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張り詰めた糸

消えた……どうなっているの?

目を凝らしてみても、彼女の姿はどこにもない。

身を乗り出し茫然と真下を見下ろしていると、逞しい腕が私を引き寄せる。

窓から引き離されおもむろに振り返ると、天斗と視線が絡んだ。


「お前まで飛び降りる気か」


我に返ると、慌てて首を横へ振る。

ごめんなさいと唇を動かすと、掠れた吐息が響いた。

どうして……声が……。

戸惑いながらも必死に声を出そうと口をパクパクさせていると、喉にチクッした痛みがはしる。


「お前……声がでないのか?あの(アマ)許さねぇ。探し出して必ず潰す」


怒りを含んだ声色に、大丈夫だと必死で伝える。

出て行こうとする彼の腕を掴むと、行ってはダメだと訴えかけた。

これ以上彼女に関わらせるのは危険。

高層ビルから躊躇せず飛び降りるなんて、正気の沙汰じゃない。


彼の腕を強く掴み引き留めていると、私の頬を優しく撫でながら首元を見つめた。


「あの女はお前の知り合いなのか?」


コクリと静かに頷くと、頬から首筋へと彼の手が滑り落ちる。


「お前は本当に優しすぎる……」


優しいわけじゃない、ただ意気地なしなだけ……。

触れる彼の手をそっと掴み頭を垂れると、陶器の破片が散乱する床が視界を掠める。

おもむろに破片を踏みしめると、その感触にこれが夢でないのだと改めて実感した。


これは現実……。

まさかこんなところに立花さくらが現れるなんて……。

天斗のパートナーになるのは……私ではなく立花さくらだった。

彼女が狙っていたのは、お兄様や一条、華僑君、日華先輩ではなく……あの狐目の男。

私がイベントを起こしてしまったから、藤 誠也とのフラグが消えてしまったの……?


先ほどの赤い瞳が何度も脳裏をチラつく。

そんなつもりはなかった。

だけど私が彼女の邪魔をしてしまった。

もしかして……あの夢が現実になってしまうのだろうか。


不安と恐怖に胸が締め付けられる。

ギュッと自分の胸を掴むと、慰めるように彼の手が私の頭へ触れた。

その刹那、強い力で引っ張られ大きく体が傾くと、彼の腕から強引に引き剥がされる。、

驚き顔を向けると、目の前にはお兄様の姿。

夢でみた冷たい瞳とは違う、いつもの兄の姿に涙が溢れだしそうになった。


「彩華、大丈夫かい?」


グッと涙を堪え何度も頷くと、私の肩を優しく引き寄せ、天斗の視界から遮るように前へ立った。

只ならぬ雰囲気にお兄様と呼ぼうとするが、やはり声は出ない。

咄嗟に兄のスーツの裾へ手を伸ばした瞬間、ふと暖かい手が肩に触れた。


「一条、大丈夫か?」


その声に振り返ると、二条の心配した表情が目に映る。

彼の後ろには華僑と日華の姿。

皆赤い瞳ではない、よく知る彼らの姿に堪えていた涙が溢れだした。

張り詰めていた糸が切れ、涙が頬を伝っていく。


「もう大丈夫だ、何があったんだ?」


子供をあやすように頭をなでる二条の手に、私はしがみ付くようにタキシードを強く掴むと、彼の胸の中へ顔を埋める。

驚いたのか、一瞬彼が固まったような気がしたが、ゆっくりと震える肩が優しく包み込まてると、彼の優しい香りが鼻孔を擽った。

温かい熱とよく知るその香りに、堰を切ったように涙が溢れだすと、シャツが涙で滲んでいく。


涙で化粧はボロボロだろう、恥ずかしくて顔は上げられない。

ギュッと彼のシャツを掴んでいると、兄の声が響いた。


「これはどういうことなのかな?僕にわかるように説明してくれるかい?」


静かな問いかけから、相当な怒りが伝わってくる。

その声にピタッと涙が止まり、サーと血の気が引いていくと、化粧の事など忘れ天斗へ顔を向けた。


立花さくらの事で頭がいっぱいで、一番重要な事を忘れていたわ。

どっ、どうしようッッ、まだうまい言い訳を思いついていない。

このまま素直に話せば、天斗がお兄様に潰されてしまう。

それはダメよ、老夫婦のためにもそれだけは避けたい。


オロオロと内心焦っていると、天斗は意を決した目を浮かべ姿勢を正し、兄を真っすぐに見つめた。

待ってと言葉にするが、それは音にはならない。

深く息を吸い込んだ彼の様に慌てて二条の腕から逃れると、咄嗟に彼の口を両手で防ぐ。

驚き目を丸くする天斗と視線が絡むと、私は何度も首を横へ振った。

大丈夫だからと口を開くと、掠れた吐息に慌てて辺りを見渡す。

フロントへつながる電話機の隣にメモを見つけ、慌てて手を伸ばた。


[何も話さないで。大丈夫、私からちゃんと説明するから]


メモの上にペンを走らせ切り取ると、天斗へ見せる。

困惑する彼の瞳を真っすぐに見つめていると、日華が私の前へ回り込んできた。


「彩華ちゃん、もしかして声がでないの?」


コクリと頷いて見せると、日華は私の頬を両手でつかみ、首筋をじっと見つめて考え込む。

冷たい指先が触れると、チリチリとまた痛みがはしった。

痛みに体が反応すると、日華は慌てて手を離す。


「痛かったかな、ごめんね。この手指の痕……首を絞められたの?すぐに病院で診てもらったほうがいい」


「なんだって」


兄は日華の言葉を聞くや否や、こちらへやってくると私の体を軽々持ち上げる。

慌てて兄の首へとしがみ付くと、日華はスマホを取り出し耳元へあてた。


「父さんに連絡しておく。すぐに診察してもらおう」


ありがとうと口をパクパクさせると、日華はニコッと笑いながら唇へ触れた。


「無理して話さないで、ひどくなっちゃうよ」


触れた手に慌てて唇を閉じると、コクコクと頷いて見せる。

兄に抱かれたまま控室を出て行くと、私は病院へと運ばれたのだった。

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[一言] あみにあ 様 初めまして。今年の夏休みにこの小説を見つけて夢中で読みました。主人公が頑張ってバッドエンドを回避するお話がとても面白くて、ワクワク、ドキドキ、ハラハラ、して目が離せません。執…
[良い点] 軽々と歩による抱っこの所 強引に歩が彩華を引き寄せる場面があった所 [気になる点] 彩華が二人(歩か二条)に最終的に絞ったのかなと思えた点 さくらがどうやって立ち去ることができたのかさ…
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