逸る気持ち
小さくなるその姿を眺める中、花蓮が私の傍へ走ってくると、ギュッと強く抱きしめる。
「彩華様ごめんなさい……私……うぅ……ッッ」
「花蓮さんが謝ることじゃないわ。彼らの狙いは私だったみたいだし……巻き込んでしまって本当にごめんなさい。何もされていないかしら……?」
「はい、私は大丈夫ですわ……ッッ彩華様は?」
「大丈夫、何もされていないわ」
取引との言葉が脳裏で反芻する中、私はギュッと花蓮を抱きしめると、学園の方からチャイムの音が響き渡った。
まずい、早く戻らなきゃ……今何時だろう。
「彩華様、学園へ行きましょう。皆さん心配されてますわ」
「待って花蓮さん、その前に……今日の事は二人だけの秘密にしてほしいの。……今回解放された事には、色々と事情があるのよ。だから彼らを探す必要もないわ。私は大丈夫。今日の出来事は全てなかった事にしましょう」
「彩華様……」
花蓮は悲し気に瞳を揺らすと、何も聞くことなく素直に頷いてみせる。
「わかりました。実は捕らえられている間に、一条様へメッセージを送らされましたの。彩華様の体調が悪いので遅れると書きましたわ」
「わかったわ。なら休憩していたって事にしましょう。……花蓮さん本当に巻き込んでしまってごめんなさい」
「いえ……それよりも彩華様は本当に大丈夫でしたの?あの……いえ何でもありませんわ」
言葉を詰まらせる彼女の様子に違和感を感じるが、私は何も問いかけることなく走り出すと、学園へと駆けて行った。
そうして学園へ到着すると、校庭には昨日よりも人が集まっていた。
そんな中、どこからかマイクの声が響き渡ると立ち止まり辺りをグルリと見渡す。
「さぁ皆さん、ミスコンは楽しんでおりますかー?続いては~2年E組~」
2年E組……確か3年生から順番に呼ばれるはず。
そろそろ一年が名を呼ばれるわ、急がなきゃ。
「花蓮さん、私は先にミスコン会場へ行くわ。みんなに戻ったと伝えてもらえるかしら?」
コクリと頷く彼女の姿に、私は人の波をかき分けながら、ミスコン会場へ走っていくと、そのまま舞台裏へと回り込む。
騒がしい声が響く中、生徒たちが待機しているだろう場所へ足を進めていくと、そこに立花さくらの姿が現れた。
「彩華!?ちょっと、あなた何をしていたの?遅れるなんて信じられない」
彼女は私の顔を見るなりそう叫ぶと、私は大きく肩を跳ねさせた。
「ごっ、ごめんなさい。でもちゃんと間に合ったわ。だから二人には何もしないで……」
そう必死に訴えかけると、彼女は苛立った様子でこちらを強く睨みつける。
「わかったわよ。でも次はないわよ。今度私の命令に逆らうようなら、容赦しないわ」
彼女はそう言い放つと、ドレスを持ち上げながら舞台へと進んで行った。
その様子にドッと疲れが押し寄せると、私は傍にある壁へともたれかかる。
よかった……彼女の次が私の番だったはず。
服は……もうこのままでいいかな。
色々とありすぎて疲れちゃった……。
私はその場で一息つくと、舞台から名前を呼ばれるのをじっと待っていた。
そうしてミスコンが無事に終了すると、校庭へ集まっていた人たちが校舎の中へと進んで行く。
ミスコンの結果発表は15時に行われるらしい。
順位は生徒たちの投票により決定する。
参加者の中で気に入った生徒の名を書き投票するようだ。
まぁ……もうどうでもいいかなぁ。
無事にミスコンが終わり、私は逃げるようにその場から離れると、裏庭へとやってきていた。
ここは出店もないので、生徒たちの姿はない。
手入れされた花壇を横切り、少し広い場所へやってくると、私は芝生の上へ座り込んだ。
そっとカバンの中から先ほどもらったスマホを取り出すと、徐に電源を入れてみる。
パッと液晶が光り、画面が点滅すると、待ち受けが開かれていった。
私は電話帳のボタンを押してみると、そこには何も登録はされていない。
メールもファイルの中も確認してみるが、何もないようだ。
何の手がかりもない事に、ため息を吐く中、私はそっとカバンへスマホを戻すと、澄んだ空を見上げた。
まさか……ミスコンへの出場を阻止されるとは考えていなかったな。
こんなイベントあったっけ……?
私は必死に前世の記憶を想い越してみると、ゲーム画面を思い浮かべる。
ミスコン、ミスコンと頭の中で唱えていると、ふと大和撫子杯との言葉が浮かび上がった。
そうだ、ミスコンじゃないけど、似たようなイベントがあったはず。
確か……一条彩華も出場して……そうだヒロインも確か出場したはず。
それで……あっ、私が誰かを利用して……ヒロインを監禁したような……。
あれもしかしてこれって……何かのイベントだった?
ならあの男もゲームに関わっているのかな。
いや……まさかね。
私はヒロインじゃないし、たまたまただよね。
そう一人納得する中、後ろから足音が耳にとどくと、徐に振り返る。
「彩華、大丈夫なのか?」
「お兄様、心配をかけてごめんなさい。少し体調を崩してしまって……。でももう大丈夫。少し休憩したら治ったわ」
お兄様は座り込む私の体を包みこむと、その腕は微かに震えていた。
「本当に……大丈夫なのかい?」
「うん、大丈夫。ほら、元気でしょ?」
お兄様は首筋を見つめたままに動きを止めると、抱きしめる腕が強くなった。
そんなお兄様の様子に、私は彼の顔を覗き込むと、元気だとアピールするようにニッコリと笑みを浮かべて見せた。