いざ、サクベ学園へ
新しい制服に袖を通し、桜が咲き誇る並木町を過ぎると目の前にサクベ学園が現れた。
サクベ学園は私立高校、成績優秀者が多く集まる名門。
進学校として有名で、学費もそこまで高くなく、エイン学園とは違い一般生徒が中心となっている。
きっと条華族なんて言葉すら知らない生徒ばかりだろう。
それは私にとってとても都合が良い。
だからここで乙女ゲームと関わらず質素に生活するはずだったんだけど……。
事はそう上手く進んでいない。
攻略対象者だと思っていた彼らがサクベ学園に進学すると知ってから、私は部屋で頭を悩ませていた。
乙女ゲームの舞台となるエイン学園は、一体どうなってしまうのか。
入学してきたヒロインがどうなっていくのか。
気にはなるが、確かめる勇気はない。
でもみんなサクベ学園へ来てしまった今、どうすることも出来ない。
物語がどう変わってくるのか、想像できずにいた。
思い出せるゲームの内容は、学園で話をしたりイベントに参加したりして親密度を高め攻略していく。
選択枠もあったような気がする、それに名家が主催するパーティーに参加するシーンもあったはず。
しかし攻略対象者と思われる彼らが居ないところで、一般人の主人公はイベントに参加できるのだろうか。
名家のイベントに参加すれば彼らと出会えるけれど……難しいんじゃないかな。
もしかして……主人公もサクベ学園に来てたりしてね。
まさかね、ありえない……。
何も解決しないまま入学式当日。
エイン学園とは違い、学園の前で車を止めると何かと目立ってしまう。
私は運転手に頼み学園の手前で降ろしてもらった。
校門まで歩いて行くと、入学生用だろう、校門の入口で花が配られている。
私は差し出された花を受け取ると、期待と不安を抱きながら門を通り抜けた。
ここで、私は乙女ゲームとは逸脱し、ひっそりと地味に高校生活を全うするんだ。
あぁでも、出来れば友達は作りたい。
でもこれは色々落ち着いてからでいいかな。
私は深く深呼吸を繰り返し、真っすぐ背筋を伸ばすると前へと足を進めたのだった。
入学式を終えると、すぐにクラス名簿の確認へと向かう。
A組~F組までざっと目を通していくと、二条と華僑はC組の欄に名前を見つけた。
生徒達の名前を目で追う中、ヒロインの名前を確認してみる。
なかったことにほっと息をつき、私は自分の名前が書かれていたA組へと踵を返した。
A組の教室へ入ると、目新しい顔ぶれにドキドキと緊張してくる。
皆私の姿に気に留めることもなく、各々席についていた。
中等部とは違い、私に媚びてくる女子生徒はいない。
それがとても嬉しかった。
顔合わせ程度の簡単なホームルームが終わると、教室が一気に騒がしくなった。
そんな中、私はサッと席から立ち上がると、静かに教室を後にする。
そのまま校門へと向かうと、すでに車が待っていた。
はぁ……やっぱり、ここまで来ているよね……。
私は車まで走っていくと、次の迎えは降ろした場所へお願いしますわと運転手にお願いする。
運転手は戸惑いながらも頷くと、私はほっと息を吐いた。
そうしてサクベ学園の新しい生活が始まった。
入学式も終え、女子達は個々にグループを作る中、私の周りには誰もいない。
友達と呼べる存在は居ないままだが、それほど問題ではない。
出来れば仲良くなりたいとは思うけど、自分が何かしらのボロを出し、どこかの令嬢だと思われるのは避けたかった。
ここまで警戒しているのは、考えた末の結果。
彼らがこの学園に入学したことで補正が入るかもしれない。
私がこうして過去の記憶をもったまま生まれ変わっているのだから、ヒロインもそうなっている可能性は0ではない。
もし万が一ヒロインがこの学園に来ることになれば、間違いなく彼女も前世の記憶持ちなのだろうと安易に想像できる。
そうなれば、私を無理矢理に悪役をさせる様、画策するかもしれない。
私が一条家の娘だと学園に知られなければ、ヒロインがこの学園を見つけるまでの時間を稼げるよね。
サクベ学園の雰囲気は、前世で通った高校時代によく似ている。
金持ちばかりが集まる空間ではない、ごく普通の学生たち。
そんな姿を見ているだけで、なんだか暖かい気持ちになってくる。
懐かしいな……あの頃は部活に精を出していたっけ。
友達とくだらない話で盛り上がったり、言いあったり。
あぁそうだ、初めて彼氏ができたのも、高校時代だったなぁ。
そんな過去の思いに浸っている中、ふと耳に届いた黄色い声援に視線を上げると、そこに二条と華僑の姿があった。
彼らは入学してすぐ、あっという間に女子達のあこがれの的となった。
まぁ、あれだけイケメンなら当然だよね。
私はそっと彼らから視線を逸らせると、緩やかに流れる雲をじっと見つめていた。
すると突然、キャーキャーと女子生徒の黄色い声援が教室内に響き渡る。
「キャァ~、見てみて二条君と華僑君の二人が教室に!」
「並ぶと本当に絵になるよね、目の保養」
「誰かを探してるっぽいけど、誰に会いに来たのかな?」
うん……クラスに来てる?
