「仲間を集めろ」その6
「行こうエリー!」
「え? で、でも……子供よ?」
「見た目で判断する前に、まずは話してみようぜ」
エリーの尖った耳がピクリと動いた。
「そ、そうね。ユーマの言う通りにするわ」
二人はバーカウンターから、店の隅っこのテーブルにやってきた。人の気配に気づいて、女の子が顔をあげる。
「な、なぁにか用かしら?」
見た目通りの幼い声で、寝ぼけたような口調だった。ユーマは小さく頷く。
「俺はユーマ。彼女はエリー。現在、冒険者仲間を絶賛大募集中だ」
ろれつの回らない危うい口ぶりで、少女はつぶやいた。
「られが行き遅れよぉ。ばかにしないでくれるぅ!?」
「ちょっと、子供がお酒飲んでるの?」
ユーマが首をかしげた。
「エリーだって飲みたがってただろ?」
「いいのよ。わたしはエルフだもの。若く見られるのよ」
「エリーって若作りしてたのか!?」
「う、うるさいわね! 女の子に年齢のことを聞くのはそもそも失礼なことでしょ? 自重しなさい」
むくれながらエリーは空になったジョッキを手にした。白い液体が残っている。アルコールの匂いはせず、それはなんとも乳臭かった。
「飲むっていっらら、ぎゅーにゅーにきまっれるれしょうに?」
「牛乳飲みすぎてよっぱらう人なんて、初めてかも……」
「そういうあんららっれ、エルフじゃらいの?」
「え、エルフでなにか問題があるのかしら?」
「えっとぉー。ない!」
少女は力強く断言した。
「それれぇ? この天才僧侶のシエンちゃんになんのご用件かしらぁ?」
ユーマはいきなり、シエンの頭をなで始めた。
「お父さんとお母さんはどこにいるんだ? 一緒に探してやろうか?」
「あぁん? あんら連中をのさばらせる世界なんて滅べばいいのよ。っていうか、ボウヤかわいい顔してるじゃらい? お姉さんといいことしない?」
話がかみ合っていないのに、ユーマは気にせず続けた。
「いいことするのは賛成だ。街のゴミ拾いとか、迷子を家に送り届けるなんてのもな」
シエンはきょとんとした表情のまま、首をかしげた。
「……はぁ。変な子。男と女がすることらんれ、相場がきまっれるでしょ?」
ユーマも首をかしげながら、そっと視線をエリーに向けた。
「男と女がするいいことってなんだ? エリーは知ってるか?」
エルフの少女の眉がつり上がった。
「し、知らないわよ!」
「そっか。エリーでもわからないことってあるんだな。なんか、ちょっとほっとした」
ユーマは無邪気に笑った。エリーは視線をシエンに向けてから、肩を落とす。
「僧侶はパーティーの生命線なんだし、いくらなんでもさすがにちびっ子すぎわ。他の人を当たりましょ」
頭をふらふらとさせていたシエンが、エリーをじっと睨んだ。
「待ちらさいよ。なにが不満なわけぇ? これれも昔のあたしは二桁の高コストで通っれらのよ。
なのにあの神ったら、あたしが覚醒失敗してランクダウンしらら、急に冷たくなって、もっといい女ができらろか言って。
なぁにが賢者よ! 攻撃と回復どっちも中途半端なくせに! 仕官先も紹介しないで放逐とかって……ヒック……ヒック……げろおおおおおおお!」
白い洪水が、テーブル席の上に広がった。飛び退きながらエリーが悲鳴をあげる。
「自分を捨てた昔の男のことを思い出すみたいに、以前の守護神の悪口を言いながら吐いたわ!」
「エリーは丁寧だな。女の子のゲロを実況するなんて」
ユーマは持っていたハンカチで、シエンの口元をそっとやさしくぬぐう。
「大丈夫か? えっと……初級回復魔法!」
シエンの胸の辺りに手をかざし、ユーマは集中した。その手に温かい光が宿り、シエンを癒やす。驚いたのはエリーだった。
「あなた、魔法が使えたの?」
「おう! さっき適職診断をしてもらった時に、やり方を教えてもらったんだ。けっこうできるもんだな?」
「魔法って、教えられて簡単に使えるものじゃないんだけど……勇者ってやっぱり特別な存在なのかしら」
腕組みして考え込むエリーをよそに、シエンがゆっくりと顔をあげた。きらきらとした瞳がユーマをみつめている。
「ハァ……ハァ……少し楽になったわ。ありがと。優しいのね。いいわ……手伝ってあげる」
差し出された手をとって、ユーマは軽く握り替えした。
「いいのか? 先に言っておくけど、俺もエリーも新米だ。それに自慢じゃないが、今のところ弱いぞ俺!」
