お披露目で
私は控室を離れ、兄を連れて会場の入り口へ到着すると、乱れた着物と髪を軽く整える。
見てと顔を上げると、兄は可愛いよと私の腰へ手を添え、並んで会場の中へと入場していった。
私たちの登場に来賓席からは大きな拍手が送られる。
私はニッコリと微笑みを浮かべ会場を見渡した。
本来であれば両親二人が居ないとお披露目は始まらないのだが……ようやく思いが通じあった二人の藪蛇にはなりたくない。
私は司会席へと向かうと、両親は少し遅れるから先に始めたいとの旨を伝えた。
司会者はわかりましたと頷くと、合図と共に私のお披露目は静かに幕を開けた。
様々な人たちが私たちの元へ挨拶に来る中、そこに先ほどのアベルの姿があった。
彼の順番がやってくると、私はフランス語で話しかける。
[今日は来てくれてありがとう!堅苦しい言葉はフランス語で話せないの、ごめんね]
私はアベルに微笑みかけると、気にしないよと彼は私の手を握る。
[あなたが一条家のお嬢様だとは。この度は御招き頂きありがとうございます]
ニッコリと微笑みを浮かべる彼の隣には、彫の深いブロンドヘヤーのおじ様がたたずんでいる。
彼のお父様も見惚れるほどのイケメンね。
かなり年上だけど……独身なら絶対乙女ゲームに出てきているわ。
彼のお父様に思わず見惚れていると、アベルは私の手を強く握りしめる。
その力強さに私は慌てて彼に向き直ると、笑顔で語り掛けた。
短い会話をした後、アベルはなぜか私の腕を持ち上げると、手に顔を寄せていく。
その様子を私はキョトンと眺めていると、アベルの唇が私の手の甲へと押し当てられた。
[麗しいお嬢様、またあとで……ふふ]
アベルはそう言い残すと、軽くウィンクしながら手をふり背を向けた。
……ッッちょっと何今の……ッッ。
乙女ゲームのスチルにありそうな一コマ。
必死に冷静さを保ちながら心の中でもだえ挨拶を終えると、ふと人ごみの中で二条の姿が目に映った。
「二条!」
二条と視線が絡み呼び掛けてみるが、彼は私から視線をサッと逸らせるとどこかへ行ってしまう。
様子がおかしい二条の姿を目で追っていると、突然腕を掴まれた。
何事かとそちらへ視線を向けると、兄はキスされた私の手の甲をナプキンでふき取っている。
その姿に自然と頬が引きつった。
おぉ、シスコンはここにきても健在なんだね……。
そうこうしていると、父と母が寄り添うように会場に現れた。
幸せそうな二人の姿に心がホワッと温かくなる。
両親が合流し、改めて二条家へ挨拶に訪れたが、その席に彼の姿はなく、もちろん香澄の姿も見当たらない。
きっと彼女はここに来ていないんだろう。
それにしても二条はどこへ行ったのだろうか。
二条のことが気になる中、一通り挨拶が終わると、私は少し席を外すと会場の外へとやってきた。
会場に二条の姿はなかったから、たぶん外にいると思うんだけれど……。
廊下を歩きロビーへ出ると、そこに誰の姿もない。
どこにいるのかな……?
私はロビーを抜け奥へ奥へと歩き続けていると、窓の外をじっと眺める二条の姿を見つけた。
「やっと見つけた。二条、こんなところで何をしているの?」
二条は私の声に大きく肩を跳ねさせたが、窓の外を見たままこちらへ顔を向けない。
そんな二条の隣へと並んでみると、一緒に壮大な街の姿を眺めてみる。
どれくらいそうしてしただろうか、突然何か思い立ったようすで二条が私の腕を掴んだ。
「なぁ、一条聞いてもいいか?」
その言葉に顔を向けるが、彼は窓の外を見つめたまま。
「うん、どうしたの?」
「さっきアベルといったか……あいつとロビーで抱き合っていただろう。あいつの事が好きなのか?」
二条はおもむろに振り返ると、真剣な眼差しで私を見据えた。
「へぇ?いやいやいや、あれは挨拶みたいなものだよ。彼とはさっき初めて出会ったばかりだし、何でもないよ」
そう微笑みかけると、二条の表情が歪んでいく。
「じゃ何で……どうして、俺との婚約を断ったんだ……」
予想だにしていなかった質問に思わず目を逸らせる。
婚約……そうだよね、二条も知っていて当然だよね……当事者だし。
「えーと、その……前にも話したことがあると思うんだけれどね、私は二条の足枷にはなりたくない。二条にはちゃんと幸せになってほしい。だから……高等部卒業まで婚約を待って欲しいってお母様にお願いしたの。まだ私たち小学生だしね、あぁもうすぐ中学生か」
冗談めかしに笑いかけてみると、二条は納得できない表情を浮かべ、私の肩を強く掴んだ
「俺はお前が好きだ」
突然の告白に私は目を丸くすると、彼は恥ずかしそうに頬を染める。
「あっ、その、ありがとう、私も二条を好きだよ。でもねその好きはきっと違う。私たちまだ12歳で、中等部になって……高等部へ進学すれば、外部生も入学してくるようになるんだよ。今は私と過ごす時間が多いからそう思っているだけで、心も体も成長して……高校生になったとき、好きていう意味がきっとわかると思うの。だからこれでいいんだよ」
私はまた二条に微笑みかけると、肩を掴む手に力が入った。
「ちゃんとわかっている。俺は彩華が好きだ。もう子供じゃない」
「うーん、言葉で説明するのは難しいなぁ。でも絶対私の言った意味がわかるはずなんだよ。だからね……」
どう伝えればいいのか、困った笑みを浮かべていると、肩をグッと引き寄せられる。
彼の小さな胸の中へ囚われると、耳元に吐息がかかった。
「なんでなんでだよ……。はぁ……俺が大人になって高校生になって卒業したとき……お前を思い続けたら婚約してくれるのか?」
私は彼の言葉に頷くと、応えるよう抱きしめ返す。
きっとその未来はこないと思う。
だってここは乙女ゲームの世界、みんながヒロインを好きになる。
私は彼の温もりを感じながら、いつか来る別れに心がギュッと締め付けられると、胸の中に顔を埋めていった。