「命とお金は大事に」その3
翌朝。外郭迷宮に出発する前に、ユーマは一同を冒険者酒場に集めて緊急ミーティングを開催した。昨晩の交神内容をかいつまんで説明してから、青年は締めくくる。
「ってな感じで、神さまは試験で手が離せないんだ。けど、俺たちを見捨てたわけじゃないから、安心してくれ」
エリーがテーブルに頬杖をつきながら、不満そうに口を開いた。
「別にいいじゃない。そもそも、あんまり使えない神なんだし、ほっといて、わたしたちだけでがんばりましょ」
ユーマが困ったようにうつむいた。
「神さまだって色々あるんだし、そこまで言うことないだろ」
エルフの少女はため息で返す。
「はぁ……ユーマってば本当にお人好しね。あんな貧乏神を信頼しきって……」
シエンがぽつりと呟いた。
「そういうエリーちゃんだって、ユーマくんに信頼されまくってるでしょ?」
「うっ……わたしって、あの神と同レベルなんだ……」
デモダッテはコクリコクリと船をこいでいた。まだ、半分寝ぼけていて会議に参加する気配がない。
エリーが改めて、ユーマに確認する。
「それで、わざわざミーティングするくらいだから、交神の報告だけじゃないんでしょ?」
「実は、交神しててひらめいたんだ。俺たちに足りないのは……バランスだ!」
「あなたの口からその単語が出るとは意外ね」
目を丸くさせたエリーにユーマは続けた。
「今のところ、俺とエリーが前衛をしてるけど、これを変えてみるんだ」
「変えるって……どうするのよ?」
「俺が下がって回復役をやる。デモダッテが前に出て杖で敵を殴るってどうだ?」
エリーはぽかんと口を開いた。シエンが目を細める。
「あたしはどうすればいいのかしら?」
「デモダッテの代わりに攻撃魔法の担当をしてくれ」
「光属性の攻撃魔法ならできなくもないけど、専業の退魔師じゃないから、攻撃力はお察しよ? それでいいなら構わないけど」
エルフの少女がハッと我に返る。
「ちょ、ちょっと! わたしの役割が変わってないんだけど?」
「エリーは俺の代わりにリーダーを頼む!」
ふるふるとエリーは首を左右に振った。
「というか、どう考えてもうまくいくわけ……」
最後まで言う前に、シエンがそっとエリーに耳打ちした。
「せっかくユーマくんが考えた作戦なんだし、失敗するのはわかってるけど、やらせてあげましょ。今後を見越して、彼には失敗の苦い経験も必要よ」
エリーは言いかけた言葉をのみ込んだ。ユーマが不思議そうに首をかしげる。
「俺に言えない話なのか? 俺、仲間はずれですか!?」
敬語混じりのユーマに、エリーが愛想笑いを返した。
「な、なんでもないわよ。ともかく、このパーティーのリーダーはユーマなんだし、その作戦に従うから、さっそく出発しましょ? ほら、デモダッテも目を覚まして」
「……うにゅう……あと五分……」
シエンがそっと、錫杖のような杖をデモダッテに向けた。
「朝から死んで生き返ってみる?」
「……おはようみんな。さあ、出発しよう」
四人は席を立って、伝奏師の元へと向かうのだった。
地下洞窟へと続く森の小道で、ユーマたちは大ネズミの群に囲まれていた。狼やワイルドキャットよりも格下で、数だけ多いが実質一番の雑魚である。
「……えい」
デモダッテは魔法のステッキを振り回した。ぽこん! と、大ネズミの頭を叩く。
「……やっぱり肉体労働は向いてないかも」
逆にネズミに噛みつかれて、デモダッテは涙目になった。
「危ないデモダッテ! 初級回復魔法!」
ユーマがデモダッテを回復させる。シエンが光属性の攻撃魔法をデモダッテに噛みついている大ネズミに向けて放った。
「くらいなさい! 単体小光波魔法!」
