二条家への訪問
二条と出会って1年の月日が流れたとある日、私は二条家にお邪魔することになった。
私の為に二条がお茶をたててくれるのだ。
本元の二条家流派のお茶を飲めるこの日を、ずっと楽しみにしていた。
私の家から車で数分、初めて来る彼の家は立派な庭園が広がり、昔ながらの大きなお屋敷。
すごいな、私の家も大概だけどね……。
二条に連れられ屋敷へ入ると、窓際に日本人形のような美しい容姿をした少女が佇んでいた。
なっ、お人形さんみたい、……クリクリの目、あぁ、可愛いすぎるッッ。
見惚れるようにじっと少女を見つめていると、なぜか憎しみがこもった瞳で睨みつけられる。
うぅ、どうして……どうしてみんなそんな冷たい目ばかり向けるの……。
初めて会ったはずなのに……はぁ……。
悲しくなる気持ちをグッと堪えると、頬の筋肉を持ち上げ少女へ微笑みかけてみる。
するとその少女はプイっとそっぽを向き、屋敷の奥へと消えていった。
二条家は私の家と同じ、古くからの由緒正しき名家だ。
特に茶道に至っては二条家の右に出る者はいない。
私は二条に連れられ茶道室へと案内されると、彼は洗練された所作でお茶を立てていく。
その美しい動作に見惚れていると、私の前にお茶が出された。
私も作法に習い、ゆっくりとお茶を頂いていく。
静かだが、どこか心地良い空間の中過ごしていると、突然扉が開いた。
私は驚きながらもそっと襖へ目を向けると、そこには先ほどの美しい女の子が佇んでいた。
「おい、香澄いきなり入るなと言っているだろう」
かすみ、名前も可愛い!
「お兄様、ごめんなさい。将来お姉様になるかもしれないお方とお話してみたくて……」
お姉様……って二条に妹がいたの!?
こんな可愛い子にお姉様!と呼ばれてみたい!
いやいや、待て待て一度落ち着こう。
私たちはまだ11歳で、婚約者ではなく婚約者候補、色恋なんてない。
それにもし二条が乙女ゲームの攻略対象者なら、高等部に進学した後、ヒロインと出会うだろう。
それがわかっているのに私の婚約者となってしまったら、二条は幸せにヒロインと結ばれることはできないんじゃないかな。
だってヒロインは一般人で彼は名家、そして私も名家だ。
身分の差なんて……と思うかもしれないけど、この条華族と言う古き一族は血縁を何よりも大事にする。
私は二条と親睦を深め彼を知り、とても素敵な男の子だと思う。
イケメンだし、文武両道で、品行方正で性格も良い、将来だって有望だ。
そんな彼に苦労を掛けさせたくないんだよね、できれば好きな人と幸せになってほしい。
そんなことを考えていると、二条が慌てた様子で立ち上がった。
二人は背を向けたまま廊下でコソコソと何かを話したかと思うと、二条は申し訳なさそうな表情を浮かべ、私へと振り返る。
「悪いな、こいつは俺の妹の二条 香澄。混ざってもいいか?」
「えぇ、もちろんよ」
私は香澄へニッコリ微笑みかけると、またプイッと視線を逸らされてしまった。
そのまま彼女は敦の隣へチョコンと座ると、二条へ甘えるように寄り添った。
その姿に彼女が私を敵意する理由がようやく理解できた。
あっ、この感じ間違いなくブラコン。
だから二条に近づく私に苛立っていたんだね……。
導き出した答えにしっくりくると、私は何とか誤解を解く方法を思案していた。
こんな可愛い子にあんな瞳で見つめられ続けちゃ……精神的ダメージがきつい。
私は二条に寄り添う香澄へ視線を投げてみると、彼女は二条には見えない位置で、私を冷たく睨んでいる。
ひぇぇぇぇぇ、どうしようこれ。
その様子に私は笑顔を引きつらせると、彼女からサッと視線を逸らせた。
「敦さん少し宜しいかしら?」
突然女性の声が扉の向こうから響くと、二条はすぐに立ち上がる。
「わりぃ、ちょっと行ってくるわ」
二条はそう言い残すと、扉の外へと消えていった。
部屋には二条妹と二人、気まずい沈黙が流れ出す。
二条がいなくなったからか、香澄はあからさまに顔をしかめると、不機嫌そうに腕を組んだ。
この状況はとっても厳しい、何とか誤解を解かないと……。
「えーと、初めまして、私は一条 彩華。あのね香澄ちゃん、私はお兄さんの婚約者ではないのよ」
「香澄ちゃんなんて馴れ馴れしく呼ばないでよ!」
アウチッ。
きつい彼女の言葉に、私は笑顔をひきつらせながら謝った。
「ふん、何よ、どうせいつかは婚約するんでしょ!私のお兄様なのに!」
おぉ……、素晴らしいブラコンぶり、お兄様と少し被る。
益々不穏な空気が濃くなっていく中、彼女は勢いよく立ち上がると、私を強く見下ろした。
なに……怖い、次は何を言われるのかな……。
私は恐る恐る視線を上げると、敵意をむき出しにする表情に泣きそうになった。
「あなたがお兄様に相応しい女かどうか、チェックしてあげるわ」
二条妹は部屋の扉を静かに引くと、外へと歩いていく。
その姿を呆然と眺めていると、早くついてきなさいよとせっつかれてしまった。
彼女の様子に私は慌てて立ち上がると、小さな背中を追っていった。
しばらく歩いていくと、広間へと案内される。
そこで待っていなさい!と言い捨てられると、私は緊張しながら、恐る恐るに座布団の上へ正座する。
彼女は襖の前で立ち止まると、私の動きをじっと見定めながら、そっと扉を閉め部屋を出ていった。
ここで一人にされるとか何事、どうすればいいのかな。
シーンと静まり返る部屋の中で、ししおどしの小気味良い音が響きわたる。
私は心を落ち着かせるようその音に耳を傾けていると、サッと襖が開いた。
そこには跪坐した香澄と、きつい印象をうけるご年配の着物女性が佇んでいる。
私はとりあえず座布団から下りると、その謎の女性に深く頭を下げた。
挨拶をし、ゆっくりと面を上げると、見定めるような目を向けるご年配の女性と視線が絡む。
ひぇっ、なに……これから何が始まるの……?
私は緊張した面持ちで、背筋をピンッと張ると、座布団へ上り手を膝の上でそろえる。
ピリピリと張り詰めた空気を感じる中、入口にいた香澄も静かに中へと入室し座布団へ正座をした。
それを愛時に、謎の女性は私を値踏みするように見定める中、また襖が開く。
お付きなのだろうか、数人の女中が襖から入ってくると、女中たちは私の前に茶道具を並べ、サッと後ろへと下がった。
これは茶道具……だよね?
「お茶をたてなさい」
威圧感たっぷりな謎の女性の言葉に狼狽する。
私は目の前に並べられた茶道具を眺めると、言われた通りに茶道の作法に伴ってお茶をたてていく。
出来上がったお茶を差し出すと、謎の女性は手を付けることなくじっと眺めたまま。
私はどうしてここでお茶をたてることになったのかな……二条は知っているのだろうか。
そんな事に思いを巡らせる事数分経過し、重苦しい雰囲気の中、女性はようやく私の立てたお茶を口もとへ運ぶと、何も言うことなく深く頷いた。