僕の可愛い妹(歩視点)
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彩華と出会って僕の世界に光が差した。
朝、妹の部屋へ行き、学校から戻ると一緒に過ごす。
妹と食卓を囲み、夜は寝静まるまで傍に寄り添う。
そんな幸せな毎日。
だけどいつからだろう、彼女に対して妹ではない、新しい感情が芽生えたのは―――――。
笑いかけてくれる姿が愛おしくて、僕の中で妹の存在は大きなものとなっていった。
ある日思わずほっぺにキスをしてしまった時は正直焦った。
妹にキスをするなんておかしい。
だけど彼女は嫌がる様子もなく、リンゴのようにほっぺを真っ赤にして……その姿が愛おしくて。
挨拶だよと言い訳して、もう一度キスをすると、彼女は照れながらも笑顔を向けてくれた。
誤魔化せた事にほっと胸を撫で下ろす反面、なぜか残念だと思ってしまった。
キスを否定されないことを良いことに、彼女からのキスが欲しくなった。
おはよう、おやすみと口にする度に、彼女にキスを落とし、そっと頬を差し出してみる。
最初は顔を真っ赤に恥ずかしがっていたが、次第にキスを返すことが当たり前となっていった。
そんな可愛い妹に変な虫がつかないように、初等部で彼女に近づこうとする男たちを牽制し、近づこうものなら見せしめの為に排除していった。
そんな大切な大切な僕のお姫様。
しかし彼女はとてもお転婆だ。
体を動かすことが好きなようで、僕に内緒で外へ飛び出し、怪我をして帰って来た時にはゾッとした。
彼女の美しい肌に赤い血が流れ落ちていたんだ。
ただの擦り傷だよ!と笑っていたが、僕にはそれが許せなかった。
だから僕は彼女に一人で出て行かない様強く言いつけた。
彼女は納得できない様子だったけど、どうも彼女は僕の笑顔に弱いようで、ニッコリ微笑みを浮かべ諭すと素直に聞いてくれる。
彼女を縛りつけたくはないだけど、怪我をするのはいただけない。
そんな彼女に婚約者候補なるものができ、初めて腹の中からこみ上げてくる黒い感情に、目の前が真っ暗になった。
こうなることは当たり前。
僕たちは家族で、彼女は妹で。
ここで気が付いたのかもしれない。
僕が彼女と将来並ぶ事はありえないとはっきりわかってしまったから。
僕はこのどうしようもない感情を抑え込むのに必死だった。
日が流れ冷静さを取り戻すと、僕は彼女の婚約者候補である二条について調べ始めた。
可愛くて純粋で真っすぐな彼女にふさわしい男がどうかを確かめるために。
すると二条の未熟な要素が浮き彫りになった。
こんな男が彼女の隣に並ぶなんて許せない。
二条に会い彩華から離れろと言ってみるが、あいつは自分が変わるからと彼女の傍に居ることを望んだ。
そんな彼の態度に苛立ちを感じながらも、強い二条の瞳に、いつか来る彼女の傍に立つものが彼なら若干だが……許せるような気がしたんだ。
まぁ、一度でも彼女に負けることがあれば……即排除するつもりだけどね。
彼女は二条と仲良くなると、一緒に外に出かけることが多くなった。
一人ではないので、僕との約束は破られていないと彼女は思っているのだろう。
僕は彼女がそう考えていると気が付くと、すぐに二条を呼び出し、彼女を怪我させないようと釘をさしておいた。
もちろん、怪我をさせれば……ね。
ある日彼女は、水浸しで帰って来たことがあった。
僕はすぐに彼女の運転手を捕まえると、事情を聴きその理由に頭を抱えた。
泣いていた女の子の為に、自分が川に飛び込むなんて。
はぁ……頭が痛い……。
彼女の優しさは知っているが、まさか川に飛び込むなんて何かあったらどうするんだ。
考えるだけで気が狂いそうになる。
僕は彼女へ会いに行くと、熱っぽい顔でクシャミをしていた。
こんな時期に水になんてはいるから……。
彼女には今日の事を反省させ、自分を犠牲にする事は優しさではないよと伝えてみるが……果たして理解をしてくれただろうか?
今回だけじゃない、この先その優しさで、誰かを助ける為に命を犠牲にしそうだと考えると、僕は彼女を失ってしまう怖さに震えた。
中等部にあがる直前、彼女と二条の婚約話があがった。
僕は彩華を探しに母の部屋の前でその言葉を耳にすると、激しい胸の痛みにその場で蹲った。
とうとう彼女はあいつのものになってしまうのか……。
あれだけ仲が良いんだ、彼女が断るとは思えない。
わかってる、わかってた、こうなることはわかっていた。
自分に言い聞かせながら、母の部屋の前で膝を抱えていると、思わぬ彼女の返答に息苦しさがスッと引いていった。
信じられない言葉に、僕は立ち上がり、耳をそばだてていると、母は短い沈黙の後、わかりましたと返事をした。
あまりの衝撃に僕はその場で呆然としていると、扉を開けた彼女と出くわす。
どうして断ったの?婚約を先延ばしにした意味は―――?
彼女は僕の疑問には答えず、誤魔化す様な笑みを浮かべると、僕から逃げるように去って行った。
彼女がまだ誰のものにもならない事実に、僕にもチャンスがあるのかもしれない。
この感情が芽生えた時、言わないとそう自分に言い聞かせていた。
だけどもし僕が彼女に好きだと言えば、君はどうするのだろうか。
婚約者を作らない意味は……。
僕は秘めた思いを胸に、じっと彼女が去っていった廊下を眺めていた。
彼女のお披露目が終わって数日後、僕は早朝いつものように門を潜ると、彼女専属の運転手が僕の方へとやってきた。
「歩君、ポストに届いていたよ」
差し出された手紙を受け取ると、もう一通運転手は手紙を握っていた。
横目でその手紙を確認すると、何やら彩華の宛ての手紙のようだが、フランス語で書かれていた。
「その手紙は彩華宛かな?ちょっと見せて欲しいんだけど」
運転手は不思議そうな顔をしながらも手紙を差し出すと、僕はサッと受け取りすぐに封筒を開けた。
「あっ、ちょっ、歩君!?」
驚く運転手をよそに、僕はその場で便箋を開くと、フランス語で書かれた手紙に目を通していく。
送り主は、パーティーで彼女の手にキスをしたアベル。
キザで甘い言葉が並べられ最後にこう書かれていた。
Je meurs d'envie de te voir.
(すぐにでも、君に会いたい)
僕は手紙を読み終えると、運転手の目の前でビリビリと破いていく。
「ええええ!ちょっとちょっと、何をしているんだい!?」
オロオロと慌てる彼にニッコリ笑みを浮かべると、紙吹雪が視界を掠めた。
「この手紙は彩華に害を及ぼす。もしまた届いたら、先に僕のところへ持ってきてくれるかな?」
言い聞かせるように深く笑みを深めると、彼は顔をひきつらせコクコクと頷いてくれた。
次回から中等部編