乙女ゲームの世界
大変お待たせいたしました。
以前短編で投稿しておりました小説の連載版となります。
幼初期サクサクと進んでいきますのでご安心下さい。
私はこの国でもっとも大きな名家・条華族のトップである一条家に生を受けた。
名は一条 彩華。
父はこの国で強い力を持つ人物らしく、仕事が忙しい為か、家にはあまり帰ってこない。
夫婦中は淡泊で、父と母が話している姿を見たことはない。
名家生まれの母は厳しく、私が物心ついた頃には毎日毎日、稽古事に追われる日々だった。
友達と遊ぶ時間もなく、外へ出るのは習い事の往復のみ。
そんな私が5歳になったある日、謎の奇病にかかり、高熱に魘され生死の境をさまよった。
父と母の看病はなく、お手伝いさんがずっと私についていてくれるそんな中、義兄が冷たい目をして私の元を訪れると、意識が朦朧とする私の耳に彼の声がかすかに響いた。
「お前なんて……死ねばいい……」
その言葉に私は鈍器で殴られたような強い衝撃を受けたかと思うと、意識がゆっくりと遠のいていった。
すると突然、目の前に一人のおかっぱ頭の黒髪幼女が、元気に走り回っている姿が見えた。
楽しそうな笑い声が耳に届いたかと思うと、その姿は次第に薄れていく。
次に現れたのは、セーラー服を着た少女の姿。
セミロングの黒い髪で、手にはスマホが握られその画面を一心不乱に見つめていた。
(何を見ているのかな?)
気になった私は興味本位でスマホを覗き込むと、そこにはエイン学園と書かれ、何やら男の子がいっぱい集るアニメ絵の画面だった。
(何だろう……。)
目を凝らしてじっと画面を見つめていると、ゆっくりと少女の姿が薄れていった。
真っ白な世界の中、私は一人取り残されると、急にふわっと体が軽くなったように感じた。
地面から足が離れ、上へ上へと体が浮かんでいく。
(何だろう、望まれていない命なら……このまま飛んでいこうかな。)
私はその不思議な力に身を任せようと体の力を抜いた瞬間、誰かの手が私の足を捕えた。
驚いて足元に目をやると、大人の姿になった先ほどの女性が必死形相でこちらをじっと見つめていた。
そんな彼女の姿に困惑していると、彼女の口がパクパクと動き始める。
「ダメ……お願い……私が歩めなかった人生を……あなたに生きてもらいたいの……」
か細い彼女の言葉が耳に届いたかと思うと、一気に視界が開け体が引っ張られた。
ハッと目を覚ますと、そこはよく知る私の部屋だった。
「お嬢様お目覚めになられたのですね!よかった……ッッ」
声に顔を向けると、馴染みのお手伝いさん私を優しく抱きしめ涙を流す。
あれ……何だろうこの感じ……。
私は抱きしめられたまま小さく身をよじると、自分の体をペタペタと触る。
まだ熱があるのか頭はぼうーとしているが、なぜか自分の姿に違和感を感じた。
う~ん……むむむ?
ふと近くにある大きな鏡に目をやると、そこには気の強そうな瞳で、青白い顔の幼女が映し出される。
あっ、この顔……知っている……あれ、えーと。
そう気が付いた瞬間、様々な光景が頭をよぎったかと思うと、そのままプッツリと私の意識は途切れた。
次に目覚めると、私は全てを思い出してた。
私はどうやら転生してしまったらしい。
前世の自分は普通の家庭に生まれ、よく言う平凡な生活を送っていた。
父に母に弟と3人仲良く暮らしていた過去の映像が、頭を通り過ぎていく。
そんな私の趣味は乙女ゲームだった。
友達にばれると恥ずかしいと考えていた私は、隠れるように乙女ゲームをやっていた。
ゲーム好き=インドアだと思われがちだが……私は体を動かすことは好きで、学生の頃は運動部へ所属し、部活に全力だった。
そんな中、部活が終わると急いで帰宅し、画面越しに悶えていたのは懐かしい思い出だ。
中学で携帯ゲーム機の乙女ゲームにはまり、高校では携帯ゲーム機から、スマホの乙女ゲームに夢中になった。
そして話は戻るが、鏡に映し出されている顔には見覚えがある。
この顔は……ある乙女ゲームで登場する悪役の少女だ。
学園で繰り広げられる、主人公と攻略対象者の恋愛事情に名家という権力を振りかざし、事々く主人公と攻略対象者の中を邪魔する高飛車でうざい女、それが私。
