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二条家と兄の対面

二条敦と仲良くなった私は、週に一度彼と遊ぶようになった。

攻略対象かどうかなんてこの際気にしない。

一条家という立場上友達と呼べる相手がいなかったから、素直に嬉しいの。

婚約が正式に決まったわけじゃないし、友達としての付き合いなら大丈夫でしょう。


兄が中等部に通い始め、いない隙を狙い二人で近くの公園に向かうと、バスケやサッカー、キャッチボールをしたりして遊ぶんだ。

誓約書には一人で出ていくなって書いてあったはず、二条と二人で公園に行けば誓約違反にはならない。

でも見つかったら怖いから、兄が居ないときにコッソリと抜け出す私は小心者なのだろう。

もちろん怪我には細心の注意を払っている。

もし怪我でもしたら後が恐ろしいからね……。


二条は運動神経抜群で、何でもで出来てしまう。

そんな彼に負けじと追い付こうと必死に努力した。

やっぱり遊ぶなら同レベルの方が楽しいはずだから。

外へ遊びに出る私に母は、お稽古事や勉強をきちんとこなしていれば苦言は言わない。

昔の母なら無言で連れ戻されていたかもしれない、そんなことを考える。


そんなある日、私は玄関前で二条の到着を待っていると、いつの間に来ていたのか兄が後ろに立っていた。


「彩華、こんなところでどうしたんだい?」


「へぇ、えぇ、おっ、お兄様どうして?」


あれ今日は朝から学校に顔を出すって言ってたはずだけど……。

私は顔を引きつらせながら兄を見上げると、ニッコリ笑みを浮かべた。


「なんだいその反応。隠し事でもあるかな?まぁ、いい。今日は君の婚約者候補が来るんだろう。母から聞いたよ、どんな子なのか気になってね」


兄は笑みを浮かべているが、どことなくいつもと違う雰囲気。

何とも言えぬ違和感を感じていると、玄関のドアがガラガラと横開きに開いていく。

その音に私は笑顔で振り返ると、そこに二条の姿が現れた。

ラフなTシャツに動きやすいズボン。

この姿を見ると誰も彼が名家の息子だとは思わないだろう。


「いらっしゃい!」


「おぉ、……お前はいつも元気だな」


二条の少し照れながら挨拶をする仕草に、なんだか微笑ましい気持ちになる。

毎度来ているのに、毎回照れる、なんて可愛いの!

心の中でひっそりと悶えていると、二条は兄に気が付いた様子で、サッと姿勢を正した。


「お邪魔します。僕は二条 敦です、こんにちは」


「初めまして、僕は彩華の兄、一条 歩だ。よろしくね」


兄はサッと手を差し出すと、二条に握手を求める。

彼はおずおずと言った様子で兄と握手を交わすと、なぜか小さく顔を歪めた。


「二条くん、どうかした?」


彼の表情が気になり声をかけてみると、彼はいつもの表情へと戻っていく。


「いや、何でも。……宜しくお願いします」


二条は爽やかな笑顔を浮かべると、しっかりと顔を上げ笑ってみせた。


「彩華、少し彼とお話してもいいかな?」


兄の言葉に私は軽く頷くと、先に部屋に行ってるねと声をかけ、彼らに背を向ける。

お兄様何のお話をするんだろ。

まぁ、私の友達だし、そんなきついこと言わないよね?

一抹の不安を抱えながらも、私は振り返ることなく部屋へと足を進めた。



***彼女がいなくなった二人は***


「さっきの握手痛かったかな?ごめんね、少し強く握りすぎたみたいだ」


歩の目は弧を描いているが、瞳の奥は暗く揺れている。


「いえ、大丈夫です」


二条はよくわからないこの状況に混乱しながらも、しっかりと歩を見返していた。


「そうそう、話なんだけどね。もう、ここに来ないでくれないか?君と彩華じゃ釣り合わない」


「なッッ、なんでそんなこと……ッッ」


突然の言葉に二条は目を見張ると、見下すような視線を浮かべる歩と視線が絡んだ。


「君の事を調べさせてもらったんだ。何事もそつなくこなす反面、すぐ手を抜く癖があるね。最初は自分が一番になるものの、その一番がひっくり返されると、努力をしない。そして君は中の上あたりで満足している。そんな君が私の可愛い妹と釣り合うなんて思っているのかい?」


歩はそう強く言い切ると、蔑むような視線を向ける。

不穏な空気の中、二条はサッと歩から視線を逸らせると、頭を垂れた。


「別に手を抜いたりはしていない。どうしてそんな事を言われなきゃいけないんだ」


「どうして?君はおかしなことを聞くね。僕の大事な妹が変な男に捕まるなんて許せないからだよ」


二条はその言葉に強く拳を握りしめると、肩が小刻みに震えていた。


「頑張っている、それが俺の実力で……ッッ」


絞り出すような声で歩に訴えてみるが、歩の視線は益々鋭いものとなっていく。


「頑張った?成果も出していないくせに言葉だけは立派だな。何も達成していないお前が何を言っても意味をなさない」


その言葉に、二条は勢いよく顔を上げると、憐れむような視線を浮かべる歩を睨みつけた。


「違うッッ、俺は……ッッ」


「まぁ、どうでもいい。頑張っているという君が彼女に勝てない様なら傍には必要ないし資格もない。彼女のパートナーには最低でも彼女を超える相手じゃないとね、だから君は不合格だ。今日を最後に、二度と一条家の敷居を跨ぐことは許さない」


歩はそう言い捨てると、二条に背を向け去っていく。

二条は悔しさで目を何度も拭いながら、その場に立ち尽くしていた。



うーん、まだかなぁ。

部屋で待っていた私は、襖を何度も開け閉めしながら二条が来るのを待っていた。

しかし来る気配はない。

遅すぎる、お兄様の話って何だったのかな?