その声に反応し、恐る恐る扉へ目を向けると、元気よく手を上げる二条と、優しい微笑みを浮かべている華僑と、視線が絡んだ。
彼らの様子に、女子生徒の奇異な視線や、鋭い視線が私へ集まると、私は顔を引きつらせる。
あぁ……先に言っておけばよかった。
彼らがクラスに来れば、こうなることは予測できたのに……。
主人公にばかり気を取られて失念していた。
二人は手招きをすると、私は苦笑いを浮かべながら扉へと歩いていく。
先ほどまで騒いでいた女子生徒たちは、私の姿にヒソヒソと声を潜め始めた。
(えー何なのあの女、二条君達の知り合い?)
(華僑君まで手を振っているじゃない、あの女何者なの?)
(まさか彼女とか、えーありえないし)
居たたまれない空気に、私は足を速める。
うぅ、私ってなんでこんなに詰めが甘いんだろう……。
「一条、今日の放課後なんだけど……おぃっ、何だ、何だ!?」
二条の言葉を遮り、私は引き攣った笑顔を向けると、二人の背中を押し教室から離れる。
廊下に出ると、目立つ彼らの姿に、またも注目が集まってしまった。
ここはダメだ、どこか人気のない場所へ……。
私は彼らを連れたまま非常階段へと向かうと、騒がしい生徒たちの声が届かないことにほっと胸を撫で下ろす。
「どうしたんですか、一条さん?」
華僑は私の様子に心配そうな表情をみせると、私の顔を覗き込んだ。
「あのね……その、言いにくいんだけど……。私は静かな学園生活を送りたいの。だからあまり教室とかに来ないでほしい」
私は手すりを握りしめると、項垂れるように頭を下げる。
「そんなッッ、僕たちは一条さんと一緒に居たいからここの学園へ来たんですよ。なのに話しかけてはいけないのですか?」
しょぼんと項垂れる華僑の姿に、私の心は揺れ動く。
うぅぅ……ずるい……そんな顔をされたら……。
罪悪感が渦巻く中、華僑はウルウルとした瞳に言葉を詰まらせる。
私も二人と話をしたいし、来てくれて正直嬉しかった。
だけど、だけど……。
華僑の瞳に負けそうになるが、私は大きく首を横に振ると、サッと視線を逸らせる。
私は平穏な高校生活を送るんだから。
「ダメなものはダメ!私だって二人と話せなくなるの寂しい。だけど二条も、華僑君も、どれだけ目立つ存在なのか自覚したほうがいいよ!」
そう叫ぶと、私は二人に背をむけ、教室へと踵を返した。
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**********おまけ**********
取り残された二人は
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彼女の背中を眺める中、二人は同時にため息をつくと顔を見合わせる。
「はぁ……その言葉そっくりそのまま、あいつにも返してやりたいな」
「ですね……。男たちの間で自分の事が噂の的になっているなんて、まったく気が付いていないようですし」
「鈍感すぎるにもほどがある。あいつ自身、周りの男のうざい視線に気が付いていないのは問題だな。さてどうするべきか……」
「彼女にああ言われてしまった以上、正攻法では難しいですね。とりあえず気が付かれない程度に、周りの男たちを牽制しておきましょうか」
華僑は笑顔でそう話すと、彼の周りに黒いオーラが見える。
「おぉ……華僑も大分言うようになってきたな。まぁ俺たちがしなくても、歩さんがすでに動いていそうだけどな」
「ふふっ、そうですね」