体育祭
リレー選手に決まってから、私は放課後広い広場で運転手に付き添ってもらいながら、一人走り込みを行っていた。
後から知ったのだが、どうもリレーは体育祭の目玉となる種目らしく、男女混合4人で400メートルを走る。
体育祭の中で一番注目が集まり、各クラスから脚に自信のある生徒や、陸上部、バスケ部、野球部、サッカー部等運動部に所属する生徒達が参加するのが常識。
そんな中、私一人が帰宅部。
彼女たちの思惑通り恥をかいて笑いものになるのも一つの手なのかもしれないけれど、勝負ごとに手を抜きたくない。
一応二条家で武道を学び続けているから、体力や筋力に問題ないだろう。
問題は令嬢が通う学園で、100メートルを一度も測った事がない。
自分が周りに比べて遅いのか、早いのか、それがわからなかった。
まぁでも、最後のリレーで勝てば、そのクラスに入るポイントは大きい。
少しでもクラスに貢献すれば、何かが変わるかも。
とりあえずやるだけやってみようかな。
私は真っすぐ伸びたトラックを見据えると、運転手の合図と共に走り始めた。
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そうしてあっという間に体育祭当日。
皆体操服に着替えグラウンドに集まる中、私は一人教室に残っていた。
うーん、ない、どこを探してもない。
朝、生徒に配布されたクラスの鉢巻が見当たらないのだ。
机に置いておいたはずなのに……誰かが間違えて持っていったとか?
いやいや、鉢巻には個々の名前が入っている。
鞄の中、机の中、ロッカ、思いつくところは全て探したけれど、見当たらないんだよね。
どうしようかとため息が出ると、ふと教卓の近くゴミ箱が目に入った。
もしかして……まさかね……。
私は半信半疑でゴミ箱へと足を進めてみる。
恐る恐るゴミ箱を覗き込むと、クシャクシャにされた黄色い鉢巻が紛れ込んでいた。
ゴミの中からそっと持ち上げ広げてみると、そこには(一条)と名前が書かれている。
うーん、これは……はぁ……。
私は皺を伸ばすように鉢巻を引っ張ると、額へと巻き付けた。
自分でゴミ箱に捨てた覚えない。
とういうことは誰かが意図的に捨てたのだ。
このままクラスが集まる場所へ行けば、面倒な事に巻き込まれそう。
最後の競技まで出番もないし、もう少し教室で待っていようかな。
私は窓際へ行くと、窓を開け生徒達の笑い声に耳を澄ます。
楽しそうな声に胸がズキッと痛むと、突然教室の扉が開いた。
私はおもむろに振り返ると、そこには二条の姿。
「一条、こんなところで何してるんだ?」
「えーと、うーん……出場する競技がまだまだ先だから、ここで休憩しているの」
私はいつものように笑って見せると、二条は表情を曇らせる。
そんな二条を横目に私は人目を気にするように周りを見渡すと、窓際からそっと離れた。
「どうしたんだ、何かあったのか?」
「ううん、何もないよ。心配してくれてありがとう」
私は二条にニッコリと笑みを浮かべると、彼はこちらへ近づいてくる。
誰かにこの場を見られたらまた面倒なことになっちゃうな。
私は近づく彼を手で静止すると、一歩後ずさった。
そんな私の様子に二条は視線を下ろし足を止めると、気まずい沈黙が流れる。
「あーと、そういえば、二条は何の競技に参加するの?」
「俺は借り物競争に、二人三脚、それに最後のリレーだな」
「そっ、そんなに参加するんだね。一人一競技かと思っていたわ」
「まぁ、基本そうなんだろうけどな、なんか色々頼まれるんだ」
二条は困った様子を浮かべると、ポリポリと頭をかいた。
このままここに彼と居るのはまずいなぁ、誰かに見られたら……と考えていると、教室内に放送が響き渡る。
『借り物競争に参加する生徒は、すぐにグラウンドに集まってください』
ナイスタイミング!
私は二条へ頑張ってと声をかけると、手を振り見送った。
二条が居なくなると、静かな教室内に歓声が外から響く。
そういえば、確か乙女ゲームでも体育祭のイベントがあったような気がする。
攻略対象者とペアで、何かイベントが発生したような……?
