現れたのは(二条視点)
次第に会場内が静かになっていく中、始まりの合図なのだろう、照明がゆっくりと落とされていく。
「あー、そろそろ主催の挨拶だよな。俺歩さんを呼んでくるよ」
「わかった、僕はここで待っているよ」
軽く手を振る華僑へ背を向けると、俺は急ぎ足で出口へと向かって行った。
廊下へ出るや否や、すぐそこにスマホの画面を見つめ立ち尽くす歩の姿が目に映る。
俺が来たことに気が付いていないのか、スマホの画面を見つめたまま微動だにしない。
そんな彼の姿に急ぎ足で駆けつけると、ポンッと肩を軽く叩いた。
「歩さん、歩さん、どうしたんですか?もうそろそろ始まりますよ」
そう声を掛けると、一瞬驚いた様子を見せた後、不機嫌そうに眉を寄せる。
「なんだ、二条か。……もう戻る。だがその前に、彩華がこの会場に来ているんだ」
その言葉に驚き目を丸くする中、スマホの画面を見せ付けられると、中央に白い円が広がっていた。
「これって……何ですか?」
そう問いかけてみると、歩はスッと目を細めながら視線を向ける。
「彩華に付けた特製のGPSだ。この会場内で円が大きくなっているだろう、間違いなく近くにいる」
「GPS、一条がここに……ッッ!?いやいや、本当ですか?あれ、でもGPSはダメだったんじゃないっすか?」
「これは特別に作らせたものだ。発する電磁波を最小限に抑え改良した。これで相手に見つけられることない」
「歩さんそこまでやったんですか……」
「当たり前だろう、彩華は大事な……大事な僕の妹だ」
本当に一条がここにいる?
まさか香澄が話していた年上の男と……ッッ
だがロビーや会場をざっと見たが彩華の姿は見当たらなかった。
もしかしてホテルの一室に……。
いやいや、このフロアに宿泊室はなかったはずだ。
様々な憶測に狼狽する中、歩は深く息を吐き出すと、ジロリとこちらを睨みつける。
その視線に小さく肩を跳ねさせると、少し冷静さを取り戻した。
落ち着け、落ち着け、とりあえず彩華の居場所を特定しないとだな。
「歩さん、参加者の名簿を確認してきます」
そう慌てて受付へ走ろうとすると、ガシッと腕が捕まれた。
「名簿はとうに調べたが、彩華の名前はなかった。亮には会場内を探してもらっているが……、はぁ、一体どこにいるんだ。このGPS……もう少し精緻化が必要だな、ブツブツブツ……」
独りごとのように呟く歩の瞳には、不安と苛立ちが浮かんでいる。
会場へ戻る気配のない彼を横目に、俺は広い廊下を見渡してみるが、人がいる気配はない。
この場所に来ている事は間違いないようだが、フロア全て藤グループが貸切っている。
だが参加者名簿にはない、なら……偽名、いやいや招待状がある以上偽名は無理だ。
うんうんと考え込んでいると、突然バンッと勢いよく扉が開いた。
大きな音にハッと顔を向けると、日華が慌てた様子で駆け寄ってくる。
その後ろには困惑した表情を浮かべる華僑の姿。
「歩、二条、はぁ、はぁ、大変なんだ。その……とりあえず会場へ戻ってきてほしい」
ただ事ではないその様子に、俺たちは急いで会場内へ戻ると、正面に見える舞台を見て固まった。
そこに居たのは、藤グループの会長の姿、そして彼の孫にあたる息子二人の姿。
長男の誠也、隣には某有名企業の娘、金城のお嬢さん。
そして次男天斗の隣には、まごうことなき一条の姿だ。
彼女は落ち着いたデザインドレスを身に着け、丈は短く白い脚がスラリと伸びている。
長い髪はアップにまとめられ、薄く化粧もしていて、いつもより大分大人っぽく映る。
一条らしくないその姿は、誰かに着飾られたのだろうと、すぐに気が付いた。
綺麗だと思う反面、他の男に着飾られた彼女を見て、どす黒い想いが胸にこみ上げる。
どうして一条があそこにいるんだ?
こちらには気が付いていないのだろう、彼女はニッコリと笑みを浮かべると、天斗の腕へと体を預ける。
嫌がっている様子もなく、体を密着させ寄り添う二人の姿は、まるで恋人のようだ。
ど……どうなってるんだ?
一条の相手は……藤グループの次男?
いや、だが一体いつ知り合ったんだ?
いやそれよりもあんなに仲良さそうに……いやいやいや待て、ありえないだろう。
苛立ちと不安、憎悪が胸の中で渦巻いていく。
そんな中ひどい寒気を感じ隣へ視線を向けると、相手の男を殺してしまうのではないかという程の鋭い視線を舞台へと向ける、歩の姿があった。