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あの時の彼

廊下へと出て進んで行くと、会場の裏手だろう所へ入って行く。

機材が置かれた薄暗い通路を進む中、袖幕が目に映ると、マイクの音が耳にとどいた。

しゃがれた男の声に壇上を覗き込んでみると、挨拶をしているのは年配の男性。

よく見てみると、その男は藤グループの会長だった。

驚きに目を見開く中、天斗はこちらへ顔を向けながら立ち止まると、真剣な表情を浮かべ徐に口を開く。


「あの爺の挨拶が終わったら壇上へ上がる。あんたは何もしゃべらず、愛想笑いでも浮かべて頷いてくれるだけでいい」


真っすぐに見つめられる視線に、私はコクリと頷くと、ギュッと回していた腕に力が入る。

何だかわからないけれど……今までの事、それに彼がこれほどまで必死になっている理由を知りたい。


「ありがとうございました。それではご子息様に登場して頂きましょう」


アナウンスが会場に響き渡ると、行くぞ、との言葉に足を踏み出し、私たちは壇上へと進んで行った。


照明が強く暑さを感じる中、私は無理矢理に笑みを浮かべると、深く深く息を吸い込む。

壮大な拍手が響く中、ふと上袖から私たちと同じように歩いてくる人影が現れた。

スーツ姿の男と女の姿。

女性は妖麗な笑みを浮かべ、勝ち誇った様子で私をじっと見据えている。

その顔には見覚えがあった。

あの人……この間のミスコンで優勝した、金城 奈津美さん。

どうしてこんなところに?


知った顔に驚く中、男へ視線を向けてみると、狐目で優し気な笑みを浮かべている。

この男の人も……どこかで見たことがある。

あれ……どこだっけ?

そんな事を考えていると、挨拶していた会長を挟むように私たちは立ち止まった。


天斗の動きを真似るように会場へ体を向けると、スポットライトに目が眩む。

広い会場を埋め尽くすほどの参加者たち。

その視線がこちらに向けられる中、私は伏せる様に視線を下げた。


拍手が鳴りやまない中、マイクが向かいの男へと手渡されると、ゆっくりと拍手が鳴りやんでいく。


「皆さま、この度は私共藤グループのパーティーへご参加頂き、ありがとうございます。先ほど会長より紹介にあずかりました、長男の藤 誠也、こちらが弟の天斗と申します。本日はごゆっくりお楽しみ下さい」


丁寧なその言葉に耳を傾ける中、ふと誠也と視線が絡むと、ハッと記憶がフラッシュバックした。

あの笑みッッ、そうだ!

この人……中等部の時に会ったことがある。

あれは香澄ちゃんと一緒に下校していた時、変な男たちに絡まれて、そこで彼が助けてくれた。

改めてじっと彼を見つめてみると、やはり間違いない。

一見優しそうに見えるが、何とも不敵な笑み……。

あの時と同じようにゾクゾクと背筋に悪寒が走ると、私は慌てて視線を逸らせた。 


挨拶が終わり、会場がまた騒がしくなる中、誠也はマイクを置き、天斗の前へとやってくる。

その姿に会長もこちらへ体を向けると、金城さんと私を値踏みするようにジロジロと見つめてきた。


「ほう、誠也は金城さんとこのお嬢さんか」


「ふふふっ、お久しぶりですわ、会長様」


親し気な様子で、口元に手を当てながら上品に笑う彼女を見つめる中、天斗はグイッと私の腰を引き寄せる。


「でっ、天斗は……なんじゃ、見たことのないお嬢さんだな。あれほどの啖呵を切ったにも関わらず、どこの馬の骨ともわからん女を連れてきたのか。まぁ見目は別嬪じゃがなぁ」


その言葉に目を見開く中、天斗はニヤリと口角を上げると、見せつける様に私を前へと押し出した。


「まったく失礼だな。爺さん知らないのか。彼女はそこにいる金城より数段上の一条家の愛娘、一条彩華だ」


その言葉に会長は目を大きく見開くと、怯える様に後退る。

その姿に金城も先ほどの勝ち誇った笑みを消すと、慌てた様子でペコペコと頭を下げた。


「一条家だと……ッッ、こっ、これは失礼した。申し訳ない」


何、何なのこの茶番は……。

私は言われた通り静かに笑みを浮かべる中、軽く頭を下げると、二人の様子に次第に頬の筋肉が引きつっていく。

そんな中、誠也は彼女の腕を振り払うと、私の前へとやってきた。


「まさか……君を連れて来るなんてビックリだなぁ……ありえない」


ボソリと呟かれた言葉に誠也を覗き込んでみると、彼は静かに笑みを浮かべている。

だが瞳は笑っておらず、薄暗い闇が浮かび上がっていた。

拳を強く握りしめ、何かを必死に抑え込んでいるようだった。


「一条様、初めまして……ではありませんよね。私の事を覚えていますか?」


彼はそう話しながらに手を出すと、握手を求めてくる。

誠也の反応に、天斗は引きはがす様に私の腕を引っ張ると、遮るように前へと進み出た。


「……彩華、兄貴を知っているのか?」


「いえ、知り合いという程では……。以前危ないところを助けて頂いて……その節はありがとうございました」


彼の肩越しに静かに頭を下げると、クスクスと乾いた笑みを耳にとどく。


「いや、こんな形でまた会うとは思っていなかったよ。まさか……天斗のパートナーになっているとは……。だが君のお兄さんはこの事を知らなかったみたいだね」


彼はニッコリ笑みを深めたかと思うと、会場へと顔を向ける。

そんな彼の姿に私も会場へ目を向けてみると、さすが藤グループ大勢のお客さんが集まっていた。

人ごみの中、彼の視線を確かめながら先を目で追っていくと、私はその場に凍り付いた。

そこに映ったのは、怒りに肩を震わせたお兄様の姿、その隣には口を半開きにし唖然とした二条の姿。

そして二人の後ろには、焦った様子の華僑くんと苦笑いを浮かべる日華先輩の姿。

その姿に騒がしいはずの音が消え、静けさが訪れると、息をすることも忘れ私は彼らをじっと見つめていた。

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