悩みの種
どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
夏休み明け……入院生活を経て久方ぶりに学園へ登校したら、まさかこんな事になるなんて……。
それよりもミスコンって具体的に何をするかな……?
一人机に突っ伏しながらにそんな事に頭を悩ませていると、花蓮がオロオロと困った様子で私を覗き込んできた。
「あの……彩華様大丈夫ですか?嫌でしたら、私が断ってきますわよ?」
「えっ、あー、うーん……。ねぇ花蓮さん、ミスコンについてもう少し詳しく教えて頂けないかしら?」
そう花蓮へ問いかけてみると、彼女はパッと目を輝かせながらに語り始めた。
「ミスコンはこの学園で一番栄えある文化祭でのメインイベントですわ。先ほどもお話しましたが、女性の美を競うコンテストですの。参加する方々は舞台の上で、自分をアピールする特技や技を披露するの。確か去年はダンスを踊った方が優勝されたようですわ。まぁ一条様が参加するのでしたら、今年の優勝は、間違いなしですわ!」
「技に特技って……私にはそんなものないよ……」
「何をおっしゃっておられるのですか?彩華様の舞は一級品だと一族の中でも有名ですわ。私のような末端でも存じ上げておりますもの」
舞……この学園で舞うの……?
いやいやいや……舞自体メジャーではないし、一般人の舞なんてつまらないだろう。
「舞か……」
「あら、舞はお嫌ですか?茶道でも華道でも、何でも構いませんのよ。どれも彩華様でしたら素晴らしい腕前でしょう」
キラキラと目を輝かせながらに見つめる彼女の姿に、私は小さく息を吐き出すと、徐に体を起こす。
とりあえず……引き受けてしまったのだから……頑張るしかない……。
はぁ……面倒だな……。
文化祭はコソコソと裏方に徹しようと思っていたのに……どうしてこんな事になってしまったのだろうか。
いや……自業自得か……。
そうして夏休み明けの久方ぶりの授業を憂鬱な気持ちで聞いていると、あっという間に放課後になっていた。
終わりのチャイムが響き、私はそそくさと学園を後にしていく。
そうしてマンションへ到着すると、入口には二条と華僑くんが何やら話し込んでいる姿が目に映った。
「あれ、二人ともどうしたの?」
その姿に私は急ぎ足で駆け寄ると、二人は慌てた様子でこちらへ振りむいた。
「一条さん、ミスコンに出場するって本当ですか?」
「あぁー、もう知っているんだね。うん……何だか成り行きでね……」
そう苦笑いを浮かべて見せると、二条は頭を抱えながらに深いため息をついた。
「一条目立ちたくないんじゃなかったの?どうしてまた……」
「いや……目立ちたくないんだけれど……お願いされると、なかなか断れなくて……ハハハッ」
「今ならまだ辞退することは可能ですよ!」
「うーん、本当は辞退したいところだけど……一度引き受けてしまったからには、やり遂げるよ。心配してくれてありがとう」
そう二人に笑みを浮かべて見せると、彼らはなぜか呆れた表情を浮かべると、また二人でコソコソと話し始めた。
「はぁ……予想外すぎる。あんな物に参加すれば、またライバルが増えるじゃねぇか……」
「そうですね……一条さんは自分がどれほど人を惹きつけるのか自覚はないようですし……」
「本当にな……。まぁ……歩さんが許すとは思えないが……。とりあえず一条が出場することになったら……牽制は必要だよな」
「当たり前でしょう。上級生にも手を回しておきます」
コソコソと何かを話す二人の様子からは、何かを企むような空気が漂い始める。
そんな二人の様子に私は気まずげにジリジリと後退ると、急ぎ足でエレベーターへと走っていった。
そうして家に帰ると、リビングには不機嫌そうなお兄様が深くソファーへ腰かけていた。
ひぇっ、なんか機嫌が悪い……?
