「特技をいかせ!」その6
翌朝、一晩ゆっくりと休息を取ったユーマたちは、再び外郭迷宮へと足を踏み入れた。魔物の襲撃を何度か撃退し、森の奥の洞窟に続く道にたどり着くと、再び青年たちはワイルドキャットの群に囲まれた。
エリーの表情が緩む。
「また会いに来てくれたのね。ユーマ! きっと、この子達は、わたしのことが大好きに違いないわ」
ユーマは剣を抜いた。かばうようにエリーの前に立つ。ワイルドキャットの群がユーマとの距離をじりじり詰め始めると、あっという間に青年はくしゃみを連発しだした。
「ヘクション! ブエックション! フェクション! ヒックション!」
前衛二人の後方で、デモダッテがふわふわと浮いている。
すでに彼女は先ほどの戦闘で、唯一使える中級中範囲火炎魔法を撃って、狼の群を撃退したあとだった。そのあとあっさり死んで、魔法使いの少女は平常運転である。
「……がんばれユーマ」
シエンがその場で屈伸運動を始めた。デモダッテが首をかしげる。
「……なにしてるの?」
「逃げる準備よ。わたしが生きて街に戻れば、さっき倒した魔物の宝石もいくつか持ち帰れるし、街で落ち着いてゆっくり蘇生もできるでしょ?」
「……シエンって小狡い……頭いいね」
「ふふふ。当然じゃない。天才ですもの」
ユーマが顔面を鼻水と涙でぐしゃぐしゃにさせながら、ワイルドキャットを一匹斬り倒した。瞬間、エリーが悲鳴をあげる。
「いやあああああああああ! 猫ちゃんをいじめないで!!」
「いじめてないっ! しっかりしろエリー! いくらかわいくても、魔物なん……ヘクション!」
ユーマがくしゃみをした瞬間に、その首筋にワイルドキャットが一匹噛みついた。どくどくと真っ赤な血が流れる。
「エリー……戦って……くれ」
「ユーマ……でも……でもぉ」
ユーマは懐から一枚の紙を取り出した。
「こいつらは、いずれこうなるんだ。可愛いのは今のうちだけ……ゲフッ」
口から血を吐きながら、青年はエリーに「神の紙切れ」を見せつけて訴えた。その紙面に描かれた精細な絵に、エリーの顔が青ざめる。
「うそ……虎じゃない? こんなに可愛い猫ちゃんが、まるで本物の魔物みたいになるなんて」
「いや、まるでもなにも、ワイルドキャットは立派な魔物だからクション!」
くしゃみといっしょにユーマはさらに血を吐いた。
エリーがワイルドキャットの群に向き直るなり、両肩をプルプルと震えさせた。
「だましたわね……わたしの純情を弄んだのね! 可愛い猫ちゃんとばかり思ってたのに! さすがのわたしも、こんな大猫……もとい、大虎に甘噛みされたら死ぬわよ!」
すかさずシエンがツッコミをいれる。
「この前、猫の甘噛みで死んでたでしょ?」
「あれは行きすぎた愛情だったわ」
エルフの少女は鞘から剣を抜き払うと、ユーマにとどめを刺そうと群がるワイルドキャットに斬りかかった。
次々に、白刃が宙を舞う。一振りで二匹を倒したかと思うと、返す刀でさらにもう一匹をエリーは仕留めた。
突然の猛反撃に、ワイルドキャットたちは恐れをなしたのか、それぞれバラバラの方向に逃げていく。エリーは見得を切るように睨みを利かせた。
「許さないわ魔王。こんなに可愛い猫ちゃんを、虎にするなんて……絶対に、絶対に許さない!」
怒りに燃えるエリーを見て、デモダッテが呟く。
「……ぐうの根も出ないほどの逆切れ」
とはいえ、復活したエリーの勇姿にユーマはほっと息を吐いた。同時に青年は、さらに激しく吐血して……昇天するのだった。
一行は地下迷宮の二階にたどり着いた。洞窟の分かれ道でシエンが足を止める。
「ちょっと待ってユーマくん。そろそろ帰還してもいいんじゃないかしら?」
ユーマは足を止めて振り返った。
「あと少しで進行記録更新なんだけどな」
エリーがうなずいた。
「体力はまだまだ残ってるし、行けるところまで行きましょ?」
霊魂のまま、デモダッテが呟く。
「……ボクはどっちでもいいよ」
なかなか蘇生しない上、復活したところで囮にしかならないため、デモダッテはずっと死にっぱなしだ。
シエンの表情が厳しくなった。
「帰り道で魔物に遭遇してもいいように提案してあげてんの。余力があるうちに戻るべきよ。そもそも魔法力管理って、けっこう神経すり減る割に地味で目立たないのよねぇ……損な役回りだわ」
