最後の約束
そうして日曜日、三度目のドライブは彼と隣町へと向かった。
いつもと同様に会う前に変装し、ショッピングモールに入ったり、ファミレスへ行ったりと、拍子抜けするほど何もない。
本当に彼の目的は一体何なのだろうか。
一条家としての私を利用しているわけじゃない?
だって利用するつもりなら変装なんてさせないだろうし。
でもそれなら私が一条家だと知った彼のあの反応と辻褄が合わないんだよね。
(一条 彩華が必要……か)
様々な疑問が脳裏をかすめる中、何事もなくドライブが終わり着替えを済ませると、マンション前へ戻ってくる。
けれど車が停車した場所はいつもとは違う場所。
どうしたのかと天斗へ顔を向けると、彼はシートベルトを外し、私の方へ近づいてきた。
そのまま助手席の隙間へ手を伸ばすと、ガタンッと座席が後ろへと倒される。
突然の事に、何が起こったのかわからぬまま茫然としていると、彼の顔が間近に迫った。
「へぇっ、ちょっ……!?お子様には興味ないんでしょ!?」
慌てて彼の胸の押し返す中、天斗はシッと口元へ指先を当てると、チラリッと窓の外へ視線を向ける。
「バカ、何もしねぇから、静かにしてろ。あんたは今一条彩華の姿、見られるとまずいんだ」
見られるとまずい……一条彩華の姿を?
もしかしてお兄様……?
いえ、今日は夜遅くまで返ってこないはず。
早くなったとしても、戻るには早すぎる。
なら誰がいるのかしら?
気になりそっと体を起こそうとすると、彼は押さえつけるように手首を掴んだ。
「お前本当に良い度胸してるよな。このままあんたを組み敷いてもいいだぜ」
天斗はそのまま首筋へ顔を寄せると、柔らかい唇が肌に触れた。
「ひゃぁッ」
「前付けたキスマークはもう消えたんだな。またつけてやろうか?」
かかる彼の吐息に、あの時の記憶が鮮明に蘇ると、私は身構えるように思わず瞳を閉じた。
「チッ……そんなに怯えんな。何もされたくないなら、大人しくしてろ」
彼は乱暴に頭をクシャクシャとかき乱すと、私から体を離していく。
私は恐る恐るに目を開けてみると、不機嫌な表情を浮かべた彼と視線が絡んだ。
どれぐらいそうしていたのだろう……身動きが取れない中、柑橘系の香りが鼻孔を擽る。
彼は窓の外を何度も窺う中、大きく息を吐き出したかと思うと、捕らえていた腕の力が緩んだ。
「はぁ……よし、もう大丈夫だ。……悪かったな」
天斗はバツの悪そうな表情を見せると、体を起こし車を降りる。
そのままこちら側へ回り込み、ゆっくり助手席の扉が開くと、私は戸惑いながらに外へと出た。
「あっ……ありがとう」
何とも気まずい空気が流れる中、私は逃げるようにその場から離れようとした刹那、引き留めるように彼の腕が伸びてくる。
「待て、12月24日あんたを迎えに行く。それで最後だ。終わればちゃんと写真は削除するよ、約束だ」
「えっ……!?迎えに?今度はどこへ行けばいいの、ってちょっと!?」
彼は私の質問に答えることなく、すぐさま車へ乗り込むと、その場から走り去っていった。
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おまけ:その頃香澄は……(香澄視点)
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お兄様にちゃんと言っておかないとね。
全く私が言わないと、永遠にお姉様を誘えないでしょうし。
お兄様の家へ向かう途中、マンション近くへやってくると、窓の外に見覚えのある姿が目に飛び込んだ。
あれ……どうして……ッッ。
「ちょっと車を止めて」
私の合図で車が止まると、人通りの少ない道路に紛れもない彩華お姉様の姿が目に映る。
やっぱりお姉様だわ、あんなところで、何をしてるのかしら……?
スモークの張られた窓を少し開け、目を凝らしてみると、どうやら誰かと一緒のようだ。
相手の存在を確認する為、車に装備してある双眼鏡を取り出すと、覗いてみる。
横顔だしか確認できないが、そこには顔立ちの整った、きっとお姉様より年上だろう男の姿が目に映る。
見たことない男だが、彼はお姉様を引き留めるように腕を掴み、なんだか深刻な様子で話していた。
はっきりと顔を確認しようと身を乗り出す中、お姉様から離れたかと思うと、あっという間に車へ戻り、走り去っていく。
お姉様はその場から動かず、じっと車を見つめる姿に、私はすぐに車を走らせると、お兄様の元へと急いだ。