成績になった。
父も母も成績の下がった俺にとやかく言う事はい。
こんなもんだよな、頑張らなくてもいいんだ。
そんな楽な道に逃げた俺は、それからどんなこともそこそこ身に着けると、必死になることなんてなくなっていた。
俺が10歳になったある日、俺の婚約者候補に会う為一条家に行くことになった。
婚約者候補……一条 彩華、俺の上にずっと居続けてきた女。
遠い記憶を呼び起こすように彼女の名前を口にする。
きっと傲慢で、鼻につく気取った女なんだろう。
会わなければいけないと思うと憂鬱になるな。
そんな事を考え、不貞腐れた面持ちのまま父に連れられ一条家へと向かうことになった。
初めて会った彼女は、やんわりとした雰囲気を持つ女だった。
思っていた人物像とのギャップに一瞬呆けていたが、よくよく考えると俺はこんな奴に負けていたのか……と思い知らされる。
のほほんとした彼女の様子に、俺の目が細くなっていくと、強く彼女を睨みつけた。
そんな俺の様子に彼女は苦笑いを浮かべると、俺からサッと目を逸らせたんだ。
堅苦しい挨拶が終わり、部屋には俺と彼女二人だけになった。
彼女は笑顔でくだらないことを話しかけてくる。
なんだ、馬鹿にしているのか?
くそっムカツク。
今思えばどうしてあの時そんな思考に至ったのかはよくわからない。
只々彼女の存在にケチをつけたいだけだったのかもしれない……。
正直鬱陶しく感じていた俺は、冷たい言葉を言い放つと、そのまま彼女を残したまま部屋を出た。
ふん、あんな女と仲良くなるつもりなんてない。
良く知らない廊下を一人歩いていると、一条家の女中に見つかり、俺はまた部屋へと連れ戻される。
はぁ……面倒だな……。
そっと襖を開けると、そこには誰もいなかった。
ふと物音が耳に届き、俺は縁側まで歩いていくと、そこには覚束ない様子でサッカーボールを蹴っている彼女の姿があった。
あいつ、何してるんだ……?
俺は眉間に皺を寄せると、静かに縁側へと向かっていく。
すると彼女の蹴っていたボールがこちらへ飛んできた。
俺は条件反射でボールをキャッチすると、キョトンとした彼女と目があった。
不可思議な行動をしている彼女に問いかけると、あっけらかんとした様子でリフティングをしているのだと答える。
はぁ!?一条家のお嬢さんがリフティング、ありえないだろう。
不調和な単語に俺は訝し気に彼女を見据えてみるが、彼女は気にした様子もなく微笑んでいた。
何かイメージしていたのとまったく違うな。
俺はボールを高く投げると、彼女は思わず手を振り上げる。
その手をすり抜けるように俺の足へ降りてきたボールを、俺は足で受け止め見せつけるようにリフティングした。
彼女は俺の様子に目をキラキラさせると、教えて欲しいと頼み込んできた。
いつもいつも負けっぱなしだった俺は少し優越感に浸ると、渋々と言った様子で彼女にリフティングをおしえてやった。
会うまでは何でも出来て、努力なんてしたことなんてなくて……。
努力する俺らを嘲笑っていそうだと思っていたが、そんな事なかったんだな。
彼女の認識を改め受け入れると、俺はよく彼女と遊ぶようになった。
何でも一生懸命な彼女の姿は、いつも眩しく映る。
そんな彼女の傍は楽しくて、心地よくて、もっともっと遊びたい、彼女を知りたい、ずっとずっと一緒に居たいと思うようになっていた。
だけど彼女は最初はうまくいかないことも、次第に俺へ追いついてくるんだ。
彼女に追い抜かれることには慣れている。
もう頑張らないんだ、頑張っても2番の俺を知られれば、彼女にどう思われるんだろうか。
そんなくだらないプライドを、俺はずっと持ち続けていた。
だから俺の実力が追い抜かされそうになると、別の遊びを考えそちらに誘導していったんだ。