父とご対面
無事に初等部を卒業した私は、毎日お披露目の準備に追われていた。
高等部について調べる余裕も、道場に通う事もできないほど忙しく、最近二条にも会っていない。
はぁ。お披露目の準備がこんなに大変だとは思わなかったなぁ。
今日も母の衣装合わせに捕まっていると、父が屋敷へ帰ってきたと女中から知らせがはいった。
父との単語になぜか不思議な気持ちになる。
正直最後に父と会ったのはいつだろう、顔もはっきり思い出せない自分に戸惑った。
母に連れられ父の元へ向かうと、なんだか緊張してきた。
広間へ到着すると、黒い短髪で、少し厳つい雰囲気のダンディーなおじ様が座っていた。
初対面と思ってしまうほど、何も思い出せない。
この人が私のお父さん。
さすが彩華の父、ワイルドな感じで目を引く端正な顔立ちだ。
私は緊張した面持ちで父の向かいへ腰かけると、目頭が少し柔らかくなった気がした。
その様子に私は笑顔を浮かべると、おかえりなさいと深く礼をとる。
短い挨拶が終わるや否や、父は仕事があるからと部屋に戻ってしまったが、その様子を儚げな瞳でじっと見つめる母が気になった。
そういえば母から父のことをあまりきかない。
今まで気にしていなかったけれど、仲はよくないのかな?
確かお父様が一条 玄奘、一条家の家系で、母は五条家の家系で五条 桜子。
二人とも名家出身だし、想像するに政略結婚なのかな。
「ねぇ、お母様はどうしてお父様とお話をしないの?」
「そうね、あの方はお忙しいから、あまりお邪魔をしたくないのよ」
寂し気な表情を見せる母を気にしながらも、私は大人しく部屋に戻ったのだった。
父と会った日以来。母の様子が少しずつおかしくなっていった。
私といるときも、心はここにあらずのようで、ずっと上の空だ。
この間は珍しく母が廊下に飾ってあった花瓶を割り、女中たちがあたふたとしている現場を目撃した。
何度か母にどうしたのか訪ねてみるも、いつも何でもないと返ってくる。
そんな母の様子を心配していたが、次第に何も話そうとしない母へ苛立ちを感じ始めた。
けれど強く言うことも出来なくて……気がつけばパーティー当日になっていた。
私たちは家族4人、会場であるホテルへと向かう。
車の中で母の様子を窺っていると、必死に平常心を保とうとしているが、目じりが少し下がり悲し気な様子。
あまり母と交流のない父と兄は気が付いていないだろう。
チラチラと横目で母を見るたびに、悲しみを宿し瞳がゆらゆらと静かに揺れていた。
暫く進み車が停車すると、車窓から見えるそのホテルは、高層100階以上あるだろう、大きなホテル。
そのホテルには大きく一条グループとの名が記載されていた。
今まで自分の家がどんな仕事をしているのか考えもしなかったけれど、一条という名はやはりすごいのだと実感する。
ホテルの前で下りると、それはそれは大勢のホテルスタッフたちがズラッと並んでいた。
一人の支配人らしき男はお父様のカバンを手に取ると、案内するように中へと誘っていく。
私と兄も父と母の後に続き、ホテルの中へと進んでいった。
「「ようこそ、お待ちしておりました」」
壮大なる挨拶に私はギュッと兄の袖を掴むと、兄はニッコリと微笑みかけ私の腰へとそっと手を添えてくれた。
手厚い出迎えに狼狽していると、気が付けば会場に到着し、そこは多くの人で賑わっていた。
先に控室へとスタッフに案内されロビーを進んで行く。
私のお披露目にこんなに人が集まるなんて……。
分家たちもやってくるとは知っていたが、まさかこれほどの人が招待されているとは思っていなかった。
大きな会場を埋め尽くす人数に圧倒されていると、父と母の元へ多くの関係者たちが集まってくる。
人が密集していく中、私は怖くなってその場から離れると、逃げるように控室へと向かった。
控室へ向かっている途中で、天然パーマでブロンドヘヤーをした少年が、足をブラブラとさせ、隅っこでつまらなそうに座っているのを見つけた。
興味本位でその少年に近づいてみると、彼は私の存在に気が付いたのか顔を上げると、透き通ったブルーアイズと視線が絡む。
綺麗な瞳、ハーフ……うーん、どこの子供かな?
