ホワイトクリスマス
退院して数日後、クリスマスが終わり、皆新しい年を迎えるの準備が始まる。
そんな中、私は香澄に呼ばれ二条の屋敷へとやってきていた。
しかしそこに二条の姿はなく、私は香澄の部屋へ招かれる。
二条のことを聞いてみようかとも思ったけれど、私に聞く権利なんてあるのかな。
そう思うと、何も聞けなくなっていた。
もうこのまま疎遠になってしまうのかな……。
「お姉さまこの服見て、新作なのよ~」
部屋の奥から香澄が出てくると、大人っぽいシックなワンピースを持ち上げ見せてくれる。
体のラインが出るフォーマルドレスのようなワンピース。
胸元は大きく開き、スカートには深いスリットが入っていた。
「素敵ね、だけど……少しセクシーすぎじゃないかしら……。香澄ちゃんまだ14歳でしょう……」
可愛い香澄ちゃんなら何度も似合うと思うんだけど、これはちょっと早いんじゃないかな。
「ふふ、私じゃないわ~、お姉さまが着るのよ」
香澄の言葉に目が点になると、ワンピースをまじまじと見つめてみる。
えぇ……私が着るの……?
いや……確かに15歳とは思えない発育した彩華には似合うのかもしれない。
だけど中身は違う、この年でその服は……ちょっとね。
どう断ろうか考えていると、香澄は私の腕を取り、ワンピースに着替えてとお願いされる。
可愛らしい笑みで強請る彼女の姿に、私は思わずワンピースを受け取った。
そのまま背中を押され奥の部屋へ案内されると、半ば強引に服を脱がされる。
渋々ワンピースに袖を通すと、なぜかピッタリなサイズに驚きを禁じ得ない。
幾分膨らんだ胸が強調される服に顔を赤くしていると、香澄は急かす様に私の手を引き、鏡の前へ座らせた。
「あの……香澄ちゃん……?」
「ふふ~、腕が鳴るわ!」
香澄は袖をまくり上げ気合を入れると、メイクブラシを取り出した。
鏡棚に置かれていた化粧ポーチを開く。
されるがままに翻弄されていると、鏡の前に着飾った自分の姿が映し出される。
メイクしたことで大人っぽくなり、とても15歳とは思えない。
淡いピンク色の紅が塗られ、ダイヤのネックレスが胸元で輝いている。
どうしたのかしら……?
「これで完成、とっても素敵ですわ、お姉さま」
一体何が始まるのか、問いかけようとした刹那、香澄は私の腕を取り立ち上がらせると、そのまま引っ張っていった。
どこに連れて行かれるかわからぬまま、香澄の後に続いていくと、玄関前にタキシード姿の二条が佇んでいた。
「香澄、言われたとおりに着替えたが……ッッどっ、どうして一条がここに!?」
数か月ぶりに会う二条の姿と声を聞くと、嬉しさがこみ上げてくる。
いつもとは違う、幾分大人っぽく見える二条に、思わず胸がドクンッと小さく高鳴った。
「さぁ二人とも、ここに行ってきなさい!お兄様はちゃんとお姉様をエスコートするように!」
そういって手渡されたのは、高級ホテルにあるレストランのチケットだった。
ここって……確か人気のお店で半年先まで予約が埋まっている場所じゃない。
さすが二条家……。
私はチケットを呆然と眺めていると、香澄に背中を押されるままに二条家を後にした。
あの日から二条と顔をあわせていなかった私は、久方ぶりの状況に少し緊張していた。
なんとも気まずい沈黙が包む車内で数十分、重い空気に耐え切れなくなると、私は思わず口を開く。
「えーと、そのタキシードとても似合っているわ」
当たり障りのない言葉をかけると、二条は窓の外に目を向けたまま、あぁと小さく返事を返す。
会話が終わりまた静寂がおとずれ、素っ気ない返事に私は肩を落とした。
やっぱり嫌われちゃったのな……。
自分が悪いとわかっていながらも、二条との距離が遠くなっていく現実に胸が苦しい。
私は二条には聞こえない様小さく息を吐くと、こちらを見ない二条の横顔を眺めていた。
暫く市車が静かに停車すると、外からドアが開けられる。
続くように車から出ようと顔を出すと、二条が私に手を差し出した。
その手に恐る恐る重ねると、ギュッと力強く握りしめられる。
そのまま二人レストランへ入って行くと、個室へと案内され、また沈黙が二人を包んだ。
夜景が一望できる最上階の一室で、オレンジ色の薄暗いライトがテーブルを照らしていた。
テーブルの上には花が添えられ、キャンドルが並べられている。
向かい合わせで席へ着くと、車内と同じ重苦しい空気が流れた。
気まずい……どうしよう。
もう一回話しかけてみようかな……。
そっと顔を上げると、悩める表情をした二条と視線が絡む。
その姿はいつもとは違い、どこか大人な雰囲気に戸惑いを隠せない。
暫し見つめ合っていると、二条の唇が動いた。
「一条」
ノックの音と共に、ガチャリと個室の扉が開き、ウェイターが入ってくると、次々に料理が運ばれる。
