文化祭に向けて
立花さくらがこの学園へ転校してきて、あっという間に一週間が経過していた。
学園内は文化祭に浮足立っていく中、私はというと……浮かない気持ちで茫然と窓の外を見つめながらに、深いため息をつく。
コスプレだの、メイド喫茶だの、楽しそうな話題が飛び交う中、気分はどんどん沈んでいった。
はぁ……、楽しみだった文化祭がこんな事になるなんて……。
あの日彼女……立花さくらと話して、改めて彼女の恐ろしさを実感した。
自分が中心で、世界が回っていると考えているのだろうか。
不要な人間を排除し、目的の為なら本当に手段を選ばない。
そんな危うさを……。
あの日以来、彼女とは話していない。
クラスが違うのもあるが……彼女は転校初日からなぜか人気者となっていた。
立花さくらの周りにはいつも人が集まり、近づける気がしない。
これもヒロインの力だろうか……。
はぁ……せっかく転生して初めての文化祭、楽しみたかったんだけどな……。
それよりも……私をわざわざミスコンに参加させて……何が狙い何だろう。
彼女もミスコンに参加するみたいだし……もしかして引き立て役かな。
それならそれで構わない。
でも……彼女がわざわざ脅してまで参加させたい理由が……そんな単純なものではない気がする。
それと……別荘での事もそうだ。
あれは結局何が目的だったのかな。
どうしてあの時……奏太君を使ってわざわざ私を追い立てたの……。
あの場から私を引き離したかった……?
お兄様と一緒に居たと話していたし……狙いはお兄様だったのかしら。
でもそれなら……私にあんな事をするのはおかしい。
だってお兄様は私の事を大事に思っていてくれている。
それは見ていればわかるはずよ。
なら私を貶める事で、お兄様が彼女になびく可能性が減っていくんじゃないのかな。
もしかして……何か策があるとか……。
奏太君を操った時のような何かが……。
彼女はこの乙女ゲームのストーリーを知っている。
だから海の家で彼女は、日華先輩の正体を知っていた。
そしてあの洞窟で、その事実が明らかになったとそう話していた……。
それに内容を知らない私に釘をさして、お兄様と逢瀬にも行った。
彼女がストーリーに沿って動いている事は間違いない。
なら私がミスコンも……参加する事自体が……ストーリーに関わっているとみていいだろう。
そう結論付けながらに必死にゲームの内容を思い出そうとするが……文化祭イベントは攻略対象との関りが大きいのだろうか……記憶にフワフワと靄がかかり、思い出すことはできない。
学園物の乙女ゲームだったし、文化祭はたぶんあったはず。
あぁ……私の記憶がポンコツすぎる……。
あぁ~もう!!!
考えれば考えるほど謎が増えていく。
とにもかくにも……彼女の狙いが読めないのなら……ミスコンを頑張るしかないか……。
下手な事をして……大事な友人を巻き込むわけにはいかない。
でもこのまま彼女の言いなりに、なり続けるつもりはない。
今度は必ず……彼女の目的を見つけ出す。
ストーリーを少しでも思い出せば……何かわかるはずなんだから……。
そういえば……彼女は二条と同じクラスだったよね……。
仲良くしているのだろうか。
学園では声をかけないでほしいといった手前、彼のクラスへは行きにくい。
だが……お兄様から彼女について何か聞いていれば、仲良くはしないだろう。
そう思うが……ここは乙女ゲームの世界。
彼女がヒロインで、私は悪役……。
ここでも私の知らない何か策があるのかも……。
正直どうなるのか、今の段階では予測がつかないわ。
そんな事を考える中、ふと立花さくらと彼らが並ぶ姿を思い描くと、胸が締め付けられるように痛み始める。
憎しみと憎悪が胸にこみ上げる中、気持ちは深く深く闇の中へ沈んでいった。
そこは私の場所……、私の居場所なのに……っっ。
「あ……さ……、ねぇ……、……っっあやかさま、……彩華様!」
呼ばれる声にハッと我に返ると、クラスの視線が私に集中していた。
やばっ、何の話をしてたんだっけ……。
えーと確か文化祭の出し物を決めていたんだったかな……。
「一条さん、大丈夫かしら?」
「ごめんなさい、大丈夫よ。えーと文化祭の出し物のお話よね?」
「えぇ、これに決まったんだけど、一条さん協力してくれるかな?」
前から響くその声に、私は黒板へ視線を向けると、そこには(お茶会)との文字に丸が付けられていた。
その文字に、ゲームの画面が頭を掠めた。
お茶会……そうだ……文化祭の催し物はお茶会だった。
あれでも……。
頭の中に描かれた映像は、3つの選択枠だ。
▶お茶会
コスプレ
メイド喫茶
どれを選ぶのが正解だったかな……でもとりあえず……もう決まっていそうだし……。
私は苦笑いを浮かべながらに、いいんじゃないかしらと答えると、生徒たちがざわつき始める。
その反応に戸惑う中、花蓮が身を乗り出しながらに耳元へ唇を寄せた。
「彩華様宜しいのですか?私は……嬉しいのですが……」
「うん?お茶会楽しそうじゃない。カフェみたいな感じでしょ?」
そう言葉を返すと、花蓮は呆れた様子を浮かべて見せる。
「彩華様……違いますわ。はぁ……やはり聞いておられなかったのですね。お茶会は、彩華様と私がお茶をたてるのですわよ」
お茶をたてる……?
どういう事?
よくわからないと顔に出すと、花蓮はさらに顔を近づけてくる。
「彩華様、聞いてもいないのに返事をしてはいけませんわ!いえ……ごめんなさい。それよりも今話にあがっていたのは、茶席を設けるという意味ですわ。クラスの中で茶道の経験があるのは、私と彩華様だけ。ですので、二人でお茶をたて、他の物は茶菓子を用意したりするのですわよ。ですがこれだと……彩華様の自由時間が少なくなってしまいますわ」
へぇっ!?
お茶会ってそんな本格的な事するの!?
あっ、でも……忙しい方が……立花さくらに関わらなくすむよね。
「そうだったのね。でも私は大丈夫よ。花蓮さんのお茶を楽しみにしているわ」
そうニッコリ笑みを浮かべて見せると、花蓮はなぜか不満そうな表情をしてみせた。
そんな中、クラスがさらに騒がしくなっていくと、一人の女子生徒が立ち上がった。
「一条さんの許可も下りたわ!みんなーーー文化祭頑張りましょう」
その掛け声と共に、クラスが一致団結していくと、準備についての話へと移っていった。