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義兄の心情  (兄視点)

妹の不可解な行動に頭を悩ませていると、小屋へと戻る途中の部屋で、女中たちの話し声が聞こえてきた。

僕は咄嗟に空いている部屋へ入ると、女中たちの声に耳を傾ける。

また僕の悪口を言っているのだろうか。

その場にしゃがみ込んでいると、よく知る女中の声に僕の体が凍り付いた。


「ねぇ、あなたどうしてあんな妾の子に優しくするのよ」


「だってかわいそうじゃない?彩華お嬢様はあんなに愛されて、ふふふっ、あの子いつも一人だもの」


「あら、お優しいこと。私にはできないわね~。あの顔を見ると、どうしても一条家に来たあの性悪女の顔を思い出してしまうわ」


「まぁ同情もあるけど、媚び打っておけば私も一条家に入れるかもしれないじゃない?例えばそうね、私は未亡人だし、彼の傍に居続けることで将来愛人になれちゃったりして。あはは、それぐらいの見返りがあってもおかしくないわ。だってあの子絆されやすそうだもの」


笑うその声は、僕に笑顔を向けてくれた恵さんと同じ。

僕は信じたくなくて、扉の隙間から覗き込むと、そこに居たのは見まがうことのない彼女の姿だった。

その姿に僕はなりふり構わず小屋へと逃げ込んだ。

彼女の言葉が頭に何度も繰り返され、心が胸が激しく痛む。

僕は全てから逃げるように必死で耳を塞ぎ布団の中に蹲った。



翌日、初等部から戻ると、また彼女が僕を出迎えた。

彼女の笑顔に、今まで以上の苛立ちを覚えると、ついボソッと呟いてしまった。

しまったと思い慌てて顔を上げると、彼女は俯き加減で肩を震わせると、必死に何かを堪えていた。

そんな姿に僕の中にある何が揺れ動くと、ギュッと胸が苦しくなる。

僕は痛みに堪えるようにその場に佇んでいると、彼女がゆっくりと面を上げた。

そこには泣きそうな笑顔の彼女の姿が目に焼き付いたんだ。


僕は彼女の笑顔に胸を押さえると、急ぎ足で小屋へと向かう。

その道中、運の悪いことに、恵さんとばったり出会ってしまった。

彼女はいつもと変わらない笑顔を向けて、僕に話しかけてくる。

その姿が恐ろしくて、僕は慌てて踵を返すと、小屋とは逆の方向へと走っていった。


目には涙が溢れ出ていた、拭いても拭いても涙があふれてくる。

彼女の優しさは全て偽物だった事実に、僕の中に絶望が生まれる。

ふと見える庭園に脚を止めると、僕はその場に座り込み、何度も何度も涙をぬぐっていた。


僕は一体何なのだろう。


すると突然、僕の隣に人影が現れた。

見覚えのある黒髪に、優しい香りに誰が来たのかすぐに気が付き、僕は慌てて顔を背ける。

ここはこの女の部屋の近くだ……くそ、逃げる方向を間違えた……。

彼女にだけは、こんな姿を見られたくなかった。


強い言葉で拒絶を示しても、彼女がどこかへいく気配はない。

思いっ切り振り払った手はきっと痛いだろう、それでも彼女は笑っていた。

もう……頼む、どこかへ行ってくれ。

僕を放っておいてくれ……。


そう心で願う反面、彼女に居てほしいと思う気持ちがどこからか現れる。

独りは嫌だと、誰かが傍に居てほしいそんな気持ち。

自分で自分が分からない、だけど笑顔を浮かべ、大丈夫だと言った彼女の存在に、痛むが和らいだんだ。


次第に涙が収まると、僕は彼女へ視線を向けた。

彼女の優しい笑顔に胸が締め付けられるように痛むと、つい強い言葉が出てしまう。

それでも彼女は僕の言葉に、あっけらかんとした様子で家族だからだとはっきり答えた。


今まで誰も僕を家族だと認めた人はいなかった。

僕は妾の子で本宅にも上がれないよそ者で、只一条家に名がある邪魔な子供。

そういう認識で育った僕に、その言葉は衝撃で、また胸の奥から温かい何かが溢れ出る。

あんなに憎かった彼女が、僕の事を家族だと認めている事実に僕の心は満たされていく。

君はこんな僕を必要としてくれるの……?


次の日、彼女はいつもと変わらない笑顔で僕を出迎えてくれた。

そんな彼女の笑顔に心の奥から小さな炎が浮かびあがると、僕は彼女に手を伸ばして謝った。

彼女は僕の言葉に、慈愛に満ちた温かい笑顔を見せてくれたんだ。


今まで冷たくしていたぶんどうっせすればいいのか……素直になれず、素っ気ない返事を返す日々。

だけど彼女は嫌な顔するどころか、僕が返答したことにとても喜んでくれた。

そんな純粋で優しい彼女の存在は、僕の中で次第に大きくなっていった。


そんなある日、本宅を歩いていると、また女中たちに出くわした。

僕はまた身をひそめると、耳を塞ぎどこかへ行くのを蹲って待っていた。


「ねぇ最近お嬢様とあの妾の子が仲が良いみたいよ」


「やだぁわ~お嬢様の品格が落ちちゃうじゃない」


「そうよね、何度もやんわりと止めているんだけどね……。もしかしてあの妾の子が、何かお嬢様の弱みでも握っているんじゃないかしら?」


どんなに耳を塞いでも聞こえてくるその声に、僕が彼女に迷惑をかけてい事実に悄然とする。

彼女はいつも笑顔で僕を受け入れてくれるから、そんな単純な事にも気が付かなかった……。

胸が痛み手足が氷のように冷たくなっていくと、その場に縫い付けられたように動くことができない。

僕が彼女の傍にいてはいけないのだろうか……。


「あなたたち、勝手な事ばかり噂しないで。私はねぇ、弱みも握られてなければ、脅されているわけでもないわ!どうして、家族が仲良くするだけで、そんな事を言われなければいけないのよ!」


いつの間に現れたのか、妹の怒鳴り声に冷えていた手足に熱が戻っていくのを感じる。


「……ッッお嬢様。お言葉ですが、彼は妾の子ですわ。そんな……家族なんてどうして……ッッ」


「妾の子、そんなのお兄様には関係ないじゃない!彼は勉強もお稽古事も完璧に出来て優しくて、私の自慢のお兄様よ。偏見しか持たないあなた達にとやかく言われる筋合いはないわ。これ以上この屋敷でお兄様を侮辱するようなら、覚えておきなさいよ」


威勢の良い啖呵に、女中達はすみませんと慌てた様子で去っていく。

僕は妹の言葉に胸の奥から温かい何かが溢れ出ると、自然と涙があふれ出していた。

妹の気持ちに、その優しさに、僕は本当に救われたんだ。



僕は彼女と話すようになった。

彼女の自慢の兄になれるように、彼女の傍にいても恥ずかしくない存在になるために。

彼女と過ごす日々は新鮮で、僕に笑顔を与えてくれる。

やっと居場所を見つけたんだ。

幼い僕は彼女が愛おしく思うのに時間はかからなかった。

兄としてこれからもずっとずっと彼女の傍に居たいとそう願ったんだ。

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