光が爆ぜて、大ネズミがはじき飛ばされる……が、その一撃で倒しきれなかった。再び、デモダッテに大ネズミが飛びかかる。
他の大ネズミの相手をしていたエリーが、身を翻してシエンを狙う大ネズミを切り払った。
「ちょっと! わたし以外、まじめにやってないでしょ?」
悲鳴のような声をあげるエリーの背中に、大ネズミがタックルをかました。勢いよく前のめりに倒れたエリーを、大ネズミたちは指さして大笑いする。
「む、むかつくー! なんなのよこいつら!」
「大丈夫かエリー! 初級回復魔法!」
シエンが次の標的を視線で探しながら、ユーマに声をかけた。
「ちょっと転んだくらいなら、回復しなくても大丈夫よ。エリーは頑丈にできてるし。ユーマくん、そんなんじゃこの一戦で魔法力を使い切っちゃうわね」
「シエンはすごいな。そんなこと考えて戦ってんのか」
「そうよすごいでしょ? 天才にしかこなせないのよ。自分の回復魔法の回復力をきちんと把握して、仲間の傷が全快するぎりぎりのところまで回復させたりするの」
シエンは光攻撃魔法で大ネズミを一匹、はじき飛ばす。立ち上がったエリーが、宙に浮かんだその一匹を素早く切り刻んだ。
「さっきから、全然倒せてないじゃない!」
「言ったでしょ。攻撃力はお察しだって。そもそも光攻撃魔法は闇属性の敵に対して効果的だけど、それ以外の魔物への効果はイマイチなのよね。
それに……ここが一番重要なんだけど、心優しいあたしは、たとえ魔物といえど誰かを傷つけることなんてできないのよ。癒やし系の天才だもの」
デモダッテが、ステッキを闇雲に振り回しながら呟いた。
「……優しいなら、即死魔法使わないで」
「苦しませずに殺してあげるのも、優しさよ」
エリーが気づいて声をあげた。
「今こそ、敵に使いなさいよ、その仲間しか殺したことのない即死魔法!」
「いいけど、あれも蘇生魔法なみに魔法力を消耗するし、効かなかった時の悲しさで、あたしの心が痛むわよ。傷つけるのも傷つくのも、本当は嫌なの」
ユーマは誰が傷を負うかと集中しすぎて、会話に参加する余裕すらなくなっていた。ぶつぶつ呟く。
「ぎりぎりで回復。ある程度は放置。エリーは頑丈。エリーはゴリラ。ゴリラエリー。略してゴリー」
剣を構えながらエリーがユーマに吠えた。
「今ゴリラって言ったでしょ!」
つい、ユーマに向き直って抗議したエリーの背中に、またしても大ネズミがタックルをぶちかました。うつぶせで地面に転ばされたエリーを、ネズミたちが囲んで足で踏んだり蹴ったりする。
「ちょ……やだ! こんな死に方いやあああああああ!」
ユーマが慌てて魔法を放った。
「エリー! 今助けるぞ! 初級回復魔法!」
すでに霊魂化したエリーには、なんの効果もない。シエンがため息を吐いた。
「死ぬとおもった相手は見捨てるのも勇気よ、ユーマくん。まず、回復役がすべきことは……」
お説教を始めたシエンに、大ネズミたちが一斉に襲いかかる。
「あら。死んでるわね、あたし」
二人が霊魂化して、ユーマはぽつりと呟いた。
「大ネズミって、こんなに強かったのか」
デモダッテが霊魂化した二人に涙目で訴える。
「……ボクより早く死ぬなんて、狡い」
霊魂化した二人は肩をすくめさせた。エリーが呟く。
「わかっていたけど、やっぱりこうなっちゃうわよね」
シエンが胸を張った。
「これでわかったでしょ? あたしが普段どれだけさりげなく、無茶な突撃をする剣士の体力を支えてたかって……あっ」
デモダッテをかばった勇者が霊魂化した。
独り取り残された魔法使いは、大ネズミの群に告げる。
「……ぼ、ボク。悪い人間じゃないよ?」
――パーティー全滅しました――




