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二度目の呼び出し

あの後お兄様は何も尋ねてこなかった。

部屋に入って引きこもってふて寝していたから、聞けなかっただけかもしれないけれど。

しかし翌日、そのまた翌日になっても、聞いてくる気配はない。

まぁ……お兄様の追及が怖くて、避け続けているのが理由の一つかもしれない。

そうしてお兄様とはギクシャクしたままに、ひと月経過した頃……天斗からまた連絡が入ると、私はお兄様にばれないようこっそり家を出ていった。


今回は水族館。

昔、おねだりして家族で水族館に行った事があるんだけど……その時に水族館を一日貸切ったんだよね。

あれには正直目が点になった。

休日の水族館、何もしなくてもお客さんが入ってくるのに……一体いくら払ったのか……想像するだけで恐ろしい。

その時一条家という名を持つ私が、わがままを言ってはいけないのだと実感したんだよね。

本当は遊園地にも行きたい。

でもそれを言えば……また貸切るかもしれない。そう思うと怖いんだ。


休日の水族館、もちろん入口は人で溢れている。

行列に並び、ようやく水族館の中へ入ると、そこには真っ青な世界が広がっていた。

ガラス越しに、キラキラと銀色に光る小魚が群れをなして回遊していく。

幻想的なその様に目を奪われる中、天斗は疲れた様子で深く息を吐き出した。


「まさか行列に並ばされるとは思わなかったな。はぁ……あんたの家なら貸切るぐらい余裕だろう」


「いいの。私は普通に水族館を楽しみたいだけだもの」


その言葉に彼はバカにするような笑みを見せる中、彼を放置したままに歩き始めると、人ごみに紛れながらに通路を進んで行く。

そうして大きな水槽の前で立ち止まると、天斗が隣へと並んだ。


「あんたの選ぶところは、庶民的な場所ばかりだな。肩書のない一般市民にでも憧れているのか。だから婚約者も作ってないのか?」


「……そんなんじゃないわ。私は一条家に生まれた事を誇りに思っているもの。だからこそ……一条家に恥じない自分で居たい。それだけよ」


大きなサメが目の前を通り過ぎていく中、水槽の向こう側に立花さくらの姿が薄っすらと浮かび上がる。

映し出された彼女の笑みはひどく残酷で、真っ赤な瞳で私をあざ笑っていた。

婚約者を作れば……否応なしに乙女ゲームの世界へ巻き込まれてしまうだろう。

学園を変えても、攻略対象者や立花さくらは追いかけてきた。

そして海の家での出来事も……。

ゲームはまだ続いている。

憎しみに心が囚われてしまわぬよう、私は……。


小さな闇が胸に浮かび上がる中、ふと女性の叫び声が耳に届いた。


「きゃぁっ、ひったくり!!!」


悲鳴に顔を向けると、そこには女性物のカバンを片手に人を押しのけこちらへ向かってくる男の姿。

私は反射的に足を前に踏み出すと、男の前に立ちはだかる。


「おいッッ!」


天斗の引き止める声が聞こえたが……私はまっすぐに男を見据えると、腕をしめる。

私の姿に男は懐からナイフを取り出すと、辺りから悲鳴が上がった。


「退け!!!!!!!」


男の怒鳴り声に私は床を強く蹴り上げると、男の手に狙いを定め、回し蹴りをお見舞いする。

ナイフが吹っ飛び、男は腕を押さえながらにその場に座り込むと、私は男の腕を捕らえ締め上げた。

そのまま男の体を床へ押さえつける中、後ろからバタバタと走ってくる音が耳にとどくと、先ほど悲鳴を上げた女性と、警備員だろう男たちがこちらへ駆けつけてくる。


「あの……ありがとうございます」


女性は震えながらにカバンを拾い上げると、オロオロとしながらに私へ視線をむける。


「君大丈夫かい?」


「後は私達にまかせて」


その指示に私は男から手を離すと、警備員へと男を引き渡した。


「あの、何かお礼を……ッッ」


女性の言葉に大丈夫です、と首を横に振って応対していると、天斗が私を女性から引き離す様に腕を引っ張った。


「悪いな、急いでるんだ」


天斗は女性の話を遮るように言葉をかぶせると、私の腕を強く引きながらに走り出す。

その様子に私も慌てて足を動かすと、水族館の出口へと向かって行った。


そうして人気のない場所までやってくると、捕まれていた腕に力が入る。


「お前なんで飛び出したんだ?お嬢様だろう?はぁ……ナイフを持った相手に、怪我でもしたらどうするんだ!」


天斗は眉を吊り上げながらに怒鳴ると、その勢いに私はビクッと肩を跳ねさせた。


「えっと、その……あの……ごめんなさい」


彼の様子を覗いながらに謝罪をすると、頭上から深いため息が耳にとどいた。


「はぁ……、一条家のあんたが怪我をするのと、一般市民が怪我をするのとは訳が違う。あんたもわかるだろう?」


天斗のその言葉に私はすぐさま顔を上げると、真っすぐに彼を見上げてみせる。


「そんなことないわ!私は確かに一条家の人間だけれど……どんな人であれ困っている人を見れば助けるわ。そこに家柄なんて関係ない。そりゃ……少し騒ぎが大きくなるかもしれないけれど、そこはちゃんと上手くやるもの」


まぁ……出来ない事もあるけどね。

さっきのも確実にナイフを落とす自信があったから……。

あのまま放置していれば、男は逃げ延びる為に近くに居た人に危害を加えていたかもしれない。


「お前……ほんと変な女だな……」


ぼそりと呟かれた言葉に顔をあげると、彼はなぜか複雑な表情を浮かべていた。

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