「たっ、ただいまお兄様。今日は早かったんだね」
「彩華おかえり、ところで僕に報告することはないのかな?」
えっ……報告……何かあったかな。
体調は万全だし、特に何もないような……。
お兄様の言葉にうんうんと頭を悩ませていると、彼はそっとソファーから立ち上がり、私の傍へとやってくる。
そのまま私の手を取ると、ソファーへと腰かけさせた。
「……彩華ミスコンに参加するのかい?」
「あぁーそのことか。うん……何だか成り行きで参加することになってしまったんだ……」
そう視線を逸らせながらにボソボソと話すと、お兄様の両手が私の頬を包みこむ。
「彩華の意志でないのなら、僕の方で断っておくよ」
「いや、不本意だけど……一度引き受けてしまった以上頑張るわ!だから……」
大丈夫、そう言葉を続けようとすると、お兄様はスッと目を細めながらに私をじっと覗き込んだ。
「彩華、ミスコンが何かわかっているのかい?全生徒が集まる舞台の上で、皆の目にさらされるんだ。あんなところで見世物になる彩華を僕は見たくない。僕の妹はこんなに可愛いのだからね、出場すれば優勝するだろう。そのことで学園中の男から付け狙われるようになるよ。それでもいいのかい?」
お兄様の諭すような言葉に私は誤魔化すように笑みを浮かべると、思わず視線を逸らせる。
「お兄様は私を買い被りすぎだよ。優勝なんて無理だし……、私なんかより綺麗な人はいっぱいいるよ。それに……その……私はお兄様が思っているほどに、モテないよ?中学の時だって、みんな私の事は遠巻きだったし……ね」
「違うよ、彩華。君には人を惹きつける力がある。二条や華僑、日華それに僕が……そのことを証明しているだろう。君のその美しい姿に、真っすぐな瞳に、温かい心に……皆惹かれているんだ。ミスコンなんてものに参加して、万が一君の事を良く知らない男たちに奪われる事は絶対に許せない……。奪われるぐらいなら……」
そう囁かれた言葉に私は恐る恐るに顔を上げると、お兄様の瞳には憎悪の炎が燃えている。
その姿に私は小さく肩を跳ねさせると、熱いその瞳から視線を逸らせなくなった。
次第にお兄様の顔がゆっくりと近づいてくる中、熱い吐息が唇へとかかると、私は息をする事も忘れるほどに身を固くした。
「おっ、お兄様……?」
そう恐る恐るに唇を動かしてみせると、彼は動きを止めた。
そうしてハッとした表情を浮かべると、お兄様はひどく動揺した様子で、私から体を離す。
そのままソファーへ項垂れたかと思うと、ひどく狼狽した様子で頭を抱えていた。
「すまない、彩華。僕は先に部屋で休むよ……。ミスコンの件、君の意見は尊重するけれど、乗り気ではないのなら、他に出場する人たちにも迷惑をかけるだろう。サクベ学園では人気イベントの一つだからね。優勝する為に色々と真剣に取り組んでいる生徒ばかりだ。それを踏まえた上で、もう一度よく考えてみなさい」
お兄様はこちらへ顔を向けることなくソファーから立ち上がると、リビングから去っていった。
*****おまけ*****
扉の向こう側で……(歩視点)。
僕はバタンと扉を閉めると、その場で立ち止まった。
自分のしでかした失態に、頭が痛くなる。
危なかった……もう少しで彩華にキスをするところだった……。
あのまま彼女の声が聞こえなかったら……僕は止まらなかっただろう。
しかし僕は彩華の兄だ、そんな事が許されるはずがない。
そうわかっているのに……。
自分の事をあまりにわかっていない彼女に腹が立って、頭が真っ白になった。
二条や華僑、日華なら……彼女の事を任せてもいいとは思っている。
それなのに、あんなミスコンにでてろくでもない虫が彩華に近づいて、万が一ほだされてしまったら……?
奏太の時のように、優しい妹が傷つけられてしまったら……。
そう考えるだけで、胸が張り裂けそうに痛み始める。
僕はジリジリと痛む胸を強く掴むと、扉の向こうにいるだろう彼女を見つめていた。
「彩華には幸せになってほしいんだ」