「結構結構。むしろ仕込みがいがあるわ。あたしの仲間になる以上は、きっちりと、あたしを満足させる働きをしなさいよ。ふふふ。どこまでできるか楽しみね」
悪いものをはき出しきったからか、回復魔法が効いたのか、シエンの口調はしっかりとしたものになっていた。
見つめ合い、お互いに共感を得たのかユーマとシエンが頷き合った……ところで、エリーが会話に割り込む。
「シエンはいくつなの?」
「レディーに年齢を聞くのは、同性でも無粋じゃないかしらぁ?」
「聞き方を間違えたわ。シエンのコストはいくつか教えてちょうだい?」
「も、元……二桁よ。10だと思ってくれてかまわないわ」
「こっちとしては、あとどれだけコストが残るのか、正確な数字を把握しておきたいんだけど」
ユーマが後ろ手に頭をぽりぽり掻きながら、申し訳なさそうな顔をした。
「頼むよシエン。こっちも生活と世界の平和がかかってるんだ」
拝むように青年が頭を下げると、シエンはうれしそうに笑顔になった。
「あらぁん♪ そこまでユーマくんが言うなら、こっそり教えてあげるわ」
シエンはユーマに耳打ちした。その内容をユーマはそのまま口に出す。
「そっか。コスト9なら、ほとんど10と変わらないな。いや、むしろ今の俺たちにはぴったりだ。なんかもう、ばっちり最高だな」
「耳打ちした意味を、少しくらい考えてくれてもいいんじゃないかしら?」
シエンのキラキラした瞳が一瞬で曇った。エリーも肩をすくめさせる。
「なるほどね。確かに9って中途半端かも」
「中途半端で悪かったわね。こっちはこれでも、元☆5よ!」
「じゃあ、今はランクダウンして☆4ってことかしら?」
突然、シエンの瞳にじわっと涙が浮かんだ。ユーマがその頭を撫でる。
「エリー。なんかシエンが泣きそうだぞ? いじめちゃだめだろ」
「いじめてないわよ! 正直に話してちょうだい。シエンの今のランクはいくつなの?」
「☆3よ! 二連続で覚醒に失敗して、☆5から一気に二段階降格したのよ! ただいま絶賛☆3の成長限界よ! 文句あるかしら」
エリーは小さく息を吐いた。
「なるほどね。成長限界から覚醒させるのって、特上級の宝石が必要になるし、守護神からすれば、一から新人を育てた方がいいっていうことね……」
ユーマは一人、ぽかんとしている。
「なあエリー。さっぱりついていけないんだけど。説明してくれ」
「シエンは元☆5だけあって、☆3としては能力が高く低コストだけど、今以上に成長させるには、とんでもなくお金がかかるのよ。だから、組む人がいないみたいなの」
「そっか。じゃあシエンはかわいそうな人なんだな」
「ち、違うわよ。全然かわいそうじゃないわよ。むしろ孤独を愛して生きてきただけだもの!」
席を立っても座っているのとあまりかわらない小柄なシエンを、ユーマはしゃがんでぎゅっと抱きしめた。
「これからは俺たちが一緒だから、もう寂しい思いはさせないぞ!」
「……あぁん……なによユーマくんってば、大胆ね」
エリーがユーマをじとっとした視線で見つめた。
「女の子に抱きつくなんて、勇者じゃなくて変態のすることよ?」
「俺、変態じゃないんだ。変態に限りなく近い勇者なんだ!」
「その言い方だと、あんまり弁明になってないと思うわよ。ほら、とっとと離れなさい。女の子とは一定の距離を持ってちょうだい。ユーマはスキンシップしすぎ!」
引き離されて恨めしそうにシエンがエリーを睨みつける。
「もしかして、ユーマくんに惚れてるの?」
「そ、そんなわけないでしょ! 成り行きでパーティーを組んだのよ。田舎から出てきたばっかりで、ユーマがなにも知らないから教えてあげてるの」
「ふーん。そうなのぉ。ムキになるなんて怪しいわね」
エリーとシエンの視線が火花を散らした。
当のユーマはといえば、エリーに追っ払われるような格好でバーカウンターに向かうと、店主と話してから、すぐに二人の元に戻ってきた。
「なあエリー。マスターにも聞いてみたけど、女の子を抱きしめても変態になるとは限らないらしいぞ。時と場合によるんだと」
「そんなことを聞きに行ってたわけ?」
「あと、シエンを仲間に加えることにしたんで、報告しておいた。リーダーだから、そういうとこの筋は通しておかないとな?」
シエンの瞳がキラリと輝いた。
「ふふふっ。決まりね」
平坦な胸を張って自称天才僧侶は満足げだ。




