傷だらけの彼女(二条視点)
文化祭が迫る中、俺はずっと立花さくらという女を見張っていた。
この女が一条に近づかないように。
歩さんからこの女の事は全て聞いている。
一条を陥れようとしていた根源、そしてあの別荘の件。
あいつは只の女じゃない。
なぜか一条に固執している危険な奴だ。
彼女がこの学園へ転入してくると決まって、歩さんは何とか阻止しようと動いていた。
普通なら一条家の力があれば、転入することも止められる。
だけどあの女はそれ見越してなのか……同じ一族の花堂を使って転入してきた。
花堂家は分家ではあるが、そこそこに力が強い。
跡取り息子である彼を簡単にないがしろには出来ない。
だから今日も俺は立花さくらの動向をじっと見張っていた。
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別荘での最終日、彼女は歩さんに抱きかかえられて戻ってきた。
彼女の体には歩さんの上着がかけられ、腕が力なく垂れさがっている。
顔色は青ざめ、頬にはいくつもの擦り傷があり、血が固まっていた。
「一条!?……ッッ、歩さん何があったんですか?」
「退け」
今にも人を殺してしまいそうなほどの殺気に、俺は慌てて道を開けると、歩さんそのまま真っすぐに進んで行く。
そんな歩さんの傍に日華が焦った様子で駆け寄ると、彼女へと手を伸ばした。
「彩華ちゃん、彩華ちゃん、聞こえるかな?はぁ……ひどい傷はないようだけれど、息が浅い……。歩、父に連絡して病室は用意してある。すぐに向かおう」
日華はスマホを耳に当てると、車を手配したのだろう……、ヘッドライトの明かりが俺たちを照らしていく。
彼女を抱いたままに歩は車への乗り込むと、アクセル全開で、あっという間にその場から消え去って行った。
あまりの事に茫然とする中、後ろからパタパタとこちらに近づいてくる足音が耳にとどいた。
「二条君~、彩華ちゃん大丈夫かなぁ……?」
その声に振り返ると、悲しそうに瞳を潤ませた立花が、俺の前で立ち止まった。
「立花、どうしてここに……、いや、何があったんだ?」
「えーと、あの……私も良く分からないんだけど……。この辺りを散歩していたらね、一条先輩に出会ったの……。それで彩華ちゃんが居なくなったって聞いてね、一緒に森の中を探していたんだけど……。そしたら立ち入り禁止って書かれた洞窟から彩華ちゃんと奏太君が出てきたの。すぐに駆け付けたんだけど、彩華ちゃんそこで気を失っちゃってね……」
不安気に話す彼女の言葉に耳を傾ける中、俺は狼狽していた。
奏太と洞窟に?
立ち入り禁止区域そんなものあったのか?
いや、それよりもなぜ入ったんだ?
肝試しのルートは二人よりも先に歩いたが、そんな場所はどこにもなかった。
ならコースを外れたのか……?
いや、コースは一本道だ、外れる事の方が難しいだろう。
立花は泣きそうに瞳を潤ませる中、ガサガサとの音に、俺は徐に後ろを振り返ると、林の入り口辺りに傷だらけの北条が立ち尽くしていた。
その姿に慌てて駆け寄ると、奏太は悄然とした様子で地面をじっと見つめている。
「おぃ、北条何があったんだ?」
奏太の姿をよく見ると、体中あちこちすり傷だらけで、額からは血が流れていた。
「俺のせいなんです。俺が彩華さんを……俺が悪いんです……ごめんなさい」
ボソボソと奏太は力なく答えると、絶望するように頭を抱えた。
「一条に何があった。話せ」
ただならぬ様子に奏太の肩を掴むと、詰め寄った。
「俺が……彩華さんを襲って傷つけました」
奏太は徐に腕を持ち上げると、その手には土で汚れたボロボロの布が握りしめられている。
土で汚れた布を目を凝らしてよく見てみると、今日一条が着ていた服と同じ柄。
俺はカッと頭に血が上ると、刀の胸倉を掴み、腕を大きく振りあげる。
「お前……ッッ、なんでそんな事を!!!」
そのまま腕を振り下ろした瞬間、その手が後ろから掴まれると、動くことが出来ない。
「離せ!!!」
「二条落ち着け。奏太くん、中でゆっくり話を聞かせてくれるかな」
落ち着いたその声に振り返ると、日華の瞳には怒りの炎が燃えていた。
「それと立花さん、君も一緒に来てくれるかな?」
日華は口元に笑みを浮かべると、一人離れた場所で佇んでいた彼女へ顔を向ける。
彼女はニッコリと笑みを浮かべたかと思うと、俺たちから離れるようにジリジリと後退った。
「ごめんなさい~、私もう帰らなきゃ」
彼女はそう答えると、手を振りながら、闇の中へと消え去って行った。
華僑が追いかけようと駆けだした刹那、日華はそれを制しすると、軽く首を横に振った。
「彼女の事はいい、歩に任せよう」
華僑は納得できない様子を見せるが、追うのをやめると、奏太を連れて別荘へと戻って行った。