不自然な妹(歩視点)
父の仕事を手伝う中、一息ついた頃、スマホを取り出すと、メイドから着信が残っていた。
会社の外へ移動し、すぐにかけなおしてみると、ワンコールが鳴り終わらないうちにガチャッと音が響く。
「歩様、お仕事中申し訳ございません。彩華様からご連絡があったかと思いますが……念のためご報告致します。一時間程前に彩華様がお出かけになりました」
「彩華が?連絡はきていないが、どこへ行ったんだ?」
「あら、そうでしたか。駅とおっしゃっておりましたわ。歩いていきたいとおっしゃったので、車は出さず護衛をつけておきました」
「わかった。連絡をありがとう」
彩華が一人で出かけるなんて珍しいな。
僕は電源ボタンを押すと、発信履歴から彩華についているであろう護衛へとコールを鳴らす。
プルプルプルとコール音が響く中、トントントンと指先で机をたたいた。
北条から何も聞いていない。
二条と華僑は昨晩から実家の屋敷へ戻っているはずだ。
亮は弟の定期健診の付き添いで病院。
なら二条妹か……。
全くあの女は余計な事しかしないな。
文化祭の日、彼女が攫われた事実を知らないとはいえ、このタイミングで外へ彩華を連れ出すなんて、二条に念押しで言っておかないとだな。
「……ッッ、はい、歩様どうされましたか?」
「彩華はどこへ向かっている?」
「……ッッ、それが……申し訳ございません。見失ってしまいました……」
「見失っただと……?」
護衛の言葉に眉間に皺を寄せると、苛立ちに自然と声が低くなる。
「本当に申し訳ございません。彩華様は駅の前で誰かを待っている様子で……。そこで誰かと電話した後、公衆トイレに入りそこから見失ってっしまいました。今捜索中です」
「どういうことだ?」
「いえ、あの、数十分公衆トイレから出て来ず不審に思い、中の様子を見に行った時には、誰の姿もありませんでした。公衆トイレには人が通れるような窓はなく、想像するに……変装されて出て行ったかと思われます」
彩華がわざわざ変装して護衛をまいたのか?
何のために?
「スマホを持っているのなら、すぐに位置情報を確認できるだろう?」
「いえ、それが……彩華様はスマホを二台お持ちになられているようで……。位置情報は家の中でとまっております」
別のスマホを……?
未成年の彩華には一人で契約なんて出来るはずがない。
父も母も最近彩華と出かけていないはずだ。
なら一体どうやってスマホを手に入れたんだ?
考えられるのは誰かにもらったか……?
だが誰に?
胸の奥からどす黒い感情が込み上げると、手にしていたスマホがミシッと音をたてた。
僕は父に頼み早めに家に帰ると、彩華はまだ帰ってきてはいなかった。
不安にエレベータでマンションの一階へ降りると、ガラス扉の向こう側に彩華の姿が小さく映る。
その姿はいつもの彩華の服装で……あれなら見失うはずはない。
ならまたどこかで着替えてきたのか……?
僕は彩華の行く手を阻むように佇むと、彼女は狼狽した様子で困ったように目を泳がせている。
その姿に彼女に詰め寄ると、微かに柑橘系の香りが鼻孔を擽った、
香水か……彩華はこういった物を持っていない。
なら誰かの匂いが彩華に……?
そう考えると、激しい怒りがこみあげてくる。
しかし怖がらせると余計に何も話さなくなってしまうだろう。
だから何とか笑みを貼り付けたままに問いかけてみるが、彩華は答えようとしない。
そんな彼女の様子に、無理矢理に腕の中へ閉じ込めると、不快な香りが強くなった。
あまりの苛立ちにポロリと本音が零れ落ちると、彼女は僕を突き飛ばしそのままエレベーターへと駆けていく。
そうして彼女の姿が消えると、僕はやってしまったとその場で頭を抱えた。
彩華は一体何を隠しているのか。
誰とどこへ行っていたのか。
彩華に変な虫をつけるわけにはいかない。
彼女は……誰よりも大事な女性だから。
そう自分に言い聞かせるな中、その晩僕はコッソリ彩華の部屋へ忍び込むと、スヤスヤと寝息を立てる彼女の傍に静かに佇んだ。
部屋を見渡す限りどこにもない。
僕は悪いと思いながらも、そっとカバンを持ち上げると、底に緑色の小さな光が浮かんでいた。
音をたてぬよう慎重に手を伸ばすと、それは僕の渡したスマホではない別のスマホだ。
電源ボタンを押し開いてみると、着信履歴には非通知の文字が並んでいる。
何かないかと色々と開いてみるが……手掛かりになりそうな物は見つからなかった。
そのままスマホを持ち部屋を出ると、僕は自分のスマホを取り出し電話をかけた。
「おつかれさまです、一条様。夜分遅くにどうされましたか?」
「至急調べてほしい事がある。今からこちらへ来られるか?」
はい、との返事に僕はスマホを片付けると、手にしていたスマホへと目を向ける。
誰かがこのスマホを彩華に渡し、護衛を巻き彼女を連れ出した。
彩華は何に巻き込まれているんだ。
不安と苛立ちが込み上げる中、僕はリビングへ戻ると、彼の到着をじっと待っていた。