表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/147

勘違い

兄に連れられ日華病院へやってくると、裏口から入りすぐに診察を受ける。

首に浮かび上がった締め跡に触れられる度に、チリッとした痛みがはしった。

日華先生は何度も検査をしてくれたが、体や喉に異常は見当たらないと困惑する。

その結果なぜ声が出なくなってしまったのかわからない現状、安静にということで私は暫く入院することになった。


去年の冬といい、今年の夏といい、日華病院へ頻繁に入院している気がする。

その内2度は立花さくらが絡んでいるのに頭が痛い。

彼女の目的は……藤グループの誠也だとわかったけれど……。

彼女の邪魔をしてしまった今、どうなるのか不安が渦巻いていった。


着替えを済ませ見慣れた個室の病室へやってくると、空には厚い雲がかかり今にも雨か雪が降りだしそうだ。

時計の針は12時を指し、クリスマスイブが終わろとしている。

こんなクリスマスイブになるなんて考えもしなかったわ……。

この状態だと、明日のパーティーは参加できないだろう。

楽しみにしていた香澄の姿が頭を過ると、胸が小さく痛む。


ガチャッ。

夜が更けた静かな病室の中、扉の音に振り返るとそこには二条の姿。

ネクタイを緩めタキシードのボタンを外すと、彼はベッド脇へと腰かけた。


「一条、大丈夫なのか?」


彼の言葉にコクリと頷くと笑みを浮かべて見せる。

あまり心配をかけさせたくない。

私は窓から離れシーツを捲ると、ベッドへと上がる。

痛々しそうな表情で私の首元を眺めると、悲し気な瞳を浮かべた。

そんな彼の姿に、棚からメモとペンを手に取ると、私は紙にペンを走らせる。


[そんな顔しないで。私は大丈夫、体に異常もないみただから、すぐになるはずよ]


「そうか、あんまり無理はするなよ」


二条はそっとこちらへ手を伸ばすと、私の頭を優しく撫でた。

その手がふと止まると、彼の吐息が耳に響く。


「なぁ、一条。去年の暮れに俺と食事をしたことを覚えているか?」


もちろん覚えている。

あれは二条との関係がギクシャクしていた頃、香澄ちゃんに言われるままに、彼とレストランで食事をすることになって、仲直りのきっかけになった。

そこで彼にブレスレットをもらって……明日お返ししようと思いプレゼントを用意していた。

彼に似合うだろうと買ったネクタイピン。

私はコクリと頷くと、彼の瞳を見つめ返す。


「あの時言っていたよな、高校を卒業するまで誰とも婚約しない。あれはすでに心に決めた相手がいたからそういったのか……?」


決めた相手?一体誰の事かしら?

何のことかわからないと首を傾げると、二条は苦しそうに表情を歪めた。


「藤 天斗、いつから知り合いだったんだ?」


その名に目を丸くすると、私は必死に首を横へ振った。

メモ帳を捲り慌ててペンを走らせる。


[天斗とはそんな関係じゃないわ。彼とは……]


そこで手を止めると、頭をひねる。

友人というより知り合い程度……えーと。


(彼とは縁があって、今日のパーティーにパートナーとして参加してほしいと頼まれただけよ)


二条へ紙を見せ付け、必死に訴えかける。

彼は私の腕を取ると、軽く引き寄せた。

鼻を近づけ確かめるように鼻を鳴らすと、持つ腕に力が入る。


「それだけじゃないだろう。最近隠れてコソコソ会っていたのはあいつだろう。あいつから同じ香水の匂いがした」


彼の言葉に目を見開くと、思わず体を離した。

うぅッバレてる……どう説明しようかしら。

今日の事は全く予想していなかった。

こんな形でばれるとわかっていたら、もっとうまい嘘を考えたのに……。


ってちょっと待って。

あの状態で彼をおいてきたけれど、病院に来たはずの兄はどこへ行ったの?

もしかして……彼に話を聞きに?


[お兄様はどこへ行ったの?]


「歩さんは日華先生と話している。って話を逸らすな!」


二条はムッとした表情を浮かべると、立ち上がりこちらへ顔を寄せた。

近くなる彼との距離に思わず後退ると、動きを制すように両手をベッドへつき、覆いかぶさるように動きを封じた。


「俺たちに隠れて何をしていたんだ?」


真剣な彼の瞳に違うと否定する。

なんと説明すればいいのか、上手い言葉が思いつかない。

彼と会っていたのは3回だけ。

何をしていたわけでもなく、二人で海へ行ったり、水族館へ行ったり、ジャンクフードを食べたり……。

こうして考えると、誰が聞いてもデートをしていたとしか思われない。

脅されて仕方がなく付き合っていたが、ひどい事をされたわけでもなく、寧ろ楽しんでいた。

それに脅されていた事実を話すわけにはいかない。


[うまく説明できないわ。だけど本当に彼とはそんな関係じゃないのよ。知り合い程度の仲で、婚約なんて考えたこともないわ]


婚約はしないその事実だけでもはっきりと伝える。

彼の目を真っすぐに見つめ紙を両手で掲げると、微かに紙が震えていた。


「……わかった。だがそういう割には親し気だったよな」


親し気?

紙を下げ彼の瞳を見つめながら首を傾げる。


「お互い名前で呼び合っていただろう?長年の付き合いの俺ですら苗字なのに……」


子供の様に、ムスッと不貞腐れた彼の表情に目を丸くする。


[あれは、彼の苗字を知らなかったから。私の事は向こうが勝手に呼び始めたのよ]


綺麗な字を書く余裕もなく殴り書きで彼に見せると、二条はゆっくりと顔を近づけた。

彼の瞳に私の姿がはっきりと浮かび上がる。


「なら俺も呼んでいいか?」


えっ!?

彼の言葉に目を丸くしながらもおずおず頷くと、不貞腐れていた表情が和らいだ。


「あやか」


吐息がかかる距離で、初めて呼ばれた名に何だか胸がドキドキする。

高鳴りに戸惑っていると、目の前に映る彼の頬がゆっくり赤く染まっていった。

目が泳ぎ照れているのだろうか、彼は体を離し顔を隠すようにそっぽを向く姿に、こちらの頬の熱も上がっていく気がする。

あやかと呼ばれたその声が頭の中で反芻していると、空いたままの扉に人影が浮かび上がる。


「二人とも何をしているのかな?」


「あっ、歩さん!?えっ、いや、これは、彩華また後でな」


「あやかだって……?」


その声に顔を向けると、ニッコリと微笑む兄の姿。

笑みが深まっていく兄の姿に、二条は苦笑いを浮かべると、逃げるように病室から出て行ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=282141413&s
― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりに恋愛要素(名前呼びでドキドキ)があったぽい所 [気になる点] 今後も逃げ去る予定なのでしょうか? [一言] 名前呼びになった所と甘い雰囲気になりそう一歩手前かなのやり取りから歩…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