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入院生活

あの後また気を失ったようで……次に目覚めた時、それはそれは大変だった。

私の寝ている隣で、何度も何度もごめんなさいと泣きながら謝る香澄。

彼女の頭を優しく撫でると、なんで怒らないのよ!と泣きながら怒鳴られたのは記憶に新しい。


二条と目があうと、彼は静かに涙を流していた。

彼の泣き顔を見るのは、あの時以来二度目。

心配をかけてごめんねと伝えると、涙を隠すように顔を背ける。

そんな彼の姿に手を伸ばすと、角ばった手をしっかりと掴んだ。


バタンッと音と共に兄がやってくると、二条を押しのけ、私の体を優しく包み込む。

小さく震える様子に、私は首元へ顔を埋めた。

ごめんなさい、もう大丈夫だからと伝えると、抱きしめる腕の力が強くなった。


後に続くように華僑が現れると、目に涙をいっぱい浮かべながら、よかったと涙を拭う姿。

ごめんなさい、と彼に伝えると、さらに泣き出してしまった。


慌ただしくなる病室内で、母や父が駆けつけてくると、母は心配しましたと怒りながら泣いていた。

父は母の肩を抱いたまま私の頭を優しく撫でる。

その手は大きくて優しくて、思わず泣きそうになった。


その後もてんやわんやだった。

条華族からのお見舞い品に部屋は埋め尽くされ、頭を抱えることもしばしば。

それもそのはず、なんでも私は二週間ほど昏睡状態だったらしい。

CTで私の全身を検査したようだが、脳や体に何の異常なく、なぜ目を覚まさないのか医者もお手上げだったようだ。


話を聞き、心配をかけ申し訳ない気持ちになっていると、ふと脳裏に真っ白な情景が映し出された。

あれは何だっけ、見たことがある気がする。

けれど考えてもピンとくるものが思いつかない。

まぁいいかぁとその情景を消すと、そっと目を閉じたのだった。



入院して数週間。

ようやく落ち着き始め、体調も戻ってきた。

腕や足の包帯はそのままだが、痛みは和らぎ、軽く動かすぐらいなら問題ない。

ベッドから起き上がれるようになると、遅れを取り戻すため、私は勉学に励んだ。

中等部の勉強は全て習得済みだから、そこまで焦ることもないんだけどね。

それにしても病室は暇で、何かしていないと時間の進遅さに絶望してしまう。


それからまた数週間後、今日ようやくごつく巻かれた足のギプスが取れ、リハビリが始まった。

兄にベッドから抱き上げられそのまま車椅子へ乗せられる。

こういうのは看護師がするものじゃないのかな……と思うが、兄の笑顔を見ると、何も言えなくなった。


兄は毎日毎日病室へやってくると、身の回りの世話をやいてくれる。

学校もあって忙しいはずなのに……。

一人で大丈夫だよ、といっても聞いてくれない。

入院してからシスコン度がひどくなってしまった気がするなぁ……。


リハビリが始まって暫くすると、車椅子から松葉杖に変わった。

これがあれば一人でも移動できると喜んでいると、隣で兄が寂しそうな表情を浮かべていた。


兄が帰り、気晴らしにと松葉杖をついて廊下を歩いていると、何やら揉めている声が耳にとどいた。

声のする方へ向かってみると、そこには看護婦と少年の姿。


「もうまた抜け出して、早くお部屋へ戻りなさい!」


「ちって、違うもん、嫌だ、いやだ、離せ、はなせってば!」


看護師は少年の腕を強く引っ張ると、強引に引きずろうとする。

少年は暴れながら必死で柱にしがみつき抵抗をしていた。

二人の様子に私は咄嗟に口を開くと、思わず声をかける。


「ごめんなさい、私が彼をここに呼んだの。ゆっくり話をしたくてね。後は私が責任をもって病室へ返すわ」


少年は看護師の手を振り払うと、私の後ろへ回り込み、腰へとしがみ付いた。

可愛らしい少年の姿に、私は守るように肩を抱くと、看護師へニッコリと微笑みかける。

そんな私たちの様子に、看護師はすぐに病室へ戻らせて下さいね、と念押しすると、渋々といった様子で去って行った。


「ありがとう、お姉さん。僕は (しゅん)


「ふふっ、俊くんね。私は一条 彩華、よろしくね」


パジャマ姿でニコッと可愛らしい笑みを浮かべる俊くんを連れて私は庭へと赴いた。


空に赤いグラデーションがかかり、ゆっくりと日が落ちていく。

庭にあったベンチへ腰かけると、彼もピョンッと私の隣へ座った。


他愛無い話から話から始まり、彼について話を聞く。

どうも彼はずっと前からこの病院に入院しているのようだ。

何でも原因不明の難病らしく、時々発作が現れ病室から出してもらえないのだとか。

病気の治療法がまだ見つかっておらず、毎日一人っきりでつまらないと呟く。


「病室はもう飽きたんだ。他の子たちは外で遊べるのに、僕だけ許してもらえない。わかってるよ、僕が病気だから仕方がないって……。だけどね今日はとっても気分が良かったんだ。それで勝手に飛び出した。こうでもしないと外へ出られないもん……」