「アッ、エッ、ゴメンナサイ……。ワタシコトバワカラナイ」
片言の日本語でしゃべった彼はとても困った様子に映った。
やっぱりハーフじゃないんだね、なら……。
”Well...Where are you from?"
試しに英語で話しかけてみると、彼は驚いた様子で私をじっと見つめていた。
”Oh,I am France"
フランスね、ネイティブレベルは厳しいけど。お稽古事で身に着けたフランス語を試してみよう。
[えーと、あー、こんにちは、初めまして!私は彩華っていいます。こんなところで何をしているの?]
拙いフランス語で話してみると、彼は目を丸くし驚きながらも小さく笑った。
[すごいね、とっても上手。こんな可愛いお嬢様に話しかけられるなんて思ってもいなかったよ。僕はアベル、初めまして]
ペラペラと話す彼のフランス語は半分ぐらいしかわからない。
だけど彼の名と、初めましては理解出来た。
こうやって実際に役立つと、やっぱり何でも勉強しておくべきと実感する。
[アベル、宜しくね]
アベルは嬉しそうに笑うと、握手を求めるように手を差し出した。
その手を握り返した刹那、グィッと引き寄せられると、頬に彼の唇が触れる
ビックリし目を丸くしていると、彼は立ち上がった。
思っていたよりも身長が高く唖然と彼を見上げていると、挨拶なのだろうかハグをされる。
慣れないスキンシップに一瞬思考停止するが、すぐ我に返ると照れながらハグを返してみた。
さすが外国人、こういった挨拶は恥ずかしいな。
[ははっ、アヤカ可愛すぎ。みんな僕のわからない言葉で話すからここに逃げてきたんだ、君はこんなところで何をやっているの?]
早口ではっきりと聞き取れないが、何をしてるの?と尋ねられた言葉に、控室に行かなければいけないことを思い出した。
[ごめん!私行かなきゃ!また会場で会えたらお話しようね!]
そう元気よく手を振ると、私は控室へと急いだのだった。
控室へ入ると、母は私の顔を見るなり待ちくたびれました、との様子で深いため息をついた。
私は慌ててごめんなさいと頭を下げると、すぐに鏡の前へ腰かける。
そうして女中たちに着飾られること数十分、揉みくちゃにされ私の疲れはピークに達していた。
はぁ、始まる前に疲れ切っちゃったよ……。
深くため息をつき、ようやく解放された時には、お披露目の開始15分前となっていた。
長すぎ……まぁでも主役だから仕方がないのかな。
これからみんなの挨拶を受けると思うと、憂鬱だなぁ
時計を確認しながらテキパキと片付けを終えた女中たちは、慌てた様子で控室を出て行った。
母と二人となった控室で、鏡に映った和装姿の自分をじっくりと眺めてみる。
薄く化粧もされており、益々狐目が目立っていた。
こうしてみると12歳とは思えないこの色気は何なのだろうか。
そんな事を考えていると、隣で母は空を見つめながら一人ため息をついていた。
恋煩いのようにずっと悩み続ける母の様子に、私は思わず母の顔を覗き込んでみる。
「お母様、最近変よ。一体どうなさったの?」
「……何でもないわ。放っておいて頂戴」
冷たく言い放たれた言葉に、私は眉を寄せると、立ち上がり母の前へと回り込んだ。
「そればっかりね、お母様。言いたいことがあるなら言わないと、抱え込んでいても何も解決しないわ!」
私は腰に手を置き、強く母を見据えると、母の表情が歪んでいく。
「知った風な事を言わないで!子供のくせに!」
母は泣きそうな瞳を私へと向けた。
その姿は迷子になってしまった子供のように儚く揺れていたのだった。