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出会った少年

俊と別れの挨拶も出来ぬまま、私は病室へと戻される。

会いに行くのは簡単、だけどばれてしまった時、迷惑がかかるのは私の家族。

家名という名の鎖は、想像以上に大きい。


深夜になり病院内がシーンと静まり返る中、私は寝付けずにいた。

やっぱりこのまま俊くんと会わないなんて無理。

あんな寂しそうにする俊を見てしまったら、放っておくなんて出来ないよ。

でもどうやって会いに行けばいいのかな。

明日からどうするべきか、とうんうん頭を悩ませていると、月が高く昇る深夜に外が何やら騒がしいことに気が付いた。


私はそっとベッドを抜け出し病室から顔をだすと、俊君の部屋に駆け込んでいく看護師の姿が目に映る。

何かあったのかな……まさか発作ッッ!?

居てもたってもいられず、廊下へ出ると壁沿いに手をつきながら慎重に俊の病室へと近づいていく。

すると何やら獣のような呻き声が廊下に響いた。


彼の病室前にたどり着くと、意を決して静かに少しだけ扉を開く。

その隙間から覗き込むと、獣が四つん這いになり病室内を暴れまわっていた。

それを数人の医者や看護師たちが必死に抑えようとする、そんな混沌とした惨状だった。

暴れまわる獣に医師の一人が注射を取り出すと、その獣は低く呻き声を上げ、胸を抱えながらその場に倒れ込んだ。


私は驚きのあまりその場に硬直していると、数人の看護師や医師たちが、慌てた様子で大人しくなったその獣を抱き上げ、ベッドへ戻していく。

ベッドの上に寝かされた獣は荒い息を繰り返すと、苦しそうに顔を歪めていた。

その刹那に見えた瞳は、真っ赤に充血していたのだった。

看護師たちは慌てて獣をベッドから動かないようにベルトで固定すると、ガタガタガタと激しい音が病室に響き渡る。


なぜか得体のしれないそれに恐怖を感じなかった。

それよりも既視感を感じ胸がモヤモヤとする。

混みあがる感情の答えを見つける為、じっとその光景を眺めていると、ふと何かが頭を掠めた。

私は……この場面を知っている、見たことがある。

だけどどこだっけ、私自身、彩華じゃない。

もっと、もっと前……そう、この姿になる前。


私はその場でよろめくと、壁に体を預けながら必死に思考を巡らせていた。

そうだ、このシーンは乙女ゲームの中。

ゲームの終盤、個別ルートで獣を見た。

あれだ、思い出さなきゃ、思い出すの。

必死にストーリーを思い出そうとするが、頭の中にうすい靄がかかっているかのように記憶が蓋がれていく。


あぁ、もう、なんで……ッッ

ズキズキと痛み始める頭を押さえると、気持ちが焦っていく。

落ち着かないと、そうだ、別の角度から考えてみよう。

ルートじゃなくて、必要なアイテムがあったはず。

探索で手に入れたアイテムを使ったような気がする。

場所は……確かエイン学園の裏山。

ある一定の日付と日時に選択できるようになる特別……そうだっ、丸つき草だ。


脳裏にアイテムの映像が浮かぶと、説明欄が紐づいて思い起こされる。

満月の日に咲く不思議な薬草、効果は月の支配からの解放。

そんなよくわからないことが書かれていた気がする。


そこまで思い出すと、また新たな記憶が流れ込んでくる。

手に入るのは、月に一度の満月の日。

[窓の外を眺める]を選択すると外の選択画面に移動するんだ。

もう少し、もう少し……。

俊君が攻略対象者だとは思わない、年が若すぎるし。

それなら一体誰に……?

あぁダメ……ッッ記憶が薄れちゃう。


扉の隙間から中へ目を向けると、医者や看護師たちがこちらへ近づいてくる。

私は慌てて近くにあった扉を開けると、そっと身を顰めた。

彼らの足音に耳を済ませ、聞こえなくなると、私はまた俊の病室へと向かう。

恐る恐る扉を開けると、ベッドの上には俊の姿。

先ほど見た獣ではなかった。


もしかしてこれが彼の話していた発作?

