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言えない言葉(華僑視点)

とある日の夕刻、授業が終わり生徒たちが下校していく中、僕は一人教室に残ったまま、夕日が差し込む校庭を眺めていた。

秋も深まり並ぶ銀杏の木が黄色に染まる様に、夕日の光と重なるとキラキラと美しく輝いている。


色なき風が木の葉を巻き上げる様をぼうっと眺めていると、渡り廊下に見知った姿が目に映った。

長い黒髪がゆるりと揺れ、他の学生とは明らかに違う洗礼された美しい佇み。

手には参考書だろうか……数冊の本を片手に職員室の方へ歩いていく。

その姿に魅入る中、すれ違う生徒達も彼女の姿に振り返る様子が目に映った。


彼女の姿を久しぶりに見た気がする。

文化祭が終わってから、中間テストが始まったりと忙しく、一条さんと話す機会がなかった。

それになぜか最近の彼女はどこかソワソワしいて、授業が終わるとすぐに帰ってしまう。

クラスも別で一緒に行動する事もない。

入学当初僕たちのせいで彼女に迷惑をかけてしまった事もあり、学園では気軽に会うことは出来ない。

家に帰ってしまえば、歩さんという鉄壁の壁が存在する。

テストも終わり落ち着いた今……出来るだけ早くあの日の言葉を訂正しないと。


僕が二条君を好きだと……。

そんなはずがない。

僕が好きなのは……一条さん、あなたです。

だけどこの気持ちは封印したはずだった。

だって友人の好きな相手なんだ、後からきた僕が二人の間に入る余地はない。

そうわかっているから。


二条君は僕とは違って何でも出来て、僕みたいな奴にも優しくしてくれて。

家とかそういったのも関係なく、友人として傍に居てくれる良い人なんだ。

二人の笑いあう姿を見ると、お似合いだなぁ、といつも思っています。


なのに……なのに……ッッ

なかなかはっきりしない彼女の姿に、つい本音が出てしまった。

胸の奥深くに閉じ込めていた想い。

言葉にする気なんてなかった。

時がたてばこの想いも風化していくと……。

だけど僕はあの時……もう少しで言ってしまうところでした。


歩さんが来てくれて本当に良かった。

危うく間違った事を口にするところだった。

僕が好きなのはあなたですと、これを言葉にして良いことなんて一つもない。

それはあの日……中等部の卒業式の日に思ったんだ。


中等部頃、まだ僕は一条さんへ対する気持ちにまだ気づいていなかった。

一条さんに二条君と過ごす日々が楽しくて、二人に恥じない自分になるために、必死だった。

この穏やかで幸せな関係がずっと続けばいい、そう純粋に思っていたんです。


だけどあの日の卒業式で、知らない女子生徒たちに囲まれて……告白されたりネクタイやボタンを奪われて……。

でもなぜか第二ボタンだけは死守していたんです。

二条君がそうしていたから……いえあれは無意識だった。

群がる彼女たちに奪われないように、引きちぎった第二ボタンをポケットの中で握りしめて。

それをどうするかなんて何も考えてなかった。

只第二ボタンを彼女たちに奪われたくない、その思ったんです。

なら誰になら奪われてもいいのだろうか……そう考えた時に、頭の中に浮かんだのは一条さんの笑った姿だった。


引っ込み思案な僕を見つけてくれて、眩しい世界を見せてくれた彼女。

彼女に声を掛けられて、その日から見る物全てが輝いて見えるようになった。

僕に自信を与えてくれて、新しい世界へ連れてきてくれた。

だけど二条君が彼女の事を好きだという事は、最初から気が付いていました。

だから二人が婚約者になることを、ずっと望んでいたはずだった。

なのにいつからだろう……それを望めなくなった自分がいた。


なぜか二人の姿にモヤモヤしたり、どす黒い感情が渦巻いたり。

だけどその理由はずっとわからなかった。

でもあの日、二条君が一条さんにボタンを渡す姿を見て、僕も第二ボタンを彼女に受け取ってもらいたい、その想いが胸にストンッと落ちてきたんです。


そこで初めて僕は彼女が好きなのだと自覚した。


でも僕は第二ボタンを渡さなかった。

だって彼女は二条君がずっと思い続けていた人。

二条君と一条さん、僕はどっちも大事だから。

二条君から奪ってまで、彼女を欲しいとは思わない。

いえ……僕なんかが……二条君に勝てるはずありませんね。


でももしこの気持ちを言葉にしたら、二条君は僕に気を使うようになるかもしれない。

いつも真っすぐに彼女を見ていた二条君が……そんな彼を望んでいない。

それに一条さんも優しすぎるから……言葉にしても困らせてしまうだけ。

そう自分に言い聞かせたはずだった。

この気持ちは一生僕の中で閉じ込めるんだと……。

いつかこの苦い気持ちが消えると信じて……。

僕はズキッと痛んだ胸を握りしめ顔を上げると、彼女の姿は渡り廊下から消えていた。


大丈夫、いつの日か必ずその時はやってくるんです。

二人の寄り添う姿に笑って祝う事が出来るように……想いを奥底へ蓋をする。

けれども僕が二条君をそういった意味で好きだと思われるのは、色々と困りますね。

どうやって訂正しましょうか。

好きな人はいないと訂正するべきか……もしくは二条君ではない別の人を好きなのだと誤魔化すか……。

ですが話の流れ的に……難しい気もします……。

どうするべきか頭を抱える中、僕はそっと窓から離れると、机に置いていたカバンを持ち上げた。

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