彼は悪い事をしていると自覚しているのだろう、どこかばつの悪そうな表情を浮かべ、足元に転がっていた石を軽く蹴った。

謎の病気で、突然発作が起こるのなら病室に居た方がいい。

だけどこのままだと可愛そうだわ、あっ、そうだ、


「ならこうしましょう、私が俊くんの病室へ遊びに行くわ。一緒に何かして遊びましょう!それならつまらなくないでしょう?」


「本当に?あやかお姉ちゃんいいの?」


俊はパァッと表情を明るくすると、満面の笑みでほほ笑んだ。

抱きしめたくなるような可愛さに、私も笑顔で返すと、彼の手を引き病室へと戻っていった。


病院内へ戻ると、なんと彼は私と同じ病棟。

この病棟は一般の病棟とは違い、お偉いさんというのはあれだけど……特別な病室。

ここに居るという事は、彼もどこかお金持ちの息子さんかな。

あぁさっき苗字も聞き返しておけばよかった。


そんな事を考えていると、俊くんは嬉しそうな様子で私の手を引っ張っていく。

一緒に病室へ入ると、そこは何もない殺風景な部屋だった。

お見舞いでよく見る果物や花、そういったものがなにもない。


不思議に思いながら部屋を見渡していると、俊くんは私の手を離し、ベッドへと飛び乗った。

人様の事情をあまり詮索するべきじゃないわね。

はしゃぐ彼の様子に微笑ましい気持ちになると、私はそっと彼のベッドわきに置いてある大きな椅子へと腰かけ、他愛のない話に花を咲かせた。


それから私は毎日彼の病室へと通っていた。

朝からリハビリに通い、お昼過ぎに会いに行く。

夕方兄がやってくる時間に病室へ戻るようにしていた。

そうして松葉づえなしで歩けるようところまで回復した頃。

松葉杖なしで彼の病室へ訪れると、俊くんは自分の事のように喜んでくれたのだった。


あんなある日、いつものように俊の部屋を訪れていた。

するとガラガラと病室の扉が開き、私は立ち上がる。

数週間この病室へ通っていたけれど、私以外の来客はない。

誰が来たのだろうと振り返ると、扉の前には中等部の屋上で見た、亮が佇んでいた。


「お兄ちゃん」


俊は元気のない様子でそう呟くと俯いた。


「どうして……彩華ちゃんがこんなところにいるの?」


亮の問いかけに俊は慌ててベッドから起き上がると、私を守るように腕へしがみついた。


「ごめんなさい、お兄ちゃん。あやかお姉ちゃんは僕の友達なんだ。だからお願いします」


いつもと違う憂いに満ちた俊君の様子に戸惑う。

兄が来て嬉しいのではなく、若干怯えている姿に、私はそっと彼を抱きしめる。

宥めるように頭をなでていると、彼は手まねきで私を病室の外へと呼び寄せた。


俊を落ち着かせ病室から出ると、すぐ前に亮の姿があった。


「でっ、どうして君がここにいるのかな?」


「……お友達の病室に、遊びに来ているだけ。何も悪いことはしていないわ」


責めるような目を真っすぐに見返すと、彼はなぜか深いため息をついた。


「はぁ……これが原因か……最近歩の機嫌が悪かったんだよね」


どういう意味?

問いかけようとする間に彼の言葉が重なった。


「君には悪いんだけど、もう弟に会いに来ないでくれないかな?」


「……どうして?」


なぜ彼にそんな事を言われなければいけないの?

スッと目を細め彼を見据えてみると、コロッと表情を変えアイドルばりの爽やかな笑顔を浮かべた。


「あー、ちゃんとした自己紹介がまだだったよね。僕は日華 亮、この病院の息子だよ。彩華ちゃんみたいな素敵な女の子が、僕に会いに来てくれるのなら大歓迎、だけど俊はダメだ。理由は言えないけど、この病院では大人しくしていてくれないかな?お転婆なお姫様」


「……ッッ」


異論は認めないそんな圧力をヒシヒシと感じる。

俊くんが日華家の次男だったなんて……。

日華家は一条家と並ぶ名家。

この病院が日華病院だと知っていたけれど、まさか……。

彼の家と下手にもめるわけにはいかない。


だけどこのままだと俊はまた一人になってしまう。

先ほどの俊君の悲しそうな表情が脳裏をかすめると、胸がギュッと痛んだ。

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