待つこと半刻、待ちくたびれた私はそっと部屋から出ると、廊下を見渡した。

まだ来てない……もしかして帰ったのかも。

私はそのままそっと襖を閉めると、玄関へ続く廊下へと足を進めた。


怒って帰ってしまったとしたら、お兄様は何を言ったんだろう。

最近のお兄様のシスコン度がやばいしなぁ。

これを気に一言いった方がいいのかもしれない……。


うんうんと頭を悩ませながら玄関に続く角を曲がると、そこに二条の姿があった。

彼は壁に頭を預け銅像のように固まったまま佇んでいる。

意気消沈した様子に、私は慌てて駆け寄った。


「どっ、どうしたの!?大丈夫?あっ、えーと、お兄様に何を言われたの……?」


私の声が聞こえていないのか、二条からは何の反応も返ってこない。

そっと彼の小さな背中へ手を置くと、彼の体は小さく震えていた。

お兄様……こんな幼気な子供に一体何を言ったんだろうか?

私はそっと微笑みを浮かべると、落ち着かせるようにゆっくりと彼の背中を擦った。


落ち着きを取り戻してきた二条は、背中をさすっていた私の腕をギュッと掴むと、こちらへ視線を向ける。

彼の赤くなった目に戸惑いながらも、私は微笑みを返すと、ゆっくりと彼の手を握り返した。

そのまま部屋へ誘うように引っ張っていくと、彼はトボトボした様子ではあるが、大人しく私の後をついてくる。


部屋に入ると、彼は何も言わず俯いたまま。

うーん、ここはもう一度どうしたのかを聞くべきか。

いや……とりあえず座ってもらおう。

腕を引くと、彼は引かれるままに座布団の上へましゃがみ込む。

膝の上に手を置き無言のまま畳を見つめていた。

もう一回聞いてみる、でもあまりしつこく聞くのもなぁ~。

よし、とりあえず待ちで。

私も彼の前へと座り何とも言えない沈黙が流れる中、秒針が進むカチカチカチとの音が部屋に響いた。


どれくらいそうしていただろうか、ふと顔を上げた二条は潤んだ瞳でじっと私へ目を向けると、おもむろに口を開いた。


「なぁ……お前は……いや一条は……一生懸命やるの事に疑問を感じたことはないか……?」


彼の問いかけに頭に疑問符がいくつも浮かぶと、私はキョトンとした様子で彼の目を見つめる。


「どういう意味?」


「いや、一生懸命やっても、どうしたって敵わない奴って出てくるだろう?それでさ……努力しても結局勝てない。それなら努力するだけ無駄じゃないかって……。そこそこ適当にこなしてさ、出来ることだけやれば十分じゃんないか?それで何とかなるもんだし、努力なんてする意味はあるのかな?」


私は彼の言葉に首をかしげると、うーんと唸った。


「うーん、そうかな?努力することでトップを狙うのも悪くはないとは思うんだけど……それで勝てなくても、努力したことは無駄にはならないじゃないかな。だって努力した事は自分の身にしっかり身につくんだし、それだけで十分意味はあると思うよ!」


彼は私の言葉に瞠目すると、私の瞳をじっと見つめていた。


「まぁ……こんな世界で生きてきちゃうと、どうしても張り合う形になるのかもしれなけどね。それはそれでありだと思う。只……今は役に立たなくても、努力したその事実はいつかきっと自分の役に立つんだよ。どんなことでもね」


「そうかな。だけど悔しくないか……どんなに頑張って勝てなかった結果、言い訳出来ないし……格好悪いしさ」


「そんなことないでしょう!頑張ってる人はみんな格好いいよ!結果がどうであれ。別に勝たなくてもいいんだって!それか勝ち負けにこだわるのなら、それ以上の努力をすればいいかもね。まぁスポーツとかセンスが必要になる物にはおっしゃる通り限界はあると思う。だけど何もしないで負けるより、努力して負けた方がスッキリすると思うんだ」


私の言葉に彼は一度目を大きく拭うと、勢いよく立ち上がった。

彼の突拍子もない行動を呆然と眺めていると、彼はニカッと少年らしい笑顔を見せる。

そうして彼はそのまま私に背を向けると、ちょっと行ってくる!!と元気よく襖を開け、どこかへと去っていった。

私は慌てて廊下を覗き込むと、その後ろ姿は先ほどの気落ちした様子とは打って変わって、清々しく輝いていた。

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