進学への道
よし、今日こそ話す!
とある日、私はお父様とお母様が居る時間を見計らい、部屋の前で気合を入れる。
襖の前に正座し、引手に左指をかけた。
「失礼致します。お父様、お母様、お時間を頂いても宜しいでしょうか?」
声をかけると、中からバタバタッ、ガタンッとの大きな音にビクッと体を震わせた。
もっ……もしかしてお邪魔だったかな?
私は取ってから手を離し中の様子を窺っていると、慌ただしい音が収まり、静かに襖が開いた。
現れたお母様は私を部屋へと招き入れると、静かに腰かける。
チラッと母の様子を見ると、いつもピシッとした髪が、珍しく少しが乱れていた。
さりげなく整える母の姿を眺めていると、父は徐に私の前へと腰かける。
「彩華、どうしたんだ?」
胡坐をかいた父を前に、私は一度深く頭を下げると、高等部のパンフレットをへ差し出した。
「あら、サクベ学園のパンフレットじゃない」
母はパンフレットを手に取ると、丁寧に目を通していく。
「お父様、お母様、勝手な申し出をお許しください。私はエイン学園へ進級せず、このサクベ学園に入学したいと考えております。偏差値はエイン学園と変わらないので、家の名に泥を塗ることもないかと思います。どうかサクベ学園へ進学することをお許し頂けないでしょうか?」
「サクベ学園に?それだと他県になるだろう、一人暮らしでもするつもりなのか?」
「はい、できればそうしたいと考えております。お兄様のように、自立していけるようになりたいのです」
訴えかけてみると、父は深く息を吐き、母へと視線を向ける。
「一人暮らしね……心配だわ。彩華は可愛いですもの」
「そうだね。彩華、エイン学園ではダメなのかい?」
私は父の言葉に言葉を詰まらせると、小さく首を振った。
「はい、勝手なことだとは承知しております。ですが一条家の娘として外の世界も知っておきたいのです」
「仲の良い二条家の息子や、華僑家の息子、それに歩とも離れてしまうよ。本当に良いのかい?」
皆と離れてしまう、改めて突きつけられると心が痛む。
だけどこうでもしないと、みんなから離れられない。
だってみんなの事が好きだから……。
私は深く息を吸い込むと、真っすぐ父へ目を向け深く頷いた。
「ふぅ、意志は固そうだな。なら一人暮らしをする場所はこちらで決める。それに女中を一人つけなさい。ボディーガード用に俺が選んだ男も傍に置かせよう。登校、下校とも必ず車で行くことを約束しなさい。節度ある学生生活を心がけなさい。守れるかい?」
私はもちろんと力強く頷くと、父はスマホを取り出し、どこかへ電話をかけ始める。
その隣で母は、心配そうに私を見つめていた。
「彩華、歩にこの事は話してあるのかしら?」
「いえ、それはまだですが……、ちゃんと話をします。お父様が許してくれれば、きっとお兄様も納得してくれますわ」
たぶん、きっと……そう信じたい……。
私は弱弱しい微笑みを浮かべると、母はそうかしらね、と小さく呟いた。
無事に話が済むと、私は自室へ戻り小さくガッツポーズを作る。
これでエイン学園から逃れられる。
強制的に彼らと離れて、全てリセットしよう。
これで乙女ゲームが始まったとしても、きっと私に飛び火することはないよね。
新しい学園生活を平穏に送る為にも、一条家ということは学園にふせてもらおう。
後はお兄様かな。
どうしよう、いくら考えても兄を納得させる理由を思いつかない。
ギリギリまで言わないでおくべきか、いや、それだと後が怖いよね……。
それに二条や華僑君にも言わないとだなぁ、うーん、言いづらい……。
うんうんと頭を悩ませながら、私はサクベ学園のパンフレットを見つめていた。
「彩華いるかな?」
突然の兄の声に、私はビクッと体を震わせる。
「……ッッ、はい、どっ、どうしたのお兄様?」
私はサクベ学園のパンフレットを慌てて隠し襖を開けると、兄は不思議そうな表情を浮かべていた。
「いや、もう寝る時間だと思ってね。ところでどうしてそんなに慌てているのかな?何か僕に見られたらまずいことでも?」
「へぇッ、そっ、そんなことないよ!なっ、な、何言ってるのお兄様、はははは……」
私は誤魔化すように笑うと、兄は深いため息を吐いた。
「全く彩華は隠し事が下手だね。まぁでも……今日のところは聞かないでおくよ」
兄はそういうと、私の頬へ優しいキスをおとした。
「おやすみ、彩華」
耳元で囁かれた優しい声色に、胸の奥がチクリと痛んだが、私は笑顔を作り兄の頬へキスを返す。
「おやすみなさい……お兄様」
私の言葉を聞くと、兄は笑顔で立ち上がり、静かに部屋を後にした。
はぁ……ビックリした、心臓に悪すぎる。
早々に何か言い言い訳を考えないと……。
私はバクバクと激しくなる鼓動を落ち着かせると、布団をガバッとかぶり深く瞳を閉じた。




