一人暮らし
卒業証書を持ち家に帰ると、引越しの準備が始まった。
母はインテリアに拘り、毎日毎日買い物に連れ出される。
あれが良い、これが良いわと色々進められるけれど、正直どれでもいいかなぁと。
だけどそんなことを口に出来るはずもなく、私は苦笑いを浮かべながら、新居の準備を進めていたのだった。
間取りが決まり大規模なリフォームが完了すると、私は初めて新居へ赴いた。
車が停車し降りてみると、前世では訪れたこともないような高級住宅地の中心部に聳え立つ高層マンション。
へぇ!?こんなところに住むの?
はへぇ……一条家半端ないわ……。
私は首が痛くなるほど高いマンションを呆然と見上げていると、ワクワクした様子のお母様が私の手を引っ張っていく。
エントランスには警備員の姿、エレベータには暗証番号を入力しないと階には止まれず、その他にも最新のセキュリティーシステムが導入されで厳重に監視されていた。
母は手慣れた様子で暗証番号をポチポチと入力すると、静かにエレベーターは動き始める。
1……10……20、一体どこまで昇っていくのかな……?
階が表示される液晶画面を眺めていると、なんと最上階の55階に明かりが灯った。
最上階!?一体いくらぐらいするんだろう、考えるだけで恐ろしい……。
静かにエレベーターの扉が開き、恐る恐る出ると、そこはただっ広いエントランス。
人が数十人は入れそうなエントランスを抜け、最奥まで歩いていくと、母はカバンからサッとカードキーを取り出した。
扉にそのカードを翳すと、ピピピッと音がなり、ドアノブの近くがパカッと開いた。
「彩華、ここに手を翳しなさい」
私は母の指示通り、恐る恐るその開いた先に手を入れると、ガチャと扉が開く。
「これであなたの指紋が登録されたわ。開けるときは、カードキーを翳した後、指紋認証を行うようにね」
私は規格外のセキュリティーに、緊張した面持ちでコクコクと何度も頷いた。
母に連れられるまま中に入ると、新居特有の匂いが鼻孔を擽る。
新しい生活が始まるのだと実感すると、廊下を奥へと進んで行った。
リビングへやってくると、母と一緒に買いに行った家具が美しく並べられている。
白を基調とした部屋に同ブランドで統一され、母のこだわりが窺えた。
大きな窓は遮る物がないもなく街が一望でき、絶景が広がっている。
……ここで一人暮らしするの?
私高校生だよ、1LDKでも十分じゃないかな……。
一人暮らしにはそぐわない5LDKに、リビングとなるだろう部屋は10畳ほどありそうだ。
広すぎる部屋に圧倒される中、部屋の隅にはメイドが1人佇んでいた。
「ふふ、よかったわ。デザインした通り素敵な部屋ね。あぁそうだわ、何か用があるときはメイドに頼みなさい」
母は満足げにほほ笑みカードキーを手渡すと、私は頬を引きつらせながら受け取った。
数日後、新生活の準備をと、私物を片手にマンションへやってくると、引っ越し業者訪れ、メイドがテキパキと対応していく。
私も手伝おうとメイドの傍に寄ってみると、これは私の仕事ですから、と体よくあしらわれてしまった。
バタバタと慌ただしい中、リビングに佇んでいると、チャイムの音が響き渡った。
インターホンを取ると、外に設置されたカメラに兄の姿が映る。
急いで玄関に向かい扉を開けると、兄の後ろには大きな荷物を掲げた業者の姿が見えた。
あれは何の荷物なのかな?
私は兄を部屋に招き入れると、それに続き業者が流れ込んでくる。
兄は彼らに指示を出すと大きな荷物を持ったまま部屋に入って行った。
「やぁ彩華、綺麗な部屋だね。ここなら快適に過ごせそうだ」
「えぇ、お母様がデザインしてくれたの。でも一人暮らしするには、広すぎると思うのだけれどもね……」
部屋を眺める兄を見上げると、ニッコリと笑みを深めた。
「何を言ってるんだい、彩華。一人じゃない、僕もここへ住むんだよ」
とんでもない発言に、私は目が点になると動きを止めた。
「へぇっ!?ええっ!?どっどういうことなの?お兄様、まさかエイン学園にここから通うの!?」
「ははっ、まさか。僕も今年からサクベ学園へ編入したんだ。可愛い彩華を一人になんてするはずないだろう?これからも宜しくね、彩華」
はぁ!?お兄様迄サクベ学園に……ッッ!?
まさかの事実に脳の処理が追い付かない。
唖然としていると、荷物を運び終えた業者の方たちが急ぎ足で部屋を出ていく。
あぁ、今の荷物はお兄様の私物……?
でも待って待って、この展開はまずいんじゃない?
お兄様は攻略対象者で……えっ、いやいやいや……。
情報が多すぎて頭がパンクしそうになると、またピンポーンとチャイムの音が響き渡り、メイドが急ぎ足で玄関へと向かった。
「一条、挨拶に来たぜ」
「一条さん、これからも宜しくお願いしますね」
よく知る声に振り返ると、玄関には二条と華僑の姿。
「二条に華僑君!?、どうしてここに?」
「隣人に挨拶するのは当然だろう、華僑は俺の隣。まぁ~これからも宜しくな」
宜しく?えっ、えっ、えええっ!?
もう何が何だかさっぱりわからない。
二人の姿を茫然と眺めていると、こちらへ近づいてきた。
「俺も華僑も、サクベ学園に進学するんだ。どうだ、ビックリしただろう?」
二条の勝ち誇った笑みに、私はようやく理解すると絶叫する。
「ええええええええええええええええええ!?」
華僑はクスクスと笑うと、黙っていてごめんねと可愛い笑みで呟いた。
待って、待って、嘘でしょ……。
攻略対象者がいないなんて、乙女ゲームが始まらないんじゃないの!?
あぁ、もうしかして根本的なところから間違っていたとか……?
いやいやいや、そんなはずない。
スペックに容姿、それに私とのかかわり方をみても攻略対象者でしょ!?
そうじゃないと、私と主人公の繋がりがないじゃない。
今まで彼ら以上に親しくなった男の子なんていないよ!?
あっ、日華先輩……でも攻略対象者一人で、乙女ゲームが成立するのかな?
パクパクと口を半開きのまま固まっていると、二条の後ろから手を振る人影が映る。
「彩華ちゃん~、俺もサクベ学園に編入してあるからよろしくね」
爽やかな笑顔を浮かべた日華先輩を見つけると、私はその場にヘタレこんだ。
嘘でしょ、全員サクベ学園に進学?
一体全体どうしてこんなことになってしまったの!?
私は心の中で叫ぶと、両手で顔を覆って項垂れた。
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次回より高等部編。
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