ある日の屋上で
中等部編スタートです。
こちらもサクサクと進んで行きます。
私はエスカレーター式で中等部へ進学すると、代り映えのない環境に私は深いため息をついた。
初等部の頃から一条という名につられ、擦り寄るように近づいてくる生徒たち。
そんな環境で友達なんて出来るはずもなく、唯一友達と呼べるのは二条だけ。
はぁ……。
一条と言う名は本当に面倒だと改めて実感するのだった。
中等部へ進学して一週間、擦り寄ってくる生徒たちを笑顔で軽くあしらっていると、居心地の悪い雰囲気に顔が死だに強張っていく。
あれやこれや質問され返答すれば、皆が私の答えに賛同し、否定的な言葉は一切でない。
私の反応を窺うような視線、愛想笑いに囲まれるそんな学園生活はとても苦痛だった。
初等部の頃はここまで露骨ではなかったんだけどなぁ。
そんな中、思春期に突入する生徒たちは、恋愛話に花を咲かせ始める。
ご令嬢は私の周りに集まると、二条の事や兄の事をあれこれ詮索するようになった。
このぐらいの年頃ならわかるんだけどね……こうも毎日毎日続くと鬱陶しい……。
苛立ちと煩わしさに話を止めるよう勢いよく席を立つと、周りに集まっていた令嬢たちが驚いた表情を浮かべていた。
そんな彼女たちに私はニッコリ愛想笑いをみせると、席を外すわと教室を後にした。
はぁ……やっと抜けだせた。
最初の頃はここまでじゃなかったんだけど……最近みんな色気づいちゃって、はぁ……。
騒がしい廊下を抜け、階段を登ると、誰もいないだろう屋上へ向かう。
感情のまま叫びたい衝動をグッと堪えると、屋上へ続くドアを大きく開く。
一条家長女という立場がある以上、迂闊な行動は出来ないよね。
名前だけでも力があるし、影響力もある、それはちゃんと理解している。
だから勝手に取り巻きになろうとしてくる令嬢をやんわりと止め、常に孤立させるように気を配っていた。
変にとりまきを作って、勝手に悪役にされるのは嫌だもの。
よく小説とかであるじゃない?
忖度で勝手に取り巻きが何かをやらかして、それを自分のせいにされてしまうことなんて。
それよりも取り巻きじゃなくてさ、私は友達を作りたいんだけどなぁ。
前世の記憶があるからか、どうしても令嬢達の話へスムーズにあわせる事ができない。
出来ればスポーツの話とか、TV番組とか、食べ物の話とかさ、そんな他愛ない話がしたいんだよ。
どうしてあんな金持ち自慢みたいになってしまうのかな。
それさぁ、最近では二条や兄の趣味や好み、日ごろ何をしているかだの質問攻め。
そんなに気になるなら、本人に直接聞けばいいのに。
先ほどのやり取りを思い出すと、うんざりしてくる。
私は屋上へ出ると、心地よい風が吹き抜けた。
風で靡く髪を押さえながらフェンスへ近づいて行くと、フェンス越しに見える街の風景に、私は大きく息を吸い込んだ。
良い風、こんな日は外で思いっ切り遊びたいなぁ。
久しぶりに二条へ声をかけて、よく遊んでいた公園にでも寄ってみようかな。
気持ちいい晴れ渡った空を見上げると、どこまでも続く青い世界の中に、真っ白な雲がふわふわと浮いている。
あの空の向こうには、誰かがプレイしているのかな……いやいや、なーんてね。
そんな下らないことを考えていると、ドンッと大きな音が後方から響いた。
何事かと思い振り返ると、いつからそこにいたのだろう、上級生だと思われる青年が佇んでいる。
「君もさぼり?」
彼の言葉に時計へ目をやると、すでに授業が始まっていた。
あぁ、やっちゃった。
私はそっと額に手を当てると、深いため息を吐く。
始業のチャイムが全然聞こえなかった。
まぁ過ぎてしまったことはどうしようもないよね。
開き直ると、私は彼に笑みを浮かべ頷き、またフェンスへ視線を戻し街並みを眺めた。
そうしていると彼は私の隣にやってきて、こちらおを覗き込むように視線をあわせる。
「ここからの景色綺麗だよね、まぁ~一条さんの美しさには負けるけど」
突然出た歯の浮くようなセリフに私は顔を顰めると、彼からそっと距離を取った。
「ちょ、その反応傷つくって。待って待って、逃げないでよ。俺、君のお兄さんと親友なんだ」
お兄様の親友?