ユーマがシエンの頭をそっと撫でた。
「なら大丈夫だ。神さまにお願いしてきたから、もう少しだけがんばろうぜ!」
青年が笑顔になった瞬間、四人の視界が真っ白に染まった。
地平線のない真っ白な世界に、四人が並ぶ。エリーが突然声を上げた。
「ちょっと! 全滅してないのに、どうしてこうなるのよ?」
エルフの少女の抗議に応えるように、空に神の姿が浮かび上がった。神は咳払いを挟んで続ける。
「コホン! こっちから交神してやったんだ。お前達が死んだわけじゃないから、安心しろ」
「本当に偉そうな神ね。たまには口だけじゃなくて、神らしさを態度で示しなさいよ」
「うっ……神への敬意が足りないぞエリー。まあ、そんなお前も今回ばかりは神の偉大さにひれ伏すことになるだろう」
エリーは「ハァ?」と、語気を強めて神に冷たい視線を向けた。
神は逃げるように視線をユーマに向け直す。
「約束通り、今回はなけなしの神珠でお前達を回復させてやる。効果は把握してるが、使ってみないことには使い勝手も実感できないしな。
これは俺のプレイングスキルを磨くための、未来への投資でもあるんだ」
ユーマが首をかしげた。
「なに言ってるのかよくわかんないけど、神さまのちょっといいとこ見てみたい!」
「まかせろ! では神珠をシステムに捧げよう。我が奇跡、刮目せよ!」
白い空間に光が爆ぜた。次の瞬間、ユーマの傷が癒えて、失われた魔法力が全快する。青年だけではなく、エリーの体力も満タンになり、シエンの底をつきかけていた魔法力も甦る。
さらに、霊魂化していたデモダッテが実体を取り戻し、その体力と魔法力が完全回復した。
エリーが口を尖らせる。
「なによ偉そうに。わたしに関してだけなら、ちょっと体力が回復したくらいじゃない?」
シエンが肩をすくめさせた。
「死者が蘇生して魔法力も全快なんて、ようやく神らしいことしたわねぇ。エリーちゃんは脳筋だから、あんまり恩恵がないみたいだけど……ふふふ」
「わたしだって、パーティーがここから万全の状態で攻略を続けられるのが、すごいってことはわかるわよ!
けど、攻撃力が倍になったりした方が、前衛としては実感もわくし……そうだわ神! 攻撃力を上げる奇跡も起こしてよ!」
「それが人に……もとい、神にお願いする態度か」
「できないんでしょ。貧乏神」
「う、うるさい。というわけで、進め勇者たちよ! とりあえず、行けるとこまで!」
再び回復魔法を使えるようになったシエンの、目立たないながらも献身的なサポートで、一行は地下五階まで進むことに成功した。
ユーマがぽつりとエリーに聞く。
「前から気になってたんだけど、冒険者って俺たち以外にもいっぱいいるんだよな?」
「なによ藪から棒に? えっと、そうだけど、それがどうしたの?」
「なら、もう、誰かが怠惰の王を倒した後なんじゃないか?」
シエンが二人の間に割って入った。
「それはないわよ。外郭迷宮の主っていうのは、なんていうのかしら……普通の魔物とは違うの。
概念というか、鍵の掛かった門が具現化して襲いかかってくるようなものだから、倒した後に封印っていう作業をすることになるのよ。
それをすることで、うちの貧乏神に次の外郭迷宮へと、あたしたちを導く力が備わるわけ」
エリーは「なるほどね」と、すぐに理解したのだが、ユーマは首をかしげたままだった。
シエンが足を止めてほほ笑む。
「五階の入り口に到着したわ。そろそろ怠惰の王の領域なんだけど……とりあえず、いったん戻った方がいいんじゃないかしら?
怠惰の王って、時々、いきなり洞窟の外に出てくることもあるらしいんだけど、普段はこの地下五階を根城にしていて、徘徊してるのよねぇ」
ユーマが声を漏らした。
「ここまで来て撤退か。背に腹は代えられないっていうけど……なんか、悔しいな」
地下五階は、これまでの岩肌剥きだしな洞穴の雰囲気が一変して、通路がまるで城壁のような石壁に覆われていた。
暗い洞窟内を照らす光石の入ったランタンを手に、ユーマが肩を落とす。
めずらしく、ここまで生き残ったデモダッテが呟いた。
「……結構、宝石たまったよね」
エリーも大きくゆっくりうなずいた。
「これを持って帰れなかったら、さすがにもったいないかも」
四人が撤退を視野に入れた瞬間、洞窟の奥からズシンと重たい音が響いた。




