不穏なメッセージ(歩視点)
文化祭二日目、僕は彩華よりも先に家を出ると、学園に来ていた。
今日はミスコン当日、昨日よりも来客数も増え忙しくなるだろう。
それよりも……なぜ彩華はミスコンに参加したがるのか。
ああいった目立つ行事は、苦手なはずなんだけどね。
生徒会室で一人、他の生徒たちは早々に現場へ出払っている。
僕は机に並べられたプリントを一枚手に取ると、今日の予定を改めて確認していった。
始業すぐ、9時からミスコンが開催され、午後から3年の劇やミュージカル等が体育館で行われる。
僕は生徒会の仕事が忙しいと理由をつけて、劇には参加しない。
コチコチと時計の針が進んで行く中、ふと顔を上げると、すでに8時45分を回っていた。
窓の外を眺めてみると、生徒たちが慌ただしく中庭を走っている。
そろそろミスコンが始まるな。
僕も彩華の姿を見に行こうと窓から離れた刹那、バンッと勢いよく扉が開いた。
「歩さん、一条を知りませんか?」
「どうした二条、花蓮と登校したはずだが」
「それがまだ二人とも登校していないみたいで、今探してるんですよ」
来ていない……どういうことだ。
僕はスマホを取り出すと、彩華に電話をかけてみるが……電源が入っていないようだ。
北条と書かれた名をタッチすると、こちらは繋がるが反応はない。
僕は画面を切り替えると、彩華専属の運転手へと電話かけた。
「おはようございます、一条様。どうされましたか?」
「今日彩華と花蓮を送迎したか?」
「はい、いつもと同じ時間に。学園から少し離れた場所で下ろしましたが……」
「彩華が学園にまだ来ていない。直ちに彩華のスマホの位置を特定しろ」
「……ッッ、わかりました、すぐに確認いたします」
プチッと電源ボタンを押すと、僕は深く息を吐き出した。
「歩さん、何かわかりましたか?」
「運転手はいつもと同じ時間に彩華を送迎している。なら登校途中何かあったのかもしれない。立花さくらは登校しているのか?」
「はい、あいつはもうミスコンの準備を始めてました」
「立花さくらへ会いに行く」
僕はそのまま廊下を駆け出していくと、二条を連れミスコン会場へと向かって行った。
あの女……また彩華に何かしたのか。
夏の一件以来、彩華のスマホは電源が入っていなくても、位置情報がわかるよう改造してある。
やりすぎだと自分でもわかってはいるが……あんな思いはもう二度としたくない……。
それに今は立花さくらという正体不明の敵がいる。
これぐらいしておかないと彼女を守る事なんて出来ないだろう。
僕は控室へとやってくると、人はまばらだった。
中へ目を向けると、立花さくら一人。
開始はもうすぐだというのに、控室に残っているのは彼女だけだった。
着替えはもう済ませているようで、花堂が用意したのだろうか……一般人には到底手の届かないだろう、高級ブランドのドレスを身に着けている。
そんな彼女は控室の中、ブツブツと行ったり来たり、時計を気にしながらにそわそわとしていた。
「あれ……もうすぐミスコンが始まっちゃうのに……。うーん、なんで来ないの?彩華をミスコンに参加させたし、彩華の変わりになりそうなライバル女も出てきた……。決められたイベントはちゃんと発生させた。完璧でしょ。なのにどうして?うーん、彩華が闇落ちしなかった事が原因かな。いやでも……このイベントには、そこまで関係ないはずなんだけど……」
なぜまだここにいるのか?
そんな疑問を抱くが……僕は控室の扉をノックもせずに開けると、立花さくらの前で立ち止まり、怒りのままに睨みつけた。
「立花さくら、彩華に何をした」
「へぇ、一条先輩!?突然何なんですか?知りませんよ。彩華ちゃんがどうしたんですか?まさか来てないの?そういえば……朝から見ていないかも……。嘘でしょ……困るんだけど……」
「困る?どうしてだ。彩華に負けるのが嫌で、ミスコンに参加させないようにしたんじゃないのか?」
「はぁ!?違いますよ。私は彩華ちゃんにミスコンに参加してもらわないと困るんです。それにあんな女に負けないし。ってそれよりも……だからいくら待っても私は連れ去られないのね。あぁもう、なんであの女は想定外の事ばかり仕出かすのよ」
ブツブツと意味の分からない事を呟く立花の様子に苛立つ中、僕は彼女の肩を強く掴むと無理矢理に視線をあわさせる。
「彩華に何をした。さっさと言え」
「だから知らないって言ってるでしょ。だって私が彩華ちゃんをミスコンに誘ったのよ。なのになんで参加させないようにしないといけないのよ!」
「お前が彩華をミスコンに……?」
彩華はこいつに誘われたから断る事をやめたのか……?
「えぇそうよ。絶対参加してほしいと約束したの。だから私は知らない。寧ろなんとしてでも探し出さないと……このままだとイベントが発生しないわ」
イベントとの言葉に眉を顰める中、立花さくらは焦った様子でスマホを取り出すと、どこかへ電話をかけ始める。
そんな彼女を探るようにじっと睨みつけていると、スマホがブルブルと振動した。
彩華か、そう慌てて画面を確認すると、そこには一件のメッセージが届いていた。
彩華ではなく北条と書かれた文字をタップすると、メッセージが開かれる。
【連絡が遅くなってしまいごめんなさい。体調が悪くなってしまったので、彩華様と病院へ寄ってから向かいますわ。ですがミスコンは間に合わないかもしれません】
そのメッセージに僕はすぐに北条へ連絡してみるが……すでに電源が切られていた。
体調が悪くなった……北条から彩華についての報告は電話のみと決めている。
なのにそれをしないのは、出来ないという事だ。
一体何が起こっているんだ?
この女の様子……彼女が仕組んだことじゃないとすれば……誰が?
様々な疑問が思い浮かぶ中、スマホの着信音が響くと、僕はすぐに耳へあてた。
「彩華の居場所はわかったのか?」
「いえ、それが……スマホは川に落ちておりました。川は浅く周辺を捜索しましたが見つかりません。川に彩華様のカバンがなかったところから推測するに……スマホだけを投げ捨てられたのかと……」
「ならすぐに北条のスマホの位置を特定しろ」
「わかりました。ですが……彼女の持っているスマホは普通の物です。電源を切られてしまえば特定はできません」
くそっ、北条にも持たせておくべきだったか……。
怒りにスマホを強く握りしめると、ミシッと鈍い音が響く。
「歩さん、俺は華僑と一条の登校経路を確認してきます。何かわかったら連絡下さい」
走り去っていく二条の背を眺めていると、始業のチャイムが辺りに響き渡った。