二条が何を言いかけたのか気になるが、料理が並べられていく中、彼の口はまた閉ざされてしまった。
それから二条は一度も口を開くことなく、沈黙の中で食べる食事は味がまったくしない。
きっととても美味しいのだろうけれど……私は二条の様子が気になって仕方がなかった。
食事が終わり一息つくと、薄暗い部屋の中、私は窓の外へ映る夜景をじっと眺めていた。
綺麗、このまま終わってしまうのかな……。
テーブルの蝋燭がユラユラと揺れ、夜景に赤い炎が浮かんでいる。
消えそうなその炎を眺めていると、突然二条は椅子から立ち上がり、私の手をとって窓の傍へと誘っていった。
戸惑いながらもつれそうになる脚を転ばないよう必死に動かすと、ガラスの窓には二条と並んだ私が夜景をバックに映し出される。
私はじっとガラスに映る二条の姿を見つめていると、彼はゆっくりと口を開いた。
「一条、俺を避けていた理由は華僑から聞いた。一条言ってたよな……俺たちの婚約話が出た時、まだ幼いから……この先色々な人に出会って、その中で本当に好きな奴が見つかるかもしれない」
彼の言葉に静かに頷くと、夜景から視線を逸らし振り返る。
「確かに一条の言う通り俺は子供だった。好きって気持ちをちゃんと理解していなかったのかもしれない。ただ傍に居たくて、誰にも取られたくなかった。そんな子供じみた独占欲が強かったのは確かだ」
そこで言葉を止めると、二条の瞳に私の姿が映し出された。
「でもお前に避けられて、誰かのものになりそうな現実に、俺ははっきり気が付いたんだ。……俺はやっぱりお前が好きだ。今まで学園でも外でも色んな女を見てきたが……他の女なんて眼中にない。だってお前以上に俺を夢中にさせる女なんていないからな」
真っすぐな告白に私は言葉を詰まらせると、彼の顔を見ていられない。
違う、違う……、今がそうなだけ……ヒロインが現れればきっと……。
だってここはゲームの世界で……私はヒロインにはなれなくて……。
「なぁ俺じゃダメなのか……?まだ俺の気持ちが信用できないのか……?」
消え入りそうな声に顔を上げると、悲しげな瞳を浮かべた二条がじっと私を見つめていた。
「違うわ……違うのよ。二条……私は怖いの……。お願いそんなこと言わないで……ッッ」
熱い思いがこみ上げようとするのを必死に抑え込むと、私は首を横に振った。
「高等部……卒業まで私は誰とも婚約しない。あの時そう言ったよね……それは変わらない、変えられないの……ッッ」
きっと彼には私が何を言っているのか伝わってないだろう。
支離滅裂な言葉に、二条は私の肩を強く引き寄せると、あの時より幾分厚くなった胸の中に囚われる。
「はぁ……またそれか。俺が嫌いなわけじゃないんだよな?嫌いなら……今すぐに突き放してくれ」
二条はそう言葉を紡ぐと、私を包み込む腕の力を弱めた。
突き放すなんて、できるはずない……だって……。
私は恐る恐る二条へ体を預けると、また腕の力が強くなった。
「……よかった。なぁ、ところで日華家との婚約話はどうするだ?」
突然出てきた(日華)と言う言葉に私はビクッと体を跳ねさせると、二条を見上げた。
「どうして……知っているの……?」
「でっ、どうするんだ?」
私の質問に答えるつもりがないのか、二条は私の肩に顔を埋めると、熱い吐息が肌にかかる。
「んっ……ッッ二条……んんッ」
くすぐったさに身をよじると、二条は逃がさないとばかりにさらに腕に力を込めた。
二条は耳元へ唇を寄せると、熱い吐息にギュッと彼の服へとしがみつく。
「んん、二条……ッッ、さっきも話したでしょう。高等部を卒業するまで、私は誰とも婚約しないわ」
何とか言葉にすると、私を捕えていた腕の力が弱くなっていく。
「そっか、お前の口から聞けて安心した」
私は彼を見上げると、愁いを帯びたその表情にまたドクンと胸が高鳴った。
鼓動が早くなる中、二条は私から体を離すと、ポケットへ手を入れ何かを取り出した。
「一条、少し遅くなったが……その……メッ、メリークリスマス。退院おめでとう」
彼の手の中には、小さな箱が置かれている。
二条はその箱をゆっくりと開けると、中から現れたのは可愛らしいブレスレット。
ローズゴールドにエメラルドの宝石があしらわれキラキラと輝いている。
美しいブレスレットに魅入っていると、自分は何も用意していない事実に私は慌てて顔をあげた。
「ありがとうで。でも、その……ごっ、ごめんなさい、私何も用意していなくて……」
「気にすんな、俺が渡したかっただけだ」
二条はいつもの優しい微笑みを浮かべ私の腕を持ち上げると、そっとブレスレットを私の手首へとつけた。
その様はまるで乙女ゲームのスチルにあるような美しさで、私は必死に高鳴る鼓動を押さえたのだった。