それが競技でなのか、それとも体育祭が終わった後なのかは、記憶がぼやけ思い出せない。
そんな事を考えながら、窓の外に視線を向けると、クラスメイトとじゃれ合う二条と華僑の姿が目に映る。
彼らから少し離れた所では、女子生徒たちが等巻きながらに声援を送っているようだ。
暫くすると黄色い声援が多くなり何事かと、校庭を覗き込んでみると、兄と日華が二条と華僑へ話しかけていた。
4人が揃うと、そこだけ別空間のようにキラキラしている。
あれで攻略対象者じゃないなんてことないでしょう。
とりあえず何事もないが、彼らがいないエイン学園は、一体どうなっているのだろう。
とても気になるが、やはり確認に行く勇気はない。
エイン学園で、主人公と鉢合わせでもしたら、元も子もないもんね。
体育祭は順調に進み、私は教室から離れ誰もいない空き部屋を探しお昼をすませる。
あのまま教室に居れば、また二条や華僑君がやってきていただろう。
一人の食事が寂しくないと言えば嘘になるけれど、二条や華僑と一緒に居るところを見られ、女子生徒達から敵意を向けられるのは避けたかった。
お昼休みも終わり、窓から差し込む太陽の光にウトウトしていると、教室内に放送が響きわたる。
『リレーへ出場する生徒は、至急テント前へ集まってください』
私は立ち上がると、鉢巻をしっかり締めテント前へと向かったのだった。
指定された場所へやってくると、リレーの選手であろう生徒達が集まっている。
私も集団の中へ紛れ込むと、先頭に立つ体育委員にトラックへ案内された。
集まっている生徒に目を向けると、皆運動部なのだろう、しっかりした体つきに、しなやかな筋肉がのぞかせている。
みんな速そうだなぁ……。
スタート位置に並ぶと、先生がスターターピストルを手にトラックの内側へとやってくる。
生徒達は真剣な表情を浮かべ緊迫した空気に包まれると、先生は大きく手を上げ、ピストルを掲げた。
パーン!!!
大きなスタート音が鳴り響くと、皆一斉に走り出す。
そんな中、私は案内された第3レーンで待っていた。
私の前はバスケ部に所属している男子生徒だ。
先頭の選手が第一コーナを曲がり、私のクラスは6組中4位についている。
そのまま第二走者にバトンが手渡されると、バスケ部の男子は一気に加速した。
第二コーナーに差し掛かると、私のクラスは3位に浮上していた。
私は緊張した面持ちで第二走者を目で追う中、バトン手渡される。
しっかりバトンを受け取ると、前かがみで走り出し、ゆっくりと上体を起こして行く。
真っすぐ見えた目線の先には、2位の生徒の背中がすぐ目の前にあった。
さらにスピードを上げると、そのまま2位を抜きさり、先頭の背中を追った。
スピードを落とすことなく腕を振っていると、徐々に先頭走者の背中が大きくなっていく。
もう少しで抜ける、とのところで私はアンカーへとバトンを手渡した。
はぁ、はぁ、はぁ……苦しい……ッッ。
初めてこんなに全力で走ったかもしれない。
ひどく息があがり、声を出せない。
私はヨロヨロとトラックの内側へ移動すると、額から流れる汗を拭う。
最終レーン、歓声が大きくなる中、私のクラスは1位になっていた。
やったぁ!
しかし喜びもつかの間、二条が最終レーンでバトンを受け取ると、二条は2位を軽々と追い抜きそのまま走るペースを上げていく。
差はジリジリと縮み、ゴールまで30メートル、私のクラスが二条と並んだ。
二条はさらにスピードを上げると、そのまま1位でゴールテープを切った。
女子達の黄色い声援が響く中、二条は小さくガッツポーズを決める。
その姿は少年そのもので、私は微笑ましい気持ちで眺めていた。
女子生徒たちがキャーキャーと彼の周りに集まる中、ふと二条と目が合うと、彼は私に向かって最高の笑顔を見せてくれたのだった。




