華僑家に生まれて (華僑視点)
僕は条華族、華僑家の次男として生を受けた。
僕より五つ上の兄はとても優秀で、文武両道に加えて社交的で尊敬できる兄。
そんな兄に比べ僕は……学問もそこそこ、運動はそこそこ、兄とは大きく違い人と話すのも苦手。
父と母はそんな僕と兄を比べて、僕の事を出来損ないと呼ぶようになっていった。
出来損ない、僕は出来損ないなんだと、自分に自信がなくなっていく。
前髪で顔を隠し、いつも俯いていた。
初等部では友達もできず、教室では読書ばかり。
出来損ないの僕に友達なんて出来るはずがなかったんだ。
最初の頃は華僑との名家に釣られ話しかけてくる子もいた。
だけど上手く話せなくて、気が付けば人が離れていく。
上手くできない寂しいそんな思いにとらわれるが、僕はグッと堪えると、必死に言い訳を探していた。
いいんだ、いいんだよ、これで……一人の方が気楽だし。
人と話すのは煩わしいし、友達なんていらない。
誰にも邪魔されず本を読んでいられるもんね。
その時の僕はこうやって強がらないと、生きていけなかったんだ。
低学年の頃は僕の成績は2番目だった。
1番はもちろんあの名門一条家のお嬢様。
しかし高学年になると、僕の成績は3番に落ちてしまった。
学園に張り出される成績表の一番上には一条家と並ぶ家名、二条の名前がそこにあった。
もちろん2番目は一条の名。
3番に落ちてしまったことで母はヒステリックに喚き散らすと、僕は部屋へと逃げ込んだ。
だって僕には無理だもん……。
同じ名家だとしても、彼らのような完璧な人間にかなうはずはない。
だって僕は出来損ないなんだから……。
毎日楽しい事なんて何もない、そんな日々が只々過ぎ去っていく。
そして中等部になったある日。
僕は母に呼び出され、恐る恐る部屋へと向かった。
「あなた一条家のお嬢様と同じクラスになったみたいじゃない。明彦、彼女と仲良くなってきなさい」
僕は母の言葉に目を丸くすると、恐々と顔を上げる。
「彼女と……僕が……?」
才色兼備な彼女と友人に……彼女の傍には常に二条がいる、それに彼女の兄も……。
普通に考えて不可能だ。
「なぁに?まさか、できないとでも言うの?あなたは兄と違って出来損ないなんだから、これぐらい役に立ってもらわないと、存在する意味がないわよ」
冷たい母の視線に僕は肩を震わせると、その場から逃げる為、わかりましたと力なく頷いた。
一条 彩華。
僕にとっては雲の上の存在。
容姿端麗で成績優秀、それに加え自身の家名をひけらかすことなく、性格も穏やか。
人望もあり、血統書付きと非の打ち所がない。
そんな彼女の傍に並び立てているのは、二条家の長男・二条 敦だけだった。
一条さんに話しかけようとする男たちを二条は牽制し続けているから。
だから他の男たちは、一条を遠巻きでしか見ることしかできない。
一人勇敢にも話しかけた男がいたけれど、その男は翌日学園から姿を消した。
あぁ……なんて恐ろしいんだ……。
僕は一度ブルッと体を震わせると、これからどうしよう……と頭を悩ませていた。
彼女は中等部にあがってからも、二条の監視は変わっていない。
近づく事さえ不可能。
ただ同じくクラスメイトというだけ、きっと彼女は僕の存在すら知らないだろう。
人だかりの中央にいる彼女へ目を向けると、どこか元気がなく、笑顔が強張っているように感じた。
どうしたのかなと思うが、僕に話しかける勇気はないのだった。
彼女に話しかけることもできないまま時間だけが過ぎていく。
母はなかなか進展しない僕の様子に、日に日に眉間の皺が増えていった。
痺れを切らし母が僕の部屋へとやって来ると、毎日毎日繰り返される小言に耳を塞いだ。
(あなたは本当に役立たずね!)
(兄はあんなに素晴らしいのに、あなたときたらこんなこともできないの?)
(せっかくあなたみたいな人間が役に立つチャンスなのよ?家の為に頑張ろうとは思わないの?)