正直これはまずい……。
まさかこんな小説みたいな展開が待っているとは……。
私は神妙な面持ちで布団から起き上がると、ゲームの詳細を思い出すため、必死に頭を悩ませた。
確か……高等学校エイン学園を舞台にした内容だったはず。
金持ちが集まる名門へ、庶民である主人公が成績優秀者に与えられる特別枠で入学してきて……。
それで攻略対象者がいる探索地を選び、会話をしたり、探索で得たアイテムを使って、攻略対象者の好感度を上げていく、そんなゲームだったはず。
うーん、攻略対象はどんなキャラだったかな……。
攻略対象の事を考えると不思議と頭に霧がかかったような感じになり、なかなか思い出すことができない。
あぁ一番重要なところなのに……はぁ、どうしようかな。
そんな事をつらつら考えていると、母が私の部屋へとやってきた。
突然の登場に、私は慌てて姿勢を正すと、布団の上で姿勢を正し、深く頭を下げる。
「元気になったと聞きました、明日からまた習い事が始まります。しっかりと体調を戻しなさい」
私は母の言葉にはい、と短く返事を返すと、私と視線を交わらせる事無く、母は静かに部屋を出て行った。
母が出て行ったのを確認すると、私は大きく息を吐く。
あの威圧感堪えるな……。
まだ5歳なのに毎日お稽古事か……。
前世ではこのぐらいの年なら毎日公園に遊びに行ってたのになぁ。
はぁ、こんな堅苦しい生活を続けていれば、そりゃ……性格が捻じ曲がるのもわかる気がする。
ゲームに出てきた悪役の少女の姿が頭を掠めると、私は深いため息をついた。
でもこのままだとー――――。
ゲームの中で登場したような悪役になる自分が頭をよぎると、背筋に悪寒が走る。
冷たくなっていく体をギュッと抱きしめると、私はそれを振り払うように大きく首を横に振った。
いやだ、あんな風になりたくない。
私は決意を固めると、拳を強く握りしめしっかりと立ち上がった。
よし、そうならないためにも、先にこの家庭環境を何とかしていこう!
それから私は習い事に全力を注いだ。
習い事のノルマを誰よりも早くこなすよう努め、いつの間にかトップへと昇り詰めていく。
そうして、習い事の時間短縮に成功すると、空いた時間に母の部屋へと駆け込み、第一歩として母との親睦を深めようと試みた。
記憶が戻る前の自分は、母と「はい」以外の会話をしたことがなかった。
だからこそ積極的に話しかけて牛歩の歩みだけれど、母は私へ視線を向けてくれるようになってきた。
よし、このまま母の心を開く!
私は拳を高々と上げると、今日も空いた時間に母の部屋へと押し掛けた。
「お母様!見てください、今日はお茶のお稽古で頂いたお菓子なの!」
扉に背を向けていた母は、私の言葉に徐に振り返ると、しっかりと視線をあわせてくれる。
「はいこれ!とっても美味しかったのよ!お母様、召し上がってみて!」
母は私の様子に深いため息を吐くと、目の前に置かれたお皿をじっと見つめていた。
よし、もう一押しッッ!
私は菓子楊枝を手に取ると、そっと母の前へ差し出した。
母は表情を変える事無くそれを受け取ると、美しい所作で和菓子を口へと運んでいく。
その様子をじっと見つめていると、いつも固まっていた頬の筋肉が少し柔らかくなる。
私はそんな母の様子に微笑みを浮かべていると、母の顔の筋肉がまた収縮してしまった。
「まぁまぁですね」
母は恥ずかしかったのか、プイッといった様子で私から視線を逸らせると、また一口菓子を口へ運んでいった。
お母様甘い物が好きだってお手伝いさんから聞いておいてよかったわ。
最初はこの冷たい眼差しに気落ちすることもあったけれど、親睦を深めていくなかで、母は自分の感情を素直に表現できない不器用な人だと気づくことができた。
そんな母のほんの小さな変化も見逃さないように、私はコッソリと母を見つめている。
母は笑う事も、泣くこともなく、自分の気持ちを隠しながら、記憶が戻る前の私のように生きてきたんだろうか……。
そんな思いを馳せていると、茶菓子を食べ終えた母の頬の筋肉がまた少し緩むのを感じる。
その姿を目にすると、私は明日も頑張ろうと思えるのだった。
31話まで書き上げております。
基本毎日更新、頑張ります!