獣に変わってしまう難病。

治す術がないのなら、一か八か丸つき草を探してみよう。

私は自分の病室へと戻ると、すぐにスマホのカレンダーを開いた。


満月は明日。

エイン学園の裏庭はここからそんなに遠くない。

病み上がりだけど、もう十分に元気だ。

だけど兄に知られれば必ず止められてしまう。

なら夜中にこっそり病室を抜け出して行くしかないよね。

もし見つかったら……素直に怒られよう。


そうして次の日の夜、静まり返った病室で、私はベッドから起き上がりそっと扉を開けた。

人がいない事を確認し外へ出ると、抜き足差し足で進んでいく。

巡回する看護師たちに注意しながら、慎重に慎重に進んでいくと、病院の出入り口が見えてくる。

しかしそこには二人の警備員らしき人物が、楽しそうに話をしていた。


私は彼らから見えない位置で立ち止まりその場で様子を覗っていると、突然肩を叩かれる。

体を大きく跳ねさせ恐る恐る振り返ると、日華 亮がそこにいた。

彼は口元へ人差し指を当てると、私の耳元へ顔を寄せた。


「こんなところで何してるの?もしかして夜這いにきてくれた?」


軽口に私は頬を膨らませると、今はそれどころではないとバシッと彼の手を叩いた。

彼を無視するように顔を戻すと、グィッと体を後ろへ引き寄せられる。


「……本当にどうしてこんなところにいるの?」


彼の息がかかる距離で囁かれると、私は思わず身をよじらせる。


「離して下さい、俊くんを助けられるかもしれないんです」


声を潜めそう伝え、私は体を起こし日華へと振り返った。

彼と視線が交わると、真剣な私の様子にゴクリと唾を飲み込む。


「何を……言って……」


「詳しいことはあとです。急いでいかなければいけない場所があるの、だから見逃してください」


彼に頭を下げると、深いため息が耳にとどく。

すると彼は立ち上がり警備員の元へ向かって行った。

何をするのかと様子を窺っていると、日華は彼らを連れそのまま別室へと入って行く。

その刹那彼と視線が絡むと、彼は首を入口の方へ軽く振った。

私は軽く頭を下げ、受付の下を這うように進み、静かに病院を後にした。


薄暗い夜道を記憶を頼りに進んでいると、後ろから日華先輩がやってくる。


「待って待って、どこへ行くつもりなの?女の子一人じゃ危ないよ」


「エイン学園の裏庭です。近くなので一人で大丈夫です、日華先輩に迷惑はかけられません」


足を止め彼を見つめると、私の前をスタスタと歩いていく。


「弟を助けるんだろう、なら俺も一緒に行くよ」


彼は私の手を取ると、満月の光が照らす夜道を進んで言った。


無事にエイン学園の裏庭へとたどり着くと、満月がちょうど真上に差し掛かる。

確か裏庭の天辺にあったような気がする。

長く急な石段に目を向けると、せっかく完治しかけていた脚に鈍い痛みが走った。

ここを登るのか……よし、頑張るぞ。

気合を入れると、階段を一歩一歩上がっていく。

後ろから日華先輩の足音が耳に届くと、私は前へと踏み出した。


どれぐらい上っただろうか……次第に息が切れてくると、脚の痛みがひどくなる。

満月は先ほどよりも近く感じ、頂上が近いのだとわかった。

もう少し、もう少しと足を踏みしめていると、ようやく石段が途切れる。

乾いた土を踏みしめた刹那、後ろからドサッと大きな音に慌てて振り返る。

石段につまずいたのだろうか、膝を付き肩を揺らす日華先輩の姿。


「はぁ……ごめん……はぁ、はぁ……ちょっとだけ……ここで休むよ……」


月明かりに照らされた彼のTシャツいはビッショリ濡れ、どうも様子がおかしい。

思わず駆け寄ろうとすると、彼はそれを手で静止し上を指さした。

彼の様子が気になるが、私は踏みとどまると、すぐに戻りますと声をかけ頂上へ向かった。


痛む足に活を入れながら一気に駆け上ると、月明かりに照らされた小さな広場があった。

ゆっくりと広場の中へ足を進めていくと、なぜか脚の痛みが消える。

導かれるように中心へやってくると、そこに小さな小さな蕾を見つけた。

その場にしゃがみ込み目を凝らすと。タンポポのような葉が風に揺れる

その風景がゲーム画面で見た丸つき草と重なった。

あった……ッッ!

私は震える手で丸つき草へ触れると、蕾が開きが小さな光を放つ。

真っ白な花が月明かりを反射し幻想的に輝く姿に、私はそっと摘み取ると、壊れないよう両手で包みこんだ。

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