そんな言葉に、僕には膝を抱え、何もしていない自分を棚にあげ言い訳ばかりを繰り返していたんだ。
放課後、今日も何の進展もない日々。
二条と並んであるく彼女の背を見送っていると、深いため息が漏れる。
母の顔を見るのが嫌で、家に帰るのが億劫になると、少し遠回りをすることにした。
生徒達は皆車で下校するが、出来損ないの僕に迎えなんてない。
トボトボと行く当てもなく足を進め、深くため息をついていると、ふと公園から楽しそうな声が耳にとどいた。
僕はおもむろに顔を上げると、そこに一条と二条がバスケットボールをしている姿が目に映る。
あまりの衝撃に僕は息をする事も忘れその場で固まった。
名家のお嬢様がこんなところで、ないないきっと見間違い……。
幻覚だと目を閉じ再度開けてみるが、バスケットボールを片手に笑う一条の姿がはっきりと映る。
僕は恐る恐るバスケットコートのフェンス際まで近づいていくと、信じられない面持ちで彼らを眺めた。
ブレザーを脱ぎ捨て、楽しそうに遊ぶ二人の姿。
教室でみる笑顔とは違う、彼女の屈託のない笑顔に目が釘付けになった。
眩しい姿に呆けていると、辺りが次第に赤く染まっていく。
二人は大きく笑いあうと、バスケットボールを片づけその場を去って行った。
その後ろ姿に、なせか僕の心はギュッと締め付けられたんだ。
それから僕は毎日遠回りをして帰った。
彼らはいつも公園に居るわけではないが、3日に一度は彼らの姿を見ることができる。
楽しそうな笑顔に、楽しそうな笑い声に、見ているだけで自分も楽しい気分になるんだ。
声をかけるなんて出来ないから、彼らが遊び終わるまで遠くからずっと眺める毎日。
だけどあの時、一瞬だけ一条さんと目があった。
あどけない素の彼女の姿に、僕は慌ててその場を立ち去ったんだ。
数日後また僕は公園に来ていた。
今日も二人は1on1をしている。
最初の頃より上達している一条だが、まだ二条を抜ける様子はない。
ぼうーと二人の姿を眺めていると、突然一条さんがこっちへ近づいてきたんだ。
僕は慌ててカバンを持ち上げ、フェンスから距離をとろうと後ろむいたその刹那、腕が強く引っ張られた。
見ていたことがばれて気持ち悪いと思われたかもしれない。
なぜ引き留められたのか怖くて怖くて俯いていると、彼女は一緒に遊ぼうと誘ってくれた。
夢のようだった、二人の姿がいつも羨ましかったから――――。
だけど上手く言葉が出てこない。
あたふたしていると、彼女は僕の手を引き誘っていく。
バスケットコートまでやってくると、ボールが飛んできた。
僕は慌ててキャッチすると、二人は優しい笑みで笑いかけてくれたんだ。
バスケなんてしたことなかったけえれど、二人の姿はずっと見ていた。
覚束ないながらも、彼らと一緒に体を動かす。
迷惑にならないよう、邪魔しないよう必死だった。
二条はとてもうまくて、僕と一条がタッグを組んでも抜くことができない。
彼女たちは僕が失敗しても怒ることも、嫌そうな顔を見せることもなく、一緒にバスケを楽しませてくれる。
友人はいらないずっとそう思っていたけれど、初めて欲しいと思った瞬間だった。
日が暮れ始めた頃、遠くからこちらへ歩いてくる見知った姿に、僕は顔面蒼白になっていく。
母だ、どうしてこんなところに……。
遠くからズンズンと近づき、怒鳴り声を上げると、二人は驚いた様子で手を止めた。
まずい、どうしよう……ッッ。
大きくなる母の姿に思考が停止すると、何も考えられなくなっていく。
母は僕の目の前で立ち止まると、腕を強くひき二人に向かって、とんでもないことを口走った。
あぁ……もうだめだ……、二人に嫌われてしまう……。
目の前が真っ暗に染まっていく中、一条は気を悪くした様子もなく、母の前へ進み出ると、自分の身分を明かす。
母は彼女たちの家名に血の気が引いていくと、何度も何度も頭を下げていた。
そんな母の姿に僕は目を大きく見張っていると、横目に彼女がしてやったりとした表情が目に映る。
優しい彼女に目頭が熱くなるのをグッと堪えると、気が付けば僕は笑みを浮かべていた。
次の日、学園に登校すると、一条さんが僕に話しかけてきたんだ。
あんなことがあったのに、僕を気にしてくれる彼女を幻覚だと思った。
だけど本から顔をあげると、そこには昨日と同じ彼女の笑顔があったんだ。
その様子に周りがザワザワとし始める。
そりゅ当然だ、僕みたいなのに一条さんが話しかけるなんてありないことだから。
僕の存在は彼女の価値を下げてしまう、そうわかっていても、話しかけtくれて嬉しいと思ってしまった。
何か話さなきゃ、そう思っても言葉が上手く出来てこない。
頬が熱くなり、バクバクと高鳴る心臓を必死に落ち着かせる。
彼女は何かを察した様子で僕の傍を離れると、僕は自分の情けなさに悲しくなった。