あまりお兄様から友人関係について聞いたことがない。
彼の姿をまじまじと見つめてみると、これまた乙女ゲームに出てきそうな青年だ。
スラッとした長い手足に、アイドルような甘いマスクに爽やかな笑み。
「そんなに見つめられると照れるね。それよりも、ねぇ、ねぇ、歩ってさ、君の前だとどんな感じなの?」
よく分からない質問にキョトンとしていると、君からみてお兄ちゃんはどんな感じなのかな?と言い直した。
「えーと、そうね……。恰好良くて、優しくて、いつも笑いかけてくれるわ。とっても頼りになる自慢のお兄様。ちょっとシス……ッッ、失礼、過保護気味なところはあるけど、いつも私のことを一番に考えてくれているわ」
危ない危ない、シスコンって言うところだった。
一条家の長男がシスコンなんて広まったら大変だ……。
私の言葉に彼は目を丸くしたかと思うと、突然肩を震わせ笑い始めた。
「優しい、それに笑うなんて、あははッ、想像できないぁ~。ははははッ、彼が学園でなんて呼ばれているか知ってる?氷の王子様だよ」
氷の王子様?
私の知るお兄様とあまりにイメージと違うあだ名に首を傾げる。
氷っていうぐらいだから、冷たいイメージなのかな。
疑問を口にしようとした刹那、屋上の扉がバンッと大きく開いた。
同時に扉へと目を向けると、そこには乾いた笑みを浮かべる兄が佇んでいる。
「……彩華?どうしてここに、今は授業中のはずだよね?こんなところで何をしているのかな?」
「えぇ、へぇっ!?おっ、お兄様。なっなんで!?えーと、これはその……」
まずいと思いながら何とか取り繕うとしていると、お兄様の笑顔は次第に深くなっていく。
まずいますい、怒ってる……なんて説明しょう……。
「はぁ……まぁいい。彩華、理由は後でゆっくり聞くとするよ。それよりも亮、こんなところで何をやっているんだ?今すぐやるべきことがあるだろう?今日提出するはずのノート、亮の分だけまだ見当たらないんだけど」
「ああぁぁ!そうだった……。いや~それがねぇ~色々と忙しくて……ッッ。ちょっ、ちょっと、怖い、怖いって……ッッ。怒らない怒らない、落ち着いてよ、すぐに用意するからさ、ね!」
兄の威圧感にビビりながらもへらへらと笑う彼に、兄は笑顔のまま近づくと、ジリジリと後ず去り二人の距離が縮まらない。
しかし気がつくと彼は壁まで追いこまれ、小さく悲鳴を上げた。
追い詰められていく彼の様子に、私はそっとその場から離れる。
これは相当怒っているわ……恐ろしい。
彼には悪いけど、火の粉が飛ばないように離れておこう……。
触らぬ神に祟りなしよね……。
兄は亮を壁際まで追い込むと、ドンっと壁に手を付き見下ろした。
「なぁ亮、彩華に余計な事を喋るな。もちろん軽口も叩いてないよな……?」
「いや、その、まぁ~少しっ、ちょちょちょッ、あんまり過保護だと嫌われるぜ」
「ほう~、やっぱりわかってないようだな。よし明日は今日の倍やってもらう、覚悟しておけ」
「へぇ、ちょっ、ちょっと冗談だって!あんな可愛い妹がいたらそのぐらいの過保護、いやいや違う、違う、えーと、大事にしないとだよな!」
彼らの話声は聞こえないが、亮の焦った顔を見る限り、お兄様の雷が落ちているのだとわかる。
かわいそうだけど、そっとしておきましょう。
私はサッと屋上の扉へと向かうと、二人を残したまま屋上を後にした。
その後、兄と学園で会うことなく帰宅すると、仁王立ちした兄が玄関に佇んでいた。
「ひぃ……ッッおっ、お兄様、えーと、あーと、今戻りましたわ……」
「おかえり、彩華。早速だけど、話の続きを聞かせてもらおうかな。今日はどうしてあんな時間、屋上に居たのかな?」
ひぇぇぇ、怒ってる……。
表情は笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
何も良い案が思い浮かばない現状……ここは正直に話そう。
「えーと、それは……屋上で休憩していたら、チャイムを聞き逃してしまって……。それで教室へ戻るタイミングを見失ってしまったと言いますか……モゴモゴ」
兄は私の言葉に呆れた様子を見せると、深いため息を吐いた。
「はぁ、次からは気を付けるんだよ。それと今日出会った彼とはあまり接触しないようにね。彼の傍に居るだけで妊娠してしまうかもしれない」
とんでもない言葉に私は目を見張っていると、兄は私の頭を優しく撫でる。
「彩華は可愛いからね、僕はとっても心配なんだ」
兄の表情を窺うと、まだ怒りは収まっていない様子だ。
怒りのオーラを纏う兄の姿に、私はコクコクと何度もうなずくと、鞄を抱きかかえ、これ以上怒らせないよう部屋へと戻って行ったのだった。
部屋へ戻り扉を閉めると、私は壁にもたれそのまま座り込む。
はぁ……シスコンがかなりひどくなっていっている気がする。
そろそろ本気で苦言を呈したほうがいいのかもしれない。
先ほどの兄の姿が頭を掠めると、ドッと疲労が襲ってくる。
制服のままベッドへ倒れ込むと、私はそっと瞳を閉じたのだった。