紅い瞳に魅入られて
立花さくら……。
紅い瞳はじっと私を見下ろしたまま。
その瞳に身震いし立ち上がると、思わず口を開いた。
「どうしてここにいるの……?」
「それはこっちの台詞よ」
立花さくらは静かに控室の中へ入ってくると、背筋にぞわっとした悪寒が走る。
近づいてくる彼女から逃げるように後ずさっていると、棚に背が触れガタンッと音が響いた。
衝撃で棚にあった陶器の小さな置物がグラッと傾くと、床に激突しガシャーンと音を立て破片が辺りに散らばる。
彼女は散らばった破片を気にすることなく踏みつぶした。
「なんであなたなの。ここは私の場所なのに……ありえない。邪魔しないでと何度も言ったわよね?それなのに信じられない」
何が何だかわからない。
もしかして今日の出来事は、ゲームのイベントだったということなの?
「ちっ、違うの。邪魔したわけじゃないわ!私は無理矢理連れて来られただけッッ」
必死に弁解しようとするが、彼女は冷めた目を見せると私の目の前で立ち止まった。
「言い訳はいらない。邪魔すればどうなるのか教えたわよね?」
彼女は私の肩を掴むと、思いっきり引っ張り壁へ押し付ける。
鈍い痛みに顔を歪ませると、赤い瞳が間近に迫った。
目を逸らせられず、恐怖に体が震え始めると、冷たい手が首に触れた。
「なんであんたが天斗様と一緒にいるの?彼のパートナーは私なのよ。なのにどうしてあなたが……なんで邪魔するのよ」
首に巻かれた手に力が入ると、痛みと息苦しさで視界が霞んでいく。
彼女の手を止めようと掴むが、細い腕はビクともしなかった。
「あぁ……ッッくぅ……るしい……違う……ッッ邪魔をする気は……ッッうぅっ」
「このまま殺してやりたいところだけど……それは許されない……。私は彼の傍に居たいだけなのに……彼が必要なだけなのに……ここで出会えなければチャンスはもうないのに……」
視界が暗闇の染まる中、彼女の声が頭に響く。
彼女の狙いは天斗だったってこと?
「待って……ッッはぁ、あぁ……ッッ、天斗なら……ッッ紹介するわッッ」
途切れそうになる意識を必死に奮い立たせ、そう言葉を紡ぐ。
するとさらに力が入り、呼吸が出来なくなっていった。
「はぁ?紹介するですって?天斗なんてわき役どうでもいいのよ。私が欲しいのは誠也様よ」
その言葉を最後に意識が薄れていくと、そのまま私は闇の中へと落とされてしまった。
ハッと目覚めるとそこは控室で、立花さくらの姿はない。
ソファーから立ち上がり辺りを見渡すと、空いていたはずの扉は閉まり、先ほど落ちたはずの置物は傾いた形跡もなくそのままだった。
さっきのは夢……?
鏡の前へやってきて首元を見てみると、絞められた跡は見当たらない。
ふと時計を見上げると、天斗が出て行ってから1時間程経過していた。
最近色々あって疲れていたから……転寝をしてしまったのかしら?
それにしてもひどい……悪夢を見たわ……。
天斗はまだ戻っていない。
私は扉を開けると、外の様子をそっと窺った。
先ほど近くいた警備員の姿はなく、シーンと静まり返っている。
気になり恐る恐る外へ出てみると、廊下を進んで行く。
会場の表口へ出ると、そこに兄の姿があった。
兄の周りには二条に華僑、日華が集まっている。
楽しそうに談笑する彼らを見つめていると、その中心には立花さくらが笑みを浮かべていた。
どういうことなの……?
信じられない思いで見つめていると、立花さくらが私の姿に気が付いた。
すると彼らもこちらへ顔を向けると、その瞳には憎しみが浮かんでいる。
「彩華……?どうしてこんなところにいるんだ。さっさと帰れ」
兄は眉を寄せ私を睨むと、冷たい声で言い捨てた。
見た事の無い冷めた瞳に私はビクッと肩が跳ねると、兄は私から立花さくらを守るように背中へ隠す。
それに続くように、二条も華僑も日華もこちらを睨みつけると、ピリピリとした空気が漂い始めた。
「一条、こんな場所まで追いかけてきて、さくらにちょっかいを出しに来たのか?本当に懲りないな」
「さくらさんをこれ以上傷つけるのはやめてください」
「女の嫉妬ほど醜いものはないと思うよ」
なんで……どういうことなの……?
彼らの後ろに守られるように佇む立花さくらと視線が絡む。
紅く血のような瞳。
よく見てみると、彼らの瞳にも薄っすらと瞳が赤く色づいていた。
まさか……奏太くんと同じようにみんな操られてしまったの?
さっきのは夢じゃなかった……?
彼女の邪魔をしたから、嘘……でしょ……。
私が築き上げてきたものを全てが奪われてしまったの?
もうお兄様の笑顔を見ることは出来ないの?
一条と華僑君と何気ないひと時も過ごせなくなってしまうの?
日華先輩、俊くんにももう会えなくなってしまうの?
嫌……いやっ……どうして……
彼らの冷たい瞳を見つめていると体の震えがピタッと止まった。
負の感情が胸にこみ上げ、憎しみに囚われていく。
そこは私の場所だったのに。
大切な彼らをを奪われてしまった。
返して、返して、返して!!!
そこは私の場所なのよ!!!!!
今まで感じた事のない強い感情に何も考えられない。
こうならないように頑張ってきたはずなのに……抑えられない感情が溢れ出した。
立花さくらが憎い、憎い、憎い。
許さない……許せないわ……。
深い深い闇に心が落ちていくのがわかる。
私は抗うことなく身を任せたのだった。