「命とお金は大事に」その1
先日、怠惰の王と初対決した時の顛末はこうだった。
シエンは落とし穴に落ちたのではなく、外郭迷宮の外に転送されたのである。
彼女が意識を取り戻したのは、外郭迷宮の東門の辺りだった。
偶然(?)にもシエンが生き残ったおかげで、ユーマたちは無事、生き返ることができたのだ。おまけにシエンが拾った分の宝石だけだが、持ち帰ることができた。
その宝石を手に、冒険者ギルドの宝力師の間に向かったユーマは、さっそく儀式を受けた。
宝力師が呪文を唱える。
「力ある石により解き放て、汝が魂」
「おお! なんか、力が溢れてくるぞ!」
宝力師の手の中で、猫目石が砂のように崩れて空気に溶けた。宝力師が告げる。
「これで汝はレベル3となった。今まで同格だった相手に負けることはないだろう」
「お、おう! ありがとな」
「礼には及ばぬ」
ユーマだけでなく、エリーとデモダッテもそれぞれレベルを上げてギルドのロビーで合流した。
ずっとロビーで待っていたシエンが小さく息を吐く。
「若いってうらやましいわ」
エリーがほっぺたを膨らませた。
「シエンが一番年下に見えるんだけど?」
デモダッテが首を左右に振った。
「……末っ子ポジションはボクのものだよ。エリーお姉ちゃん」
「わ、わたしだって実家に帰れば末っ子よ! あ、でもお姉ちゃんって響き……ちょっといいかも」
シエンが二人の冒険者免許を確認する。
デモダッテはレベル2になり、エリーのレベルは8に上がっていた。
「エリーちゃんは☆4だからレベルアップに時間がかかるかもしれないわね。☆1のユーマくんとデモダッテちゃんは、これからもすくすく伸びるはずよ」
デモダッテが首をぶんぶんと左右に振った。
「……成長したら働くことになる。レベル上がりたくない。いつまでもおんぶしててほしい。可愛いボクからのお願い」
エリーが口を尖らせた。
「そんなのダメに決まってるでしょ。ところで、シエンはレベル上げしないの?」
「前にも言ったけど、あたしは☆3でレベル30……つまり成長限界なの。☆4に上げるためには、外郭迷宮のもっと先に行って、強敵を倒して得られる希少な宝石が必要なわけ。
つまり……みんなが追いつくまで、足踏み……もとい、待っててあげるわ」
フラットな胸をえへんと張って、シエンは笑顔を作った。
ユーマが拳をぎゅっと握る。
「よし! レベルも上がったし、さっそく怠惰の王をやっつけて、先に進んでシエンがランクアップできるように、レアな宝石を探そう! で、魔王もさくっと倒す!」
「ユーマくん。気持ちはうれしいけど、まずは怠惰の王にダメージを与えられるようにならなくちゃね。というわけで、修業タイムよ」
デモダッテが肩を落とした。
「……修業って見る方もやる方も、あんまりおもしろくないよね」
それから一週間が経過した。
ユーマはレベルが6に上がり、デモダッテはレベル3になった。
成長速度には個人差があるのだが、デモダッテの歩みはかなりゆっくりだ。
エリーはレベル8のまま現状維持だった。獲得した宝石をユーマとデモダッテの強化にあてたためである。
本日の修業を終えて、四人は酒場のテーブルを囲んだ。
エリーが両腕を上げて軽く背筋を伸ばす。
「すっかり途中で撤退する逃げ癖がついちゃったわね」
シエンが牛乳をジョッキで飲みながら、ぷはー! と息を吐いた。
「いいじゃらいの。怠惰の王を倒せらくれも、少しずつ経験値はたまってるんらし」
エルフの少女は小さく息を吐いた。
「ちょっとシエン飲み過ぎないでよ。あとで三人でお風呂に行くって約束したでしょ?」
デモダッテが笑う。
「……わぁいお風呂。ボクを洗ってもいいよ。エリーには、このわがままボディーを好きにする権利をあげよう」
「じゃあ、背中の流しっこしましょ」
「お風呂上がりの一杯がまら、格別らのよねぇ」
三人の少女のやりとりに、ユーマが頷きながら感慨深げに呟いた。
「一週間前は、風呂代もろくになかったよなぁ……そうだ! そろそろ狩り場を地下三階に移さないか? 二階のグリーンスネークも、一撃で倒せるようになってきたし」
エリーがうんと頷いた。
「わたしも賛成。二階の敵は蹴散らせるようになったものね。それに毒を持った敵がいると、治療でシエンが余計に魔法力を消費しちゃうし……卒業して明日からは三階メインで行きましょ?」
シエンがウェイトレスさんをつかまえると、ミルクのおかわりを頼む。
「二杯も三杯もいっしょれしょ。だからもう一杯! おかわりよぉ!」
そんなやりとりをしているうちに、四人に冒険者定食のプレートが運ばれてきた。
栄養価バツグンで味もそこそこ。なにより冒険者限定で値段も安い日替わり定食だ。
今日のメニューはロールキャベツだった。付け合わせはニンジンのグラッセだ。
ユーマが肩を落とす。
「新鮮な海の魚が恋しいぜ」
エリーがユーマのロールキャベツをじっと見つめる。
「いらないなら、食べてあげよっか?」
「そうは言ってないぞ!」
「……ニンジンあげる」
ユーマの皿にニンジンをそっと移すと、デモダッテがほっと胸をなで下ろした。
エリーが片方の眉をつり上げる。
「好き嫌いしてると大きくなれないわよ?」
「……ボクは今のままで完成形だから。それに、大きいと垂れるし」
じっと胸元を見つめられてエリーの顔が赤らんだ。
「う、うるさいわね!」
ユーマが不思議そうに首をかしげた。
「垂れるってなにが?」
「……それはもちろんおっ」
慌ててエリーが話題を変えた。
「そ、そそそそれにしても、あの貧乏神はどうしちゃったのよ?」
ユーマたちが修業モードに入ってからというもの、神はすっかり姿を見せなくなってしまった。交神所でユーマが経過報告も兼ねて呼び出そうとしても、応答がない。
「交神所の人の話だと、ずっと交神が途絶えままのパーティーもいるんだとさ」
「……ボクらも見捨てられたの?」
エリーが不機嫌そうにロールキャベツをほおばった。
「いいじゃない別に。神がいなくたってなんとかなるわよ。そもそも奇跡を使ってくれない貧乏神なんだし、居ても居なくても一緒よ」
シエンがおかわりミルクをぐいっと飲み干した。
「らめよぉ。ろんなに貧乏神れも、光の最高神よりはましなんらから」
「あなた、僧侶でしょ。なんでそんなに光の最高神に否定的なの?」
「べ、べつにいいれしょ。信仰も個人の自由よぉ」
ユーマはまじめな顔で呟いた。
「神……大丈夫かな。なんか心配だ。あいつ、友達とかいなさそうだし」
シエンが口元を牛乳で白くさせたまま、虚ろな瞳でユーマをぼんやり見つめた。
「少なくとも友神はいないっぽいわよねぇ。それにそもそも神が病気になっらりするのかしらぁ? 笑っちゃうわね人間と変わららいじゃらい」
その一言に、ハッとなってデモダッテが目を丸くさせた。
「……お腹が痛いので明日のダンジョン、ボクはパスで」
シエンの視線が冷たい光をたたえると、デモダッテに突き刺さった。
「初級即死魔法!」
黒い霧が魔法使いの少女の首に巻き付き、きゅっと締め上げる。
「……あっ……さっ……死……」
うめくように呟くと、デモダッテは目を見開いたままぴくりとも動